死亡エンド確定の愛されなかった妃に転生したようです
はっと目を見開いた瞬間、目に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。
"翠珠"は目を瞬かせる――なんで、見慣れた病院の真っ白な天井じゃないんだろう。
(待って、待って――)
違う、病院の天井なんて見えるはずがない。というか、病院というのはなんだ。
頭の中でぐるぐると回るのは、病弱だった前世の記憶。
長い間病院に入院していて、実家に帰ることができるのは許可をもらって年に数回だった。友人もろくにいないまま二十歳を過ぎて――。
(……そっか、”私”は、死んだのか)
不意にその事実が現実のものとして認識された。
日本人だった前世、病院のベッドの上でできることと言えば限られていた。検査や治療の間に本を読んだりゲームをしたり。
病室内だけならベッドから出てもいいほど体調が落ち着いていた時には、ハンドメイドにいそしんだこともあった。
来世は健康な身体に生まれたい。そう願ったのも否定はしない、けれど。
李翠珠として生まれて十五年。健康優良児であるのは間違いない。
(なんで、よりによって『百花真愛』の世界だとしても崔国なのよ……!)
上掛け布団を引き寄せ、寝台の上で丸めた身体をぶるりと震わせる。
――もし、ここが本当にゲームの世界なのだとしたら。
この国は近いうちに滅亡する。その時、翠珠も国と共に命を落とすことになるのだろう。
だって、その記憶もちゃんとある。
李翠珠――薔薇宮の主。皇帝の妃のうちの一人。
(――冗談じゃない!)
そのことに思い当ったとたん、翠珠は上掛け布団を放り投げ、寝台の上に勢いよく立ち上がった。
「――私は、まだ死にたくない!」
翠珠の声は部屋中に響き渡る。
「……はあ? あなた何言ってるの?」
翠珠の大声に起きたらしい同室の少女達が、いっせいにこちらに向けて非難のまなざしを向ける。まだ、起床の時間まで少しあるというのに、翠珠の大声で起こされてしまったようだ。
「……ごめんなさい」
「――寝ぼけてるんでしょ。もう一度寝たら?」
隣の寝台を使っている呂永春が、そっと声をかけてくる。
「……そうする。起こしてごめんね」
寝台にもう一度潜り込み、頭まで上掛け布団を引き上げた。
誰にも邪魔されないよう、上掛け布団の中で丸まりながら考える。
(……まだ、妃になったわけじゃない。ということは、逃げ出す機会はある)
商家の娘である翠珠が、後宮に妃候補のうちの一人として入ることができたのは、ひとえに父のごり押しのおかげだ。
だが、早く記憶を取り戻していれば、後宮入りなんて断固として拒否していた。
(……そう遠くない未来、この国は亡びる。そして、そのタイミングで私は死ぬんだ)
ゲームの中で、滅びた国の皇帝が言っていた。
妃達は全員、国が滅びた時に死んでしまったと。
妃として迎えたはいいけれど、誰とも一度も契りをかわしていない――だから、愛したのは”ヒロインだけ”だと。
(……妃として迎えておいて、一度も通わないとはどういうわけ? っていうか、愛したのはヒロインだけって妃達のこと馬鹿にしてるよね?)
プレイヤーとして、ヒロインの立場から見れば、「なんてロマンティック!」となるんだろう。プレイヤーとしての翠珠もそんなことを思った記憶がある。
けれど、妃の方からすれば、なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
後宮に入って妃としての地位を賜っての、皇帝のお渡りが一度もないまま死亡するなんて。
(馬鹿にしてる、馬鹿にしてる、馬鹿にしてる――!)
いざ、自分が妃の立場に置かれてみると皇帝のやり方はあまりにもひどいように思えてくる。
ひとつ、救いがあるとすれば。
(まだ、ゲーム本編は始まっていない)
そう、まだゲームは始まっていない。
おまけに翠珠はまだ妃となっておらず、牡丹宮で働く宮女でしかない。
前世の知識からすれば、あと二年ほどで国が滅亡するはずだ。どういう事情で国が滅亡した時薔薇宮の主となっていたのかはわからないが、上手に立ち回れば妃に選ばれることは免れるはずだ。
そう、今ならまだ逃げることができる。後宮を出て、どこか遠い所へ行くこともできる。
前世の記憶が戻っただけではなく、今まで李翠珠として生きてきた十五年の記憶もしっかりある。
(絶対に、逃げ出してやるんだから――!)
また、大声を出して皆に迷惑をかけてはいけない。上掛け布団の中で、翠珠はぎゅっと手を握りしめた。
華流ドラマにはまったあげく、新連載始めました。
同時掲載中の「悪役令嬢はスローライフをエンジョイしたい!」ともどもどうぞよろしくお願いします。
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