ある神官の祈り。
「お目覚めですか聖女様?」
目を開けた聖女様に数人の神官達が集まる。
殆どの人が涙を流していた。
「私はどれくらい微睡んでいたの?
セイヤ準備は出来た?」
聖女の言葉に神官達は固まる。
「どうしたの、みんな魔王討伐の途中でしょ?
セイヤと私、シホと3人で魔王を倒すのよ...」
おそらく聖女様は60年前の魔王討伐の記憶を語っておられるのだろう。
話の中に勇者が出てこないのは記憶から消し去りたい一心からなのか。
「レイラ様...」
私は聖女様の名を呼びながら手を握る。
艶やかだったその手は70歳を過ぎ、すっかり萎れ姿も老婆になられていた。(私もだが)
しかしこの手で幾多の人々を救い、世界を癒して来たのだ。
「レイラ様、魔王は倒されました。
皆様のお陰で世界は救われたのです」
「...そう」
力なく返事をされるレイラ様、どうやら夢を見ていた事に気づかれた様だ。
「マリア、どうやらお迎えが来たようです」
レイラ様は静かに私の名を言った。
その瞳は弱々しく死が間近に迫っているのは明らか。
「聖女様、今までありがとうございました」
私の言葉に周りの神官達も頭を下げる。
「どういたしまして、お役に立てたかしら?」
目を瞑ったままレイラ様は話される。
もう目を開ける気力も失われたのか。
「はい、聖女様のお陰で大勢の人達が癒されましたよ」
「良かった、もう悔恨の聖女は卒業かな...」
「もう誰もそんな事は言いません。
レイラ様は[救世主セイヤ様の従者]として世界中で語られています」
「ありがとう...マリア」
『セイヤ様』と聞いたレイラ様の手に僅かな力がこもる。
人々から『悔恨の聖女』と蔑まれながら世界を癒して回られた聖女様。
60年前に女神様が現れた時、レイラ様は元の世界に戻られるのを拒み、この世界に残る事を選択された。
ユウヤは60年前に元の世界に戻った。
力と手足を失い絶望したユウヤ。
現れた女神様に散々悪態を吐き、神の祝福どころか怒りを買ってしまい、手足が失われたまま元の世界に召還された。
誰一人ユウヤを勇者として呼ぶ者は居ない。
『愚者ユウヤ』として世界で認識されている。
「...マリア、いつもの良いかな?」
「どうぞ...」
このやり取りも最後になると覚悟して了解する。
「セイヤ、怒っているかな?」
「どうでしょう?」
「シホは許してくれないよね」
「分かりません」
「マリア、貴女はまだセイヤの事が?」
「もちろん今もお慕いしてますよ」
「そうよね」
これを私はレイラ様にお仕えしてから60年間やり続けたのだ。
「そ、そろそろ逝きます」
「はい」
苦しそうなレイラ様、誰も苦痛を癒さない。
それはレイラ様の希望した事、『自然に逝きたい』と。
「セ、イヤ、セイヤ...私」
「レイラ様...」
レイラ様の目から涙が1筋流れ落ちた。
笑顔では無い、苦悶でも無い、ただ静かな表情でレイラ様は旅立たれた。
最後に何を言いたかったのだろう?
それは誰も分からない。
こうして聖女レイラ様は78年の生涯を終えられた。
「世界に伝えるのです」
「はい!」
私の言葉に神官達が部屋を出ていく。
世界に希望を与え続けた聖女の死を伝え、女神に祈りを捧げて貰うのだ。
もう世界に召還者は居ない。
女神様は私達の前に降臨しないだろう。
しかし、黄泉の世界で女神様と聖女様がお逢い出来たら。
「女神様、聖女様が旅立たれました。
セイヤ様とシホ様、レイラ様と3人でまた...」
私も祈りを捧げるのでした。
おしまい。