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一角獣編エピローグ グレイス編 『朝から散歩』

 「ずいぶんとお顔色が良くなりましたね」


 開口一番にグレイスは微笑んで言った。


 「そうですか? 朝食を食べたせいかな?」


 確かに起き抜けよりは身体が軽かった。


 「体調の方はどうです?」


 「全然問題ないですよ」


 「でしたら、お庭の方を散歩しませんか?」


 「いいですね」


 異存はなかった。昨日丸一日ベッドにいたせいで身体がなまっていた。軽く運動したいところだった。

 俺たちは二人だけで庭を散策した。

 庭へと出る際、グレイスの従者(ケイではない。ケイの他にも数人いるらしい)が同行を願い出たが、グレイスはそれを許可しなかった。しかし従者はしつこく食い下がったので、


 「わが家の庭を歩くのに護衛など必要ありません。それに万が一そのようなことがあっても、傍には一騎当千の強者『火剣の勇者』の誉れ高いコーイチ様がおられます。それとも、コーイチ様が私に無礼をはたらくとでも?」


 とグレイスはたっぷり威厳を込めて言った。こう言われては、従者は恐縮してそそくさと下がるしかない。

 さすがの威厳に、俺は思わず目を見張った。さすがは領主の娘。俺とそう歳が変わらないように見えても、中身は立派な大貴族だ。いざというときには威風が出る。

 まぁ、そんな少しばかり尊大なところを俺はあまり好きにはなれないが。やっぱり俺は、根っからの庶民なんだろうな。


 従者たちの見送りを受け、俺たちは邸を出た。

 空は青く晴れ渡っている。雲は山の方に少しだけだ。

 ケーディック邸の庭は、当然ながら俺が元いた世界の一般的家庭の庭とは桁違いに広い。猫の額と東京ドームくらい違うといっても過言じゃないだろう。

 雑草のたぐいの生えない、手入れの行き届いた芝と植木。それが何百メートルも続いた先には林がある。

 林もケーディック邸の庭だ。

 芝生を歩いているときはポカポカと暖かかったが、林に入ると涼しい。木立を抜ける風が火照った身体に気持ちいい。


 何気ない会話をしながら林の中を一時間ほど歩くと、ベンチがあった。

 俺たちはそこで一休みすることにした。

 林の中ということもあって、ベンチは木の枝や土や埃や虫の死骸やらでかなり汚れていたので、俺はそれらを手で払った。


 「グレイスさん、どうぞ」


 「ありがとうございます」


 グレイスはスカートのポケットからハンカチを取り出し、広げ、それをベンチに敷いた。

 さすがは貴族のお嬢様だ。上品が極まっている。

 『火剣の勇者』と呼ばれてはいるが、貴族でも何でもない、人より運が良いだけの一介の凡夫に過ぎない俺は、躊躇なくベンチに座る。ケツが汚れることに何の気兼ねもない。今さら汚れが気になるほど、きれいな服も持ってないし。


 ベンチで休むと、自分が結構な汗をかいていることに気がついた。歩いているときには全然気にならなかった。俺は額を袖で拭った。


 「いやぁ、結構歩きましたね」


 隣のグレイスに言った。


 「そうですね。体調の方は大丈夫ですか?」


 「汗はかきましたけど、大丈夫です」


 グレイスは俺と違って汗一つかいてない。いかにも涼し気な横顔で、木立の中、どこか遠くを見つめている。

 木陰の、林の中の静謐な空気の中、グレイスの横顔はとても清楚に見えた。雪のように白い肌も、銀のような神秘的な色の目も、彼女の清らかさを一層引き立てていた。

 俺の視線に気づいたのか、グレイスがこっちを見た。


 「ちゃんと拭かないとまた風邪をひいてしまいますよ」


 グレイスはもう一枚ハンカチを取り出し、俺の顔や首の周りを拭ってくれた。

 近づけば近づくほど、グレイスが美人だということを思い知らされる。ジュリエッタに負けず劣らず美人だ。

 そんな美人にほぼ密着状態かつ、その繊細な手がハンカチ越しに俺の素肌に触れる。

 正直なところ、めちゃくちゃ緊張するし、彼女の髪から何やら甘い香りもしてくるわで全く落ち着かない。別の汗が出てきそうだ。


 「すみません、お床を払ったばかりなのに、歩かせすぎてしまったみたいですね」


 俺の汗を拭いながら、グレイスが申し訳なさそうに言う。


 「いえいえ、大丈夫です! 確かにちょっと疲れましたけど、その分いい運動になりました!」


 「そうですか? それならよかったです」


 グレイスは微笑んだ。透き通るような微笑みだった。

 充分に汗を拭いてもらったあとは、二人して、暫く会話もないままベンチで過ごした。どこかから聞こえてくる鳥の声、時折吹くそよ風、さわやかな木漏れ日、静かで穏やかなひととき。


 「コーイチ様は、貴族になりたくありませんか?」


 唐突に、グレイスが言った。

 木立の中に埋もれさせていた視線をグレイスに移した。彼女はこっちを見ていなかった。その目は真っ直ぐに木立のどこかへ投げられていた。

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