09話
「こーくん一緒に帰ろ! それと家まで送って!」
「落ち着け、どうしたんだよ急に」
今朝からそうだが今日はやけにグイグイと来る、昔に似たようなテンションで近づいて来た時はなにかを奢ってもらうつもりだったが今回はどうなんだろうか。
「いいでしょ?」
「まあいいけどよ、それじゃあ帰るか――あの神妙な顔で固まっている明翔は放っておいて」
こちらは今朝からずっと黙りだ。
いつもは男友達と楽しそうに会話をしているというのに誘いを全て断って席に張り付いていた。
「明翔、帰ろうぜ?」
「お、おう……親友、話を聞いてくれるか?」
「俺で良ければ聞くが」
それでもここに留まっておく必要はないため歩きながら話を聞くことに。
「昨日、告白したんだ」
「おぉっ、それで瞳ちゃんはどんな反応を?」
乙女な彼女は勿論食いつく、俺も態度には出さなかったが興味津々なことは否定できない。
「無反応だった、それどころか『今日はもう帰ります』とか言って帰っちまったんだ。もしかして俺は嫌われていたのか? 一緒にいる限りではそんな感じに見えなかったし、それどころか好いていてくれていると思ったんだが……」
それは単純に驚きすぎただけではないだろうか。
が、俺は瞳から直接明翔が好きだと聞いたわけじゃない、だからタイミングが悪かったんじゃないかと答えておく。
「そうか……あんまり悲観しなくてもいいよな?」
「おう、大丈夫だろ。そもそも嫌われているのならその場で断られると思うぜ俺は」
「あ、確かにな。……いやー、やっぱり友がいると違うな」
「他の男友達とかに相談すればよかったんじゃないのか?」
「いや、こういうことは航や結那に相談したい。あいつらに相談すると変な風に絡んでくるからな、その点お前らはそんなことしないだろ? 今だって真剣に答えてくれてさ。そういうのありがたいっていうか、まあ感謝してる」
俺と関わってくれる人間は大袈裟な人間ばかりだな、こんなんで礼を言われていたら俺なんて何百回も言わなければならなくなるぞ。
「そっちはどうなんだ? あれ以降、ほとんど一緒にいるようだが」
「どうだろうな、当事者だしなんとも言えん」
「結那は?」
「うーん、どうだろうね」
俺ら二人に「なんだそれ? 自分らのことなのに分からないのかよ」なんて言ってくれているが逆に宮木が気に入ってくれている! なんて自意識過剰なことを言えるわけがないだろう。
相手の気持ちが分からないからこそ先程まで明翔だって悩んでいただろう? と突きつけたくなる。
「ま、とやかく言うべきじゃねえか。俺はこっちだから、じゃあな」
「って、宮木も連れて行けよ」
「それが帰りたがっている顔か?」
確認してみると満面な笑み、魅力的なはずなのに怖く感じてしまうのはなんでだろう。
「帰りはちゃんと送ってやってくれよ?」
「了解……」
「じゃあな結那」
「うん、またねー」
確認するまでもなく帰る気はなさそうなためそのまま家に連れて行くことにした。
こういう時向こうじゃなくて良かったと心底思う、だって同級生の女子、しかも仲がいいとなれば完全にふたりきりになったら緊張するから。
「ただいま」
「お邪魔します」
どうやら一階には栞さんはいないらしい、部屋に入れたって特に楽しくないのでリビングを占領することにした。
「ほら」
「ありがとう」
とはいえここからどうしたらいいのかが分からない、そもそも彼女は何故家にまで付いてきたんだろうか。
「おかえりー」
「あ、ただいま」
「おっ、結那ちゃんこんにちは!」
「こんにちはー、お邪魔しています!」
栞さんがいてくれて助かった、二人だけじゃ間が持たなくて困るし。
「今日はどうしたの?」
「こーくんと離れたくなくて」
おいおい、そんなお世辞を言ったところでなにもしてやれないぞ俺は、飲み物を提供することくらいしか俺にはできない。
「おぉ、積極的だねぇ」
「うん、だってちゃんと一緒にいないとどこかに行っちゃうから、それに本当は寂しがり屋だしさ」
「うーん、航君は寂しがり屋と言うよりも甘えん坊さんかなぁ、小学生の頃はデレデレでいっぱい甘えてくれたからね」
栞さんの中の俺はどこの世界の俺なんだろうか。
実際はと言うと、素直に甘えることができずトゲトゲしていたくらいだ。
瞳を泣かせてしまい景信さんに怒られてしまったことだってあった、宮木にも冷たく対応をしてしまって今回みたいに喧嘩したことだってある。
だがとにかく皆が優しかったおかげで段々と柔らかく接することができるようになったという感じだ。
「そういえばあたしも抱きしめられたことがある! 『ゆーちゃんは俺が守るから!』って」
「きゃー、え、それ初耳だよっ」
「待て待て、そんなことを言った覚えはないぞ! というか『あきくんとケッコンするからこーくんとはできないよ』って言われたんだが?」
「またまたー、照れちゃってー」
いや、もし本気で俺が言ったと記憶しているのならその頭、いますぐにでも病院で見てもらった方がいいと思う。
俺がそんなことを言うわけがない、小さい頃は本当に八つ当たりとかだって平気でしていたくらいなんだから。
「それに抱きしめた方は否定しないんだ?」
「それは……なんとなく覚えているような」
瞳は怯えていたし妹的な感じで守ってやらなければならないと認識していた、けれど同級生の彼女は正直に言って可愛かったし優しかったため、恐らく惹かれてしまっていたんだろう。
勿論強力な存在がいたせいで無残にも散った形となるが。
「昔は好きだったんだよ」
「えっ、それはあたしも初耳」
「言えなかったんだ、明翔がいたからな」
が、あいつも好きだと自覚したときから上手く対応ができなくなり、心が成長したことで宮木の対応もどんどんと悪くなり、瞳という存在を見ていくうちに彼の想いはそちらに移ってしまった。
「明翔から聞いたんだけどさ、明翔も昔は宮木のことを好きだと思っていたらしいぞ。勿体ねえよな、過去だったら両想いだったのによ」
「いいよ、過去のことはもうしょうがないし、明くんは瞳ちゃんのことが好きになっているんだし。そ・れ・よ・り・も、あたしを好きだという感情はもうないのかな?」
仮に俺の中に気持ちが残っているとしても呆気なく振られるのがオチだろ。
いいんだ、そういうのは他者が勝手にやって勝手に盛り上がってくれれば、傍観者でいた方が楽なことだって沢山ある。
「さて、と、私は部屋でちょっとお昼寝でもしてこようかなー、景信さんは今日帰ってくるの遅くなるって言ってたし」
「なんでこのタイミングで?」
「え? 眠たくなったからだけど? それじゃあ後でねー」
空気呼んでここから去らなくたって結局いい展開になんて変わらないのに。
「航くん」
「大切なのは本当だ、けど今も――物理的接触は卑怯じゃねえのか?」
彼女は俺の耳元で「誰にでもすると思ってる?」と聞いてきた、すぐに明翔にはするんだろと言ったら「しないよ、幼馴染だからってなんでもかんでも許すわけじゃないし」と彼女は答える。
「こういうことをするってことはそういうつもりだって捉えていいのか?」
「さっきも言ったけど誰にでも、いつでもこんなことをするわけないよ」
そんなことは分かっている、けれど明翔に瞳が好きだと言われた時あんなリアクションをしていたから引っかかるんだ。
「ね、どうしてあたしと明くんをくっつけようとしていたの?」
「前にも言ったが大切な存在だからこそ本当に好きな奴と付き合ってほしかったんだよ、瞳も勿論応援したかったがお前らは幼馴染だったからな」
「でも、航くんは明くんが誰を好きなのかって聞いてたよね? 明くんの幸せは応援してあげないの?」
「明翔は勝手にやるだろ。けどお前は――」
「結那」
「……結那が泣くのは嫌だからさ」
やっぱり俺の中では野郎より少女が優先――って、基本的に異性を優先するのが童貞っぽいものではないだろうかって一人内で説明をする。
「『お前には関係ないことだ』って言われた時、すっごく悲しかった、一人でいたら微妙だったから明くんを呼んで話を聞いてもらったんだ」
「知ってる、それでズタボロに言われたからな。でもさ、そうやって明翔を頼るってことはやっぱり引っかかっているんだろ?」
「いや、だって航くんに相談するのは無理でしょ? そしたら明くんしか男の子の友達いないし」
「……いいのかよ? 格好良くもねえ、内面がいいわけでもねえ、心配して来てくれた子をあんなこと風に言って追い返すくらいの男なんだぞ?」
なんだかんだ言っても見た目の良さを望む生き物だろう女とは、瞳の中にだって格好いいところがいいって思っている部分もあるだろうし切っても切り離せない要素だと思うのだが。
「だからさー、そうでもなければ抱きしめたりなんかしないって! あたしが遊んでいるように見えてるの?」
「実際、後輩の告白は受け入れたしな……」
「あれは……だって恥ずかしかったんだもん……しかも、結局行かなかったし!」
ここまで言わせておいてうじうじするのは男らしくない。
ちょっと贅沢させてもらうのは申し訳ないが興味がないというわけではないのだから素直になってみよう。
「んんっ」
「ん?」
だが、かなり恥ずかしいことを言うつもりでいるということを冷静に認識しただけで全身が熱くなった。
「お、お前は大切だ……明翔ほど動けるわけじゃないけどお前を――結那を守っていければって思っている」
だってかなり臭いことだぞ? 昔じゃないんだしなにから守るんだよって話だろ。
「えぇ……そういうのはいいんだけど」
「ちょっ!?」
そりゃねえぜ……流石に平静でいられるほどのメンタルではない。
しかし救済処置なのか「普通に好きだって言ってくれれば十分、だよ」と彼女は言ってくれた。
「好きだ」
「んー、でもちょっと流されているよねー」
「どうしたらいいんだよ……そりゃこんなことをされたら誰だってこうなるだろうよ、んで結那がそう言ってくれているなら応えたいって思うだろ。俺が望んでいたのは本当に好きな奴と付き合ってほしいということだった、それが俺なら……つかこんな恥ずかしいことを言わせんなよ」
見方によらなくても凄え痛い発言をしていることは分かっている、つかさっきのだって冷たく返されてしまったわけだし穴があったら入りたい気分だ。
「ふふ、冗談だよ。あたしも好きだよ、小学五年生の頃から」
「は? じゃあそれまでなにをやっていたんだよ」
「え、友達をやっていたけど」
いけないいけない、魔性の女の言葉に騙されてはいけない。
「そうかい、ありがとよ」
「うん、こっちこそいてくれてありがと!」
その後は栞さんに言ったり、瞳や明翔に言ったりしたが皆「遅い」という反応だった。
「気づいていなかったのは俺だけだったのかもしれないってことか」
「え?」
「なんでもねえよ、それよかいつまで抱きしめているんだ?」
「あのね、航くんのにおいって凄く安心できるんだよ、だから補給中」
「そうか」
それならまあ自由にしてくれればいいと考えて、満足するまで抱きしめさせておいた俺だったのだった。