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新しい友人

「君も、何か悩んでいるんだろう。よかったら、俺に話してみないか。相談に乗ってくれたお礼だ」


 相談に乗ったお礼と言われても、翠珠が特に何かしたというわけではない。

 父の商売上のあまりよろしくはないであろう手段について少し話をしただけで。相手の女性からしたら、ひどい話だ。


「別に、たいした話じゃないですよ。ただ――うん、商売のことなので。海様に話してもしかたないというか」

「商売?」

「はい。父が御用商人になったので、何か役に立てないかなって考えていたんです」


 結局、そうごまかすことにしたけれど、志縁はごまかされなかったようだ。

 脱走手段を探して木の上にいるところを見つかった時にはごまかされてくれたのに、今日は何か違うらしい。


「それだけじゃないだろう。俺にはわかるぞ」


 まっすぐに目を見つめられたら、志縁の前では嘘はつけない気がしてくる。


 視線を泳がさせたけれど、志縁は翠珠を逃がしてくれるつもりはなさそうだった。


(……やっぱり、海様は鋭いのかなぁ……)


 常勤ではないといえ、皇太后の警護を任されるほどの人だ。翠珠ごときでは、太刀打ちできないということか。


「ええとですね、私は……そうですね、うーん」

「俺と君は友人だ。友人の秘密は守るぞ」


 いつ、友人になったのだ。一度一緒に出掛けただけで、友人になったと言われても。それに、彼と翠珠では根本的に身分が違う。


「えっ、いつ友人になったんですか?」

「そういう言い方はないだろう」


 本気で彼がしょげているから、翠珠もおかしくなってくる。彼ほどの人が、翠珠と友人なんて、普通ならありえないのに。

 彼が翠珠によくしてくれるのは、父に頼まれたから――それでも、彼との距離が近づいたのは嬉しい。


「そうですね……じゃあ、海様」

「――志縁」

「海様のお名前ですよね?」

「友人なんだから名前で呼べ」

「……呼び捨てはちょっと」


 いくら親しく口をきくようになっても、やっぱりわきまえなければならないところはあると思う。翠珠が視線をそらしたら、むっと彼がむくれた。


「君は意外と冷たいんだな。俺の方は友人だと思っているのに」

「その言い方はずるいですよ……海様の方からそんな風に言われたら、私が逆らえるわけ、ないじゃないですか」


 やはり、彼は高貴な身分なのだ。自分がそうしたいと望んで、叶わなかったことがなかった程度には。

 翠珠は心の中でため息をついた。彼とこうして話しているのを見られるだけでも、きっと他の宮女達の妬みを買うことになる。


「では、志縁様と呼ばせていただきます――友人とおっしゃるのなら、わかってくださいますよね?」

「わかった」


 志縁がやけに満足そうなのは、なんでだろう。だが、彼のことを名前で呼ぶだけでも、翠珠の方は、ひやひやとしているのだ。

 仲間にばれたら、きっと質問攻めにされる。


(この間までの嫌がらせは、海様のおかげでなくなったわけだし……)


 健康な身体を持っているだけで幸せなのだ。


「では、志縁様。今年は麦が不作になりそうだって話は聞いてます?」

「あ――ああ。噂程度は」


 今年の冬から春にかけては天候が安定しなかった。麦の葉が出始めてから、長雨が続いていた。例年より収穫量が減りそうだという見込みだ。


「だから、父に米を買えって言ったんですよ。太国では、米が豊作だったと聞いていたから」

「米を買えと李殿にいったのか?」

「ええ。だって、麦を買うと他の人の目につくでしょ? だって、主食ですもん。でも、隣の太国は昨年米が豊作だったし、米なら多少買っても目につきにくいかなって」

「そんなことまで考えていたのか」


 浅知恵と言われてしまうのではないかと、ひやひやしていたけれど、そんなこともなかったらしい。

 志縁は、翠珠の話を感心したように聞いていた。


「麦が私の心配したほど不作じゃなかったら、他にもいくつか手を打てるように私から父にも話したし、父の方がそういう話には詳しいんでしょうけど」


 でも、心配なものは心配なのだ。自分は、自由に身動きが取れないからなおさら。

 もし、あの時皇太后が翠珠を実家に帰してくれていたなら、もっと自由に動くことができただろうに。


(……いえ、実家に帰っていたら、こんなことは考えなかったかも)


 たぶん、自分と家族だけがこの国から逃げていたと思う。翠珠はうつむいた。


「でも、こんな話友人にはできませんからね……」

「米を買い集めていると言ったな」

「ええ。それに――」


 ここまで、志縁に言ってしまっても、いいんだろうか。

 けれど――なんだか、一人で抱えているのも限界だ。顔を上げて笑みを作る。


「ついでに太国からお米のおいしい食べ方を輸入して、それが広まったら、うちの利益にもなるでしょう? 来年以降も、お米が好きになった人が買うかもしれないし。そうしたら、先に乗り出した我が家の勝ちですよね!」


 この国ではずっと、米は粥にするか酒にするかの二択。「炊く」ということはしてなかった。けれど、炊いた米のおいしさがこちらの国にも広まったら、最初に米の輸入に手をつけた李家の儲けは大きくなる。


「そこまで考えているなら、大丈夫じゃないか」

「そうなったら、いいんですけどね。そこまでうまく話が進むこともないと思うんですよ。絶対、何か邪魔が入る気がして……飢饉にならないのが一番いいんですよね、本当は」


 翠珠の方はため息だ。

 けれど、こうして志縁と話をすることによって、実際に気が楽になったのも本当のことだた。

 話すと楽になるというのは、翠珠自身にも当てはまるのかもしれなかった。

 志縁に送られて、裏口から中に入る。休憩部屋に戻ると、そこは大騒ぎだった。仲間の針子達が翠珠の方を見てひそひそとささやき合う。


「あなた、海様と何かあったの?」


 駆け寄ってきた春永が、翠珠をがくがくと揺さぶってくる。掴まれている肩が地味に痛い。


(……さっそく見つかった!)


 翠珠は頭を抱えたくなった。


「何かあったのって……いえ、別に。そこで一緒になったから、ついでに送ってくださっただけで」

「最近、付き合いが悪いと思ったらまさか海様と示し合わせて会ってたわけじゃないわよね?」


 春永の追及は止まらない。他の針子達も、こちらに近寄ってきた。


「違うって……次、お父様に会えるのはいつかなって考えていただけよ。そろそろお菓子もなくなったでしょ?」


 菓子は厨房から時々わけてもらえたり、皇太后や易夫人から下賜されたりするが、しばしば手に入るものでもない。翠珠が父から届けてもらうのが一番早いのだ。

 だが、易夫人にはあまりしょっちゅう父を呼びつけないよう言い渡されている。翠珠だけが、家族に会えるとなると不公平になるというのもあるのだろう。


「ああ――そうね。お菓子は大事よね……」

「この間の揚げ菓子おいしかったわよね……」


 皆、甘い菓子は好きなので、それだけで志縁とのことから意識をそらすことができた。


(……大丈夫、ちゃんとわきまえてるから)


 彼は翠珠のことを”友人”だと言った。だから、翠珠の方も、それ以上の気持ちはもたないようにしなくては。


(こればかりは、どうにもならないもんね)


 何度も自分に言い聞かせる。今の自分の幸せを大切にするように、と。 


「なるべく早いうちに来てもらえるように、何か考えてみる。何か口実があればいいんだけど、誰か思いつかない?」


 仲間をしゅんとさせてしまうのも申し訳なくて、話題を変えた。

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