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心臓を握りつぶされる



「なに、名乗るほどの者じゃねえ。ただの噂好きさ」


 文七は少女の問いかけにも飄々とした態度を崩さない。


 ただ、三太にとっては言葉を失うほどの衝撃だった。


 市村ヨネ。

 

 100年以上昔から不法に住居を占拠している渡来人。目の前の少女とは決して同一の存在には見えない。


「へんな人。名乗らないなんて失礼だと思うけれど?」


「そういうのはお互いを信頼してからだろう? 特にあんたみたいな輩は名前ってのを随分と粗末に扱ってくれそうだからな」


「あら? 同族(なかま)と会ったことがあるのかしら? その愛くるしい姿もそのせい?」


「いんや、こいつは元からだ。ひどい目にあったのは間違いないがね」


「でも、今も生きているのね。お友達になったの?」


「まさか。そいつはもうこの世界にはいないよ」


「そうなの? なら良かった。他の同族(なかま)と友達だったら殺すところだったわ。私と友達になる?」


「今は遠慮しとくよ。それに友達ってのはなるもんじゃなくてなってるもんだ」


「んー。うん、あなた気に入ったわ! 私の家に招待してあげる!」


「いや、なんでっ?」


 三太は思わず突っ込んでしまった。


 いや、いくらなんでも今のやりとりはおかしい。親密になる過程というか、初対面なのにどうしてここまで展開がぶっとぶのか、そもそもの前提として殺すだのなんだの言い合ってたくせにどうしてここまで和気藹々としているのか。


 三太はしまったと後悔した。が、後の祭りだ。


 二人の視線が三太へ向く。これが辛い。文七にすればうまい具合に話が進んでいたのに茶々を入れられ、少女にしてみれば誰こいつ? な状態。あまりに空気が読めていない。


 学生時代の悪夢が脳裏をよぎる。く、こういう時は三喜夫あたりが適当な笑いに変えてくれたのに。三太は今さらながら友人たちの有り難みを感じていた。


 そんな三太の心配を他所に、

 

「ところで、お兄さんはどこのどちら様?」


 なぜか、少女は繰り返し名前を聞いてきた。


 空気が変わる。空白になりそうだったが雰囲気が一変したことで三太は安堵した。場が白けることほど恐ろしいことはない。気遣いかどうなのかはわからなかったがとにかくこの流れに乗るのが大事だ。

 

 三太はその流れのままに名乗ろうとして──

 

「僕は、月夜──」


 ──心臓を握りつぶされた。


 

 

 

今日の夜も更新予定です。


何卒よろしくお願いします。

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