賢者 羽谷志保
「それじゃ、またな」
セイヤは席を立つと、部屋を出る前に私を見る。
その姿は寂しそうで、強がっている事がすぐ分かった。
「セイヤ待って!!」
慌てて席を立ち、扉を開けセイヤを探すが彼の姿は完全に消え失せていた。
「どういう事?」
長い廊下の途中に残された僅かな魔法の残滓、間違いない、セイヤは転移魔法をここで行ったんだ。
「セイヤ...」
項垂れながら部屋に戻る。
『どうしてこんな事になったんだ?』
確かにセイヤは弱くなってしまった。
でも必死に鍛えて足手まといにならないように頑張っていたじゃないか。
『今日告白するつもりだったのに』
レイラの浮気を教え、セイヤ支えるつもりだったんだ。
自分の都合ばかり考えてセイヤの気持ちを無視していた。
セイヤが気づいて無い筈が無かった。
セイヤは自分の気持ちを隠して私達を支えていたんだ。
「居たか?」
ユウヤが勝ち誇った笑顔で聞いた。
こいつ屑だ。
王国内にハーレムを作るのが目的で、王国の信頼と人気を集めるセイヤが邪魔でこんな事を...
「消えたわ、転移の魔法を行ったみたい」
屑は私も同じ、ユウヤもレイラもみんな屑なんだ。
好きと言えば良かった。
告白すれば良かった。
私の方がセイヤと付き合いが長かったのに。
幼馴染みなんだ、私の初恋なんだ。
高校から付き合ったレイラと違う、素直になれずレイラの親友面して2人に付きまとって惨めな思いばかりした。
「セイヤも哀れだな、勇者パーティーにいた役立たずなんて王国に知られたら恥ずかしいだろうからな」
セイヤを嘲続けるユウヤ。
レイラは何も言わず恍惚の表情でユウヤに身体を許している。
レイラもそう思っていたの?
こんな女に大切な人を奪われたの?
「死ぬまで盛ってろ猿共が!」
「何だと!?」
ユウヤが激昂し聖剣を手に立ち上がる。
私を斬るつもりか?
「ふざけるな」
「ぎゃ!!」
ユウヤの懐に飛び込み魔力で強化した正拳を脇腹にぶちこんだ。
胃液を撒き散らし踞るユウヤ。
私は賢者だが転移以前から空手で鍛えていたんだ。
運動経験も無く、この世界に来ても聖剣頼みで全く訓練すらしなかった最弱勇者のユウヤに遅れを取るものか。
「レイラ絶交だ」
「シホ...」
踞るユウヤに治癒魔術を施すレイラに告げた。
魔王と戦っていた時レイラはセイヤを無視していた。
あの時既にレイラの心にはセイヤは無かった。
さっきのセイヤに対する態度は演技か。
「糞が」
私は部屋を、そして王宮を後にした。
私の目的はセイヤを探す事。
残った魔族なんか知った事か!
勇者パーティーを離れる私を王国はあっさり許可した。
魔王を倒した功績だろうか?
最後の戦いは私無しでも倒せると踏んだのかもしれない。
セイヤの足跡を追うのは意外と簡単だった。
[世界中に突如現れる救世主]
魔族に荒らされた土地を浄化し、魔物を倒す。
そして傷付いた人々を癒し去っていく救世主。
セイヤが魔王討伐の合間に行っていた事。
私も一緒にやっていた、(レイラも途中まで一緒にやっていた)
「...旅立たれましたか」
「はい、お引き留めしたのですが」
セイヤ足跡は追える、だが追い付かない。
焦りがばかりが募る、その訳は...
「血を?」
「ええ、私達に気づかれない様に飲み込んでました」
人々からセイヤが血を吐き崩れ落ちる話が増えて来たのだ。
セイヤは病魔に侵されている、だからパーティーを抜けたんだろう。
苦悩していたセイヤに気付かず早くレイラと別れて私と、そんな事ばかり考えていた。
自己嫌悪の日々が精神を蝕む。
そんなある日、知らせが届いた。
魔族が結集しつつあるとの情報、王国は勇者パーティーの再召集を命じた。
だがセイヤの名は無い。
きっとユウヤが王国に『セイヤは無能な臆病者で逃げ出した』とでも触れ回ったのだろう。
召集を無視しセイヤの捜索を続ける。
不思議な事に追っ手は来なかった。
王都を離れ3ヶ月が過ぎた、
「間違いないですか?」
「はい、あの小屋にいらっしゃいます」
セイヤ、やっと見つけた!
王国から遠く離れた小さな国の辺境の村にセイヤは居た。
もう戦えないセイヤ。
小さな小屋を借りて村人に治癒魔術を施しているという。
ベッドから起き上がる事も出来ず、身の回りの世話はセイヤを慕う村人の助けを借りているそうだ。
「ここだね」
小屋の前で深呼吸を繰り返す。
(どんな顔で会えば良いんだろう?)
(冷静に話せるの?)
様々な事が頭をよぎる。
セイヤの顔が早く見たい。
扉を開けるとセイヤはベッドの上で眠っていた。
酷く痩せ細り、呼吸も浅い。
でも生きている、また会えた事が嬉しかった、
「誠也、見ーつけた...」
子供の頃に2人していたかくれんぼを思い出しながら呟く。
あの頃セイヤに見つけて貰う事が多かった、わざとだったんだよ。
(...セイヤに見つけて欲しかったんだから)
「...志保か?」
セイヤはゆっくり目を開けた。
落ち窪み弱々しい目の光、セイヤの死が近いのが分かる。
「...ありがとう」
ひび割れた唇から聞こえるセイヤの掠れた声、悲しくて胸が張り裂けそう。
「何の事かな?」
セイヤの顔を優しく撫でた。
「俺のやり残した事をありがとう」
痩せ細ったセイヤの腕が震える。
私はその手を取り優しく握りしめた。
「ううん、本当は全部済ませたかったんだよね」
最初は魔物を全て倒し、街の人々も全て癒していた。
でも進むに従って様子が変わった。
目の前の脅威だけを取り除き、人々の治癒も重篤な者だけにして...
私はセイヤが倒しきれなかった魔物を倒し、残った人々も全て癒した。
『セイヤの従者』と名乗って。
(どうして...セイヤ、何があったの?)
これを聞いたら最後になってしまう。
セイヤの異変、その訳を聞きたい。
でも聞いたら恐ろしい事になると私の心が叫んでいる。
「...俺、少しは役に立ったかな」
セイヤがポツリと呟く。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ...世界を救った勇者と聖女...真の平和を導いた転生者達...女神に願いを...」
セイヤの手に力が失われて行く、いよいよ最後の時が来たの?
「一緒に帰ろう!セイヤ、一緒に帰ろうよ!!」
「...ごめんシホ...」
セイヤの目から一筋の涙が流れた。
「愛してる!セイヤ愛してるよ!」
耳元で叫ぶ。
もうセイヤの意識は無い。
暫くするとセイヤの瞳孔が開き、呼吸も止まった。
「ありがとう...」
セイヤの瞼を閉じ、口づける。
涙を拭き私は身なりを整えた。
元の世界に戻る事が出来るのは知っている。
世界中の人が感謝をし、女神を呼び寄せる祈りを捧げる事。
その、転生者は生きている事が条件。
もうセイヤは居ない。
元の世界に戻っても意味が無いよ。
「セイヤは私だけのものだからね...」
自らの左胸に電撃魔法を叩き込む。
鼓動が止まり私はセイヤの身体の上に倒れた。
「愛してる、セイヤ、愛してる...」
私は穏やかな気持ちで旅立った。