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一角獣編エピローグ グレイス編 『朝から求婚』

 「貴族に……ですか……? いやぁ、考えたこともなかったですね……」


 「では、考えてみてくれませんか?」


 「えっ?」


 「私はコーイチ様に貴族になって欲しいのです」


 「えぇっ、それはまたどうして?」


 グレイスがこっちへ顔を向けた。数秒目があって、それから恥ずかしそうに赤らめた顔をサッと逸らした。


 「自分で言うのもなんですが、ケーディック家は名門貴族です。名門貴族であるということは、おのずから結婚相手もそれ以上とは言わないまでも、それなりの家格がなければならないのです」


 「えっ……、ということはそれって……―」


 「コーイチ様、私と結婚してくださいませんか?」


 グレイスはほのかに赤らめて言った。


 「け、結婚ですか!?」


 付き合ってもいないのに突然のプロポーズ。衝撃的過ぎて俺は椅子からずり落ちそうになった。


 「はい、結婚です」


 「そう簡単に言いますが――」


 「そう、簡単ではありません。名門貴族の娘が平民と結婚するなんて前例のないことですから」


 「は、はぁ……」


 「しかし抜け道はあります。まずはコーイチ様に貴族になっていただきます。それから私の領地をコーイチ様に割譲します。そうすれば名実ともに貴族の仲間入りです。なに、領地割譲りょうちかつじょうの件はお気になさらず。どうせ結婚してしまえば私も私の領地も、全てコーイチ様のものですから」


 グレイスはうっとりして言った。まるで良い夢を見ながら幸せそうに眠る少女のような無邪気さだ。

 グレイスはちょっと先走っているようなので、彼女の幸福感に水を差すようで悪いが、ここらでしっかりと釘を刺さなければならないだろう。それがお互いのためだ。


 「ご厚意はありがたいのですが、結婚はできません」


 俺は丁重に断った。

 すると、グレイスはまるでこの世の終わりのような、まるでムンクの『叫び』のような凄惨かつ悲壮な表情になった。さっきとは真逆。幸せから急転直下だ。そんな顔をされるとものすごく悪いことをしてしまったような気になってしまう。


 「ど、どうして? 私のことが嫌いなんですか?」


 グレイスは俺にすがりついてきた。今にも泣き出しそうな顔だ。

 グレイスってこんな人だったかな? 確かに、初対面なのに裸で迫ってきたりするあたり、思い込みの激しい人だとは思っていたが、こんなに感情の起伏の激しい人だとは思わなかった。


 「き、嫌いじゃないですよ。でも、お付き合いできない理由があるので……」


 「ジュリエッタさん、ですか?」


 「えっ」


 まさか今このタイミングで、グレイスの口からジュリエッタの名前が出るとは思っていなかった。


 「すみません、実は、お二人が夜更けに逢引しているところ見てしまいました」


 グレイスは俺の胸の中で目を伏せた。


 「いやいや、そんな、止めて下さい! 別に謝られるようなことじゃないですから! それにジュリエッタとは何でもないですから!」


 「何でもない? 何でもないのに抱き合うのですか?」


 キッと顔を上げたグレイスの目には非難の色がありありと浮かんでいた。

 が、そんな彼女の顔はとても可愛らしかった。

 ちょっと膨れた頬、釣り上がりきらない目、普段の彼女からは想像できない、幼い部分が強調されていた。

 そのギャップがたまらなく可愛らしい。


 「コーイチ様、今私は真面目な話をしているのです、なのに笑うなんて不謹慎ではないですか?」


 言われて、俺は今自分が笑っていることに気がついた。グレイスのギャップの可愛さに、ついつい頬が緩んでしまったらしい。


 「す、すみません、その、グレイスさんが可愛らしかったものですから」


 言ってから、俺は自分があまりにも正直に言い訳してしまったことに気がついた。


 「見え透いたお世辞で私の機嫌を取ろうなんて、『火剣の勇者』らしくもないです」


 そうは言うものの、グレイスはまんざらでもなさそうだ。


 「グレイスさん、俺があなたの気持ちに応えられないのには理由があるんです。ジュリエッタは関係ありません。もっと別の理由があるんです。それを聞いてもらえませんか?」


 「……わかりました。お聞かせ下さい」


 グレイスは真面目な空気を察してくれて、いつもどおりに落ち着き払った。


 「ありがとうございます。実は――」


 俺はあの晩、ジュリエッタに話したのと同じことをグレイスにも話した。


 「なるほど、わかりました。では、お子だけ下さい」


 「えっ……!?」


 なんかこの人、さり気なく平然とおかしなことを言ってるような気がするんだけど……。


 「このままコーイチ様と離れてしまうのは名残惜しく思います。ですから、愛されることの叶わないこの哀れな女に一つだけお情けを下さりませんか? コーイチ様との思い出とコーイチ様との子がいれば、コーイチ様のいない寂しさにもなんとか耐えて生きられるでしょうから」


 「えぇ……」


 わかりました、じゃあ子作りしましょう、とはならない。なるわけがない。


 たしかにグレイスは美人だ。何度も言ってしまうぐらいとびっきりの美人だ。それに俺も男だから、美人とそういうことをしてみたい気持ちはある。けれど、だからって欲望のためだけにそう簡単に行為に及べるもんじゃない。グレイスがよくても俺がダメだ。

 そもそも、俺はグレイスのことを愛していない。素晴らしい女性だとは思うが、恋愛感情は持ってない。

 やっぱり、そういうことは好きな人とじゃないとできない。グレイスには悪いが、ここははっきりと断るしかない。

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