父親 四
「なら、もっと斬りたいものがあるんじゃない?」
その質問は三太にとって予想だにしないものだった。
斬りたいもの。
そんなものいつだって斬ってきたはずだ。
「なんの話ですか?」
「父親」
一瞬、理解出来なかった。
三太は自分がどんな顔をしているかもわからないほど動揺した。市村ヨネはそれをただ微笑みながら見守っている。
どうして笑っているんだろう。
それが何よりも理解出来なかった。
だから、三太はただ思い浮かんだ言葉をぶつけるしかなかった。
「父を斬ったとしても、何も変わりません」
「いいえ。あなたなら全てを変えられる。あなたの父親自身を無かったことにもできるし、あなたが生まれなかったことにしてもいい。それともお母様との出会いすら消せば良いかしら?」
「馬鹿なことを言わないでください…っ!」
今度は三太が叫ぶ番だった。
荒唐無稽な妄想。なにより三太にとって最も踏み込んでほしくない、あるいは自身でも触れようとしなかったことでもある。
三太は全てを台無しにできる。
もちろん、それは自身の父親だって例外じゃない。
何より、
「そんな真似をしたら僕自身が生まれないじゃないですか。言ったでしょ、別に恨んでないんです。ぼくはただやり直したいだけで…」
「でも、それを毎日考えていたんでしょ?」
全身に怖気と嫌悪感、そして羞恥心が駆け巡った。
胸の奥に仕舞っていた過去をまさしく暴かれたのだ。実に子供らしい、そして、なにより恥ずべきものを突きつけられた。
何が穏やかな夜だ。
三太は市村ヨネがどんなつもりでそんなことを言ったのかわからなかった。わからなかったが、それを無視することも出来ない。
何か言わなければ。
そうは思っても、何も言えなかった。
「王位継承権をあなたに譲渡した時に見えてしまったの。その時何を考えていたのかも。あなたの人生はとても、そうとてもあなたらしい人生ね。だから、私はママになりたいと思った」
「…いや、それはよくわかりませんけど」
「だって、あなたお母さんを欲しがってるんですもの。だったら、私がやるしかないじゃない」
「だから、それも違いますって」
飛躍した論理をぶつけられると人間は冷静になれるのかもしれない。
少なくとも、三太は若干の冷静さを取り戻すことに成功した。ああ、そうだ。今更この動揺を隠しても仕方がない。そう、三太はあの父親を斬りたいと思っていたのだ。
勘当を言い渡される寸前までは。
「あなたは優しすぎるのよ。あなたはあの時まであの男を父親として見ていた。いくら家の存続のために生きているからって自己を殺しただけの男をどうしてそこまで擁護するの」
「だからですよ。あの時だって、おれは本当に父親を恨んでいませんでした」
あの時。
同じ釜の飯を食った仲間たちの侍としての人生を奪った時。
これならば父親が向き合ってくれるかもしれないと期待した。
何せ、一門を半壊させたのだから。
いくら不詳の息子とは言え、当主自ら征伐が正しい。その時に渾身の一撃をくれてやるつもりだったのだ。
だが、結果は追放されただけだった。
「ただただ失望したんです。いや、違いますね。ぼくには父親もいなかった。ただその事実を思い知らされたんです。今まで我慢したこととか、そういうのがどれだけ無意味なことだったのかも」
あの目。
普段通りの無表情と声音だったけれど、あの目だけは三太が初めて父親に人間らしさを見た気がした。
得体の知れない生き物を見るような、怯えた目。
それで、三太の中で父親は死んだのだ。
「だから、僕には親なんていなかったってことです。見ていたならわかるでしょう。僕に親なんていらないんですよ」
断ち切るように。
三太は思いの丈ぶつけた。
掛け値のない本音だ。
それなのに、
「そう。あなたがそんなだから、そんなこと言うから私はあなたの母親になりたいの」
そんな言葉を市村ヨネは繰り返した。
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