05話
「稲本先輩、僕いいことを思いつきました!」
「ほーん、言ってみろ」
「ダブルデート、しましょうよ!」
俺は机の上に置いてある次の時間に使う教科書で後輩の頭を叩く。
「誰と誰が?」
「それは勿論、僕と宮木結那先輩、稲本先輩と――あれ、稲本先輩に相手がいないじゃないですか!」
「そうだろ? だから頑張って自分で誘い、デートをしてこい」
悪かったな、女友達が宮木しかいなくてよ。
しっかしまあこいつも宮木のことが好きすぎだな。
そもそもなんで俺はこいつと関係があるんだっけか? 宮木といる時に突撃してきたのがきっかけだったっけか。
ところが残念、もう少し早ければもうちょいマシになっただろうが今彼女に近づくのは自滅行為みたいなものだ、だって彼女はちらちらと萩島のことを目で追ってしまっているんだ。
友達と話をしている時とか、教室に瞳が訪れた時なんかは特に、どう見ても未練があるのは確実、他の人間が好意を抱いて近づいたところで「ごめん無理」と言われてあっさり玉砕、そもそもすぐに本人のところから逃げているような時点で不可能な話だろう。
「なら萩島先輩と瞳さんでしょうか」
「お前それ自分を追い詰めているだけだからな」
「ですよね! だって宮木結那先輩は萩島先輩のことが好きなんですから!」
「おま――声でけえよ馬鹿!」
皆がこちらに注目する、その中には当然宮木本人や名前を出された萩島の視線もあった。
「あ、う、え……」と慌てた後輩は、
「あー、稲本先輩が宮木先輩のことを好きなんですよねー!」
なんて爆弾を投下し自分だけ退散。
残された俺には増々視線が集まり流石にいづらくなって教室から退散――教室には戻れずにチャイムが鳴っても俺は屋上手前の場所で体操座りモードになっていた。
「馬鹿野郎……なにしてくれてんだ」
これじゃあ他人の手によって勝手に振られるパターンじゃねえかよ。そうでなくても変な勘違いをされているところなんだからよ、傷心につけ込むような屑じゃねえぞ俺はおい!
「いや、サボるのはよくねえか……金だって出してもらっているんだしな」
授業中とはいえ教室に戻ると当然皆の視線が突き刺さった、宮木や萩島の方は確認せず教科担任に謝ってから席に座る。
「ねえ、宮木さんのことが好きだって本当?」
隣の女子が聞いてきたが名前も知らねえし本当なわけがないので首を振って意思表示。
もう絶対にあんな恩を仇で返すような後輩の相談には乗らないと決めた。
「稲本、ここの答えは?」
「あー……②、ですかね」
今は授業どころじゃねえんだよ、クラスメイトの視線がよ、突き刺さってんだよ先生。
「正解だ。仕方がないから遅刻したことは許してやろう」じゃねえんだよマジで、俺もなに素直にありがとうございますなんて返してんだよ。
俺の抱える複雑さを他所に時間はゆっくりと経過していく、段々とクラスメイトの奴らも興味を失くしてきたのか終わり頃にはもう普通だった。
「おい親友、ちょっと廊下に行くぞ」
「あいよー……」
そりゃ当然気になるわな。
廊下に出ると無駄にイケメンな野郎から壁ドンをされた、女子じゃないからときめかないし、どうして野郎の顔を間近で見なければならないのって話ではあるが幼馴染として言っておきたいことがあるんだろう。
「お前、さっきのって本当か?」
「ありゃ可愛くねえ後輩が勝手に言っただけだ。第一、あいつは今傷心中だぞ? そんな人間に踏み込もうとなんかしない」
「傷心中? 宮木がか?」
ん? やっぱり嘘だったのかあれは、直接本人には伝えてないんだな。
迷惑をかけたくねえってことか、同情されるのが単純に嫌なのかもしれないが。
「まあな。そうだ、瞳とはどうなんだ? 仲良くできているのか?」
「ああ、今日の放課後に商業施設へと行くことになっている」
「そうかい、瞳のことを頼んだぞ」
「おう、そういう意味でだけではなく色々な意味で任せておけ」
戻ろうとしたら首根っこを掴まれて引き戻される。
「なあ、本当にねえのか?」
「なんだよ、やけに気にするな。お前は瞳のことが好きなんだろ? だったら別にいいじゃねえか」
そういう中途半端な気持ちが一番駄目だ、無理なら無理、可能なら可能、それくらいハッキリしてくれなければ困る。
そしてお前はそれを宮木に突きつけただろうが、今更になって気にしやがって。
「俺は宮木の幼馴染なんだぞ? 気になるだろうが」
「だったらちゃんと見ておいてやればいいだろ?」
「それは……俺の中での気持ちは本物だ、瞳だけを見るって決めたんだ」
「それなら放っておけ」
瞳だけを見るって決めたくせに幼馴染だから気になるっておかしいだろ。
あっちからもいい評価を得たい、この子! と決めた子の前では格好つけたい、そんな状態じゃどっちつかずになって愛卒を尽かされて結局どちらも獲得できずに終わるだけだぞ。
「萩島ー、ちょっと稲本借りるねー」
「お、おう」
やれやれ、俺は物じゃねえんだけどなあ。
連れて行かれたのは俺が先程までいた場所だった。
先程の授業が午前最後のではあったため別にゆっくりしても問題はないと言えばない。
「稲本」
「ん?」
「あたしも稲本のこと大切だと思っているよ、だってずっと友達だったしね、親友って言っても過言ではないのかもしれない、けれどね」
あー嫌な予感がするぜ……。
「あたし、稲本のことをそういうつもりで見れないかなって。や、気持ちは嬉しいんだけどね」
「そうかい、それは残念だ。昼飯も食いたいし戻るわ」
告白もしてねえのに振られて馬鹿みてえだな。
なにやってんだろうって心底思う、つか、今日に限って盗み聞きしてくれてねえしよ。
「はぁ、やってらんねえ……」
「まあまあ、いいじゃないですか、稲本先輩はいつも宮木先輩の側にいられるんですから」
いつの間にか俺の前の席に座っていた。
先輩の教室、そして誰かも分からない先輩の椅子に座れるのは相当な奴だと思う。
「てめえ、よく俺の前に顔を出せたな」
「す、すみませんでした! ま、まさかあんな言葉が自分から出るとは思えなくて……でも先輩も悪いんですよ? ライバルみたいなことをしていたんですからね!」
「おい」
顔を握って睨みつける。あれのせいでちょっと授業に送れるハメになったんだぞこの野郎。
「ひぃ!? だ、だって事実じゃないですか!」
「なにが事実だこの馬鹿! 宮木が戻ってきたら今度はお前が好きだからってばらしてやるからな!」
「あたしにばらすってなにを?」
まさか――ではなく普通にタイミング良く彼女が戻ってきた。
「おう、いいところに戻ってきたな宮木っ、こいつがお前のことを異性として好きなんだそうだぞ」
「あー! なにバラしてるんですか! この最低先輩!」
後輩は俺の腕を掴んで涙目になっているが正直に言ってそれで振られた俺の気持ちも分かってほしい。
これほど虚しいことはあるか? これほど虚しいことを体験したことはあるか? 体験したことがないと言うのなら体験させるしかないだろうが。
「うっせえ! ひゃはははっ、ざまあみろ馬鹿が!」
「こら稲本っ、後輩くんを苛めちゃ駄目だよ! それに好きでいてくれるのは嬉しいしね」
「ま、結局はそれも社交辞令的な――」
「いいかもね、後輩くんって可愛いし」
「うぇ!? い、いいんですかっ?」
驚きたいのは俺の方だった。
こいつとは長年一緒にいたわけでもない、高校に入ってから瞳経由で知り合ったような奴だ。
ニセとはいえ俺のは即断ってそいつのは受け入れるなんて――ことは考えないが、萩島のことはいいのかって不思議に思った。
ちなみにそんな彼女は「今すぐには無理だけどね」と言って笑みを浮かべる。
「それでも全然いいです! 今日の放課後って時間大丈夫ですか!?」
「うん、明日は無理だけど今日はバイトもお休みだしね」
「それなら商業施設に行きましょうよ」
「分かった、それじゃあまた後でね」
「はい! ぷふふ、稲本先輩はざまあですね!」
勝手に盛り上がって楽しそうで結構だ、俺としては巻き込まれることの方が面倒なので勝手にやってくれとしか思えない。
「行くなら気をつけろよ」
「えっ、なんなんですかその冷たい反応はぁ!」
「知らねえよ、それよかデートに行けて良かったじゃねえか」
「はっ、これはデート!? 早速プランを考えなければ! 先輩に付き合っている時間が勿体ないのでもう戻ります!」
本当に可愛くねえ後輩だ。
自分で作っためちゃくちゃ適当な弁当を食べていると宮木が戻ってきた。
俺は飯を食べ続ける、彼女はそんな俺を見続ける。
「なんだよ」
「別になんでもないけど」
「じゃあなんでそこに立っているんですかね?」
「放課後、稲本も行こうよ」
「は? 行かねえよ、たまには一人で家でのんびりしてえんだ」
萩島が瞳に専念すると決めてから家が騒がしくなった。
恐らく瞳が連れてきていると言うよりも萩島が勝手に来ているんだろう、だから外で遊んでくれる今日は静かに昼寝でもしようと考えている。
「あんな可愛くのねえ後輩となんて出かけたくねえよ」
「ならあたしは?」
「なにが言いたいのか分からないが行ってくればいいんじゃねえのか?」
わざとその気にさせて結局振るって形は萩島が彼女にしたことでもある、それかもしくは本当に気に入っていて、そのまま彼氏にすることだってあるかも分からない。
ただまあどちらにしても関係のない話だ、俺のことは振っておいてそいつを選んだんだろうがなんて無駄なことも言ったりはしない。
「あいつはまあ、俺以外には多分礼儀正しいだろ、好きなやつと行動できるってことなら尚更な」
名前すら知らねえよ、確か最初くらいに言ってたと思うけど覚えてない。
それでも律儀に対応をしていたのは頼ってもらえるのは結構嬉しいからだ、向こうにとってはただ利用していただけなのかもしれないがな。
「それよか俺の作った卵焼きでも食うか? 結構美味いぞ」
「いらない」
「そうかい、なら友達のところにでも戻れよ」
なにがしてえのか分からないのは俺も同じか。
一つ言えるのは踏み込みすぎると必ず問題が起こって面倒くさい結果になるということだ。
だったらラインを踏み込みそうになったら戻せばいい、こういう話題になったらうんうん頷いて、適当にそっちでやってくれと促せばいい。
実の親ですら必要がなくなったら子だって捨てる、自分にとって不必要なことにこだわっている余裕はない。
「稲本――」
「悪い、ちょっと散歩してくるわ」
なにが大切だ、なにが友達としては好きだ。
実際は違う、結局口先だけの言葉でしかない。
もっと楽な生き方を心がけろ、そうしないと心が疲弊するぞ。
「あー、栞さん」
「どうしたの?」
「んーとですね……そっちに戻ってもいいですか?」
「え? なんで急に?」
「あーまあ瞳と喧嘩しまして」
嘘に嘘を重ねていつだって逃げる手段を探している。
一緒に過ごしてみた限り、彼女は十分一人でも暮らせる余裕がある。
怖かったら時々でも毎日でも萩島を呼べばいいことだろう。
「瞳に一人暮らしをさせるの?」
「金はそもそも栞さん達に出してもらっているわけですから不可能ではないですよね? 寧ろ俺にこんな贅沢な生活をさせている方があれだと思いますけど」
「別に私はいいけど……大丈夫なの?」
「本当なら俺が出ていくのが一番なんでしょうけど……」
「そこは前からも言っているように心配しなくても大丈夫よ」
栞さんの旦那さん――景信さんと俺は仲良くない。
理由は前にも言ったと思うが小さい頃の俺の生意気な態度からきているものだ。
「景信さんは今どうしていますか?」
「職場と自宅を行ったり来たりね。正直に言って、私ともあまり会話がないの」
「昔からそうでしたよね、そんなあの人に瞳が怯えたりもして」
「懐かしいわね……」
瞳が頑張ってなにかをしてあげても「うむ」とか「ほお」とかしか言わない人だった。
思えばその不安を俺にぶつけていたのでは? と考えてしまうくらいの荒れっぷりを前にも「うむ」しか言わなかったんだから相当な話ではある。
「よく航君はそんなあの人に反発していたよね」
「今考えれば馬鹿だったって分かりますけどね、お世話になっておきながらあれですから」
「しょうがないわよ、捨てられた子の気持ちなんて捨てられた子にしか分からないんだから」
「あの……あんまり強調されると悲しいんで」
改めて考えてみなくても俺は捨てられたんだよな、そして本当の両親が親戚に――栞さん達に連絡をしていなければ恐らくあそこで餓死していたということ、今普通の生活を送れているのも栞さん達のおかげ。
「はははっ、ごめんね。――ふぅ、本当に戻ってくるの?」
「栞さんが良ければですけど」
「分かった、それじゃあ明日まで時間をくれる? 景信さんに言ってみるから」
「え、それなら断られるに決まっているじゃないですか」
「大丈夫っ、私に任せて! 航君はちゃんと瞳に話しておいてね」
「分かりました、失礼します」
って、瞳と喧嘩したのが設定だってバレてるじゃねえか。
「別に非モテの童貞でも普通に生きられれば十分だろ」
「そうかな? 生まれたからには恋したいって思わない?」
「って、通話消すの忘れてた!?」
栞さんは「あははっ」と笑っているが笑い事じゃねえんだわ。
「私と景信さんは別に幼馴染とかそういう関係じゃなかったから仲良くなるのに苦労したよ? でもね、この人が好きでなんとか振り向いてもらいたいって考えて動いていた時、凄く楽しかったんだ。勿論、ハラハラドキドキもたくさんしたけどね、だって景信さんはたくさんの女の子にモテたからさ」
なにを聞かされてるんだ俺は。親とほぼ同じ存在の惚気話を聞いていたって無意味なんだが……。
「頑張りすぎたりして熱が出ちゃったりした時には会えなくて涙が出たりもしたよ? 航君はそういう体験ないの?」
「ないですね、そもそも初恋すらまだですし。それに初恋は実らないんですよ、見てきた限りでは」
女友達なんて宮木しかいねえしそういう次元にいないんだ俺は。
そしてその彼女は謎ムーブ、一緒にいても落ち着くことができないのなら関係を切りたいくらいだった。
「え、私のそれは初恋でずっと守ってきた結果、結婚することすらできたんだよ? 初恋=絶対実らないなんてことはないよ」
「それは栞さんが美人で景信さんが格好いい、美男美女のケースだったからですよ」
栞さんは「え、やだ、美人だなんてそんなそんな」とボケていた、誰だって変なところがあるのは確かなようだ。
「ずっとお友達だった結那ちゃんとかどうなの?」
「明翔のことが好きなんですよ」
「あー……明翔君はイケメンだしなー……航君じゃあなー」
「もう切りますね、さようなら」
「ちょ、冗談――」
今度こそ間違いなく切れたことを確認してから横に置く。
「顔で負けて中身も負けてんだから考えるだけ無駄だろ」
つか、そういう意味で好きじゃないのに謎に振られたし俺はよ。
「楽しめよ馬鹿後輩」
ずっと頑張ってきたんだから報われたってことなんだろう。
宮木のやつも割り切れたのかもしれない。
このチャンスを物してくれればいいと考えて、せっかく静かなんだから昼寝を楽しんだのだった。