一角獣編エピローグ ジュリエッタパート 『夜の告白』
ジュリエッタはとてもかわいい。美人だし、スタイルも素晴らしい。容姿は申し分ない。そんなコが、俺のことを好きでいてくれている。こっちとしても好きにならない理由がない。いや、俺にはたった一つだけその理由がある。
「君に話したいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「ええ、聞くわ」
「ありがとう」
俺は話し始める前に、俺の上に覆いかぶさっているジュリエッタをどけつつ、身体を起こした。それから、ベンチに横たわるジュリエッタの手を拝借し、彼女を起こした。俺たちはベンチに座って向かい合った。
俺にとっては真面目な話だから、寝て、それも抱き合ったままじゃしたくなかった。
「実は……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
『実は俺、異世界から来たんだよね』なんて言って、信じてもらえるだろうか? 頭のおかしいヤツだと思われないだろうか?
その懸念があったから、俺は今まで誰にもこのことは言っていない。
「どうしたの? 言いづらいことなの?」
ジュリエッタが心配そうな顔をして言った。
「言いづらいというか、信じてもらえなさそうというか……」
「それなら大丈夫。あなたの言葉なら信じられるわ」
ジュリエッタが微笑んだ。優しさと誠実さが微笑みにあらわれていた。
「そっか……ありがとう」
信頼に値する微笑みだ。これで話さなきゃ、逆に失礼になる。
「じゃあ話すよ。実は――」
俺は『異世界から来たこと』を打ち明けた。その経緯、理由も余さず話した。
ジュリエッタは彼女の言葉通り、微塵も疑う素振りをみせず、ただ黙って話を聞いてくれた。
話終えると、静寂が訪れた。
しかし静寂は長続きしなかった。ジュリエッタが口を開いた。
「それがどうかしたの?」
「えっ……、あ、ああ、だから俺は君にとって別世界の人だから、恋愛したりするのは難しいんじゃないかって――」
「どうして? 何の問題があるのか全然わからないわ」
「いや、だって俺、いつか帰るんだよ? そしたら、もう二度とこっちには来れないと思う。それってお互い悲しいし寂しいだろ?」
「お互いってことは、コーイチも私と同じ気持ちでいるってことよね? 少なくとも、好きとはいかなくても私に対して浅からぬ好意があるってことよね?」
「えっ、いやぁ、まぁ、そうなの……かなぁ……?」
「私はね、いつかあなたが去ってしまっても、それはそれでいいと思うわ」
「えっ」
「だってそうでしょう? そんな先のことなんてわからないんだから。明日には気持ちが変わっているかもしれないし、結婚したとしても離婚するかもしれない。未来なんてどうなるかわからないもの」
「そりゃそうだけど、でも、俺が元の世界に帰るのは決定的なんだよ?」
「『混沌の指環』だったっけ? 見つからないかもしれないじゃない。それにあなたが私に夢中になって帰りたがらないかもしれないじゃない。たとえ帰らないとあなたが死ぬことになったとしても、あなたが私を愛するあまりにこっちで死ぬことを選ぶこともあるんじゃない? 未来なんてどう転ぶかわからないわ。だから私は、今の気持ちを優先したい。少なくとも明確なのは未来じゃないわ。確かなことは今の私の気持ちだけ。あなたを愛してる、これだけが今確実なことなの」
俺は息を呑んだ。ジュリエッタの言葉には強い意志が感じられた。まっすぐ俺に向けて放たれた強い意志に強く胸を打たれた。彼女の意志はあまりにも勇敢で、恋愛に関して俺は、彼女ほど勇敢になれそうになかった。
「すごいな、ジュリエッタは……、だけど俺は――」
「みなまで言わなくてもわかってるわ。コーイチ、私は自分の意志表示をしただけ。あなたを説得したわけじゃないし、説得するつもりもないわ。私はあなたの心を変えたいんじゃない。あなたの心を掴みたいのよ」
そう言って、ジュリエッタは微笑んだ。
今まで見たことのないほど妖艶な微笑みに見えた。小悪魔的というか、蠱惑的というか、触れたが最後、命までさらわれてしまいそうな危険な色気があった。俺は思わず喉を鳴らした。
さっきからずっと、女性に対して免疫のない真正童貞ピュアボーイには厳しい状況が続いている。極度の興奮状態の連続で、血の巡りがおかしくなってるのかめまいを覚えるほどだ。
「少し、冷えてきたわね」
ふっと、その表情から色気が薄まり、代わりに凛とした爽やかさが漂った。
「私、先に戻るわね」
言って、ジュリエッタはベンチを立った。
「ああ、おやすみ」
立ち去ろうとするジュリエッタの背に就寝の挨拶をした。
ジュリエッタは足を止め、こちらに振り返った。
「コーイチ、覚悟してなさい。いずれあなたの方から私を求めるようになるから!」
彼女らしい高潔かつ気品漂う笑みだった。
「そういう魔法があるんじゃないだろうね?」
「一字違いね。あなたをモノにするのに必要なのはマリョクじゃなくてミリョクよ。後者の資質は充分に備えてると思うけど?」
「間違いないな」
俺たちは互いに笑いあった。何だか朗らかな気持ちだった。
「じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
ジュリエッタが邸の中へ入るのを見送ってから、俺はベンチに仰向けになった。
星空が綺麗だった。無数の星が瞬いている。前の世界の夜空とは比べ物にならないほど綺麗だ。
ジュリエッタが去ってからも、身体の火照りが冷めやらない。もう少し涼んでから部屋に戻ろう、星を見つめながらそう思った。




