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一角獣編エピローグ ジュリエッタパート 『夜の接吻』

 涼しい風が吹き、ジュリエッタの髪がそよそよなびいた。彼女が三回瞬きした。そして、意を決したように彼女は口を開いた。


 「なら、私に口づけしなさい」


 言って、ジュリエッタは目を閉じた。顔をわずかに上に傾けた。


 「え? え? ええぇぇ?」


 状況が飲み込めない。


 「俺が……、君に……、口づけを……?」


 「そう」


 「いや、でもそれは――」


 「約束を破るつもり?」


 そう言われては返す言葉もない。

 何でもすると約束した手前、言われたままにキスすべきなのかもしれないが、俺は躊躇った。

 正直なところ、俺だってキスしてみたい。なにせジュリエッタは超が付く美人だ。キスしたくないわけがない。


 だけど、だからといってキスすべきかというと、それはちょっと違う。

 彼女はいい子だと思うし、前にもこんなことがあったから、彼女の気持ちもわかってる。彼女の気持ちはとても嬉しいが、そう簡単には応えられない。

 何せ、俺と彼女は文字通り住む世界が違う。俺にとって彼女は異世界人で、彼女にとって俺は異世界人だ。これほど隔絶された関係性もそうざらにないだろう。

 いずれ俺は元いた世界に帰る。そうなったとき、こっちの人と軽々しくキスしたり、恋愛関係になったりしちゃったら相手を傷つけることにもなりかねない。それは良いこととは言えないだろう。相手がジュリエッタみたいないい子ならなおさら良くない。


 もう一つ、キスに積極的になれない理由がある。

 それは、このキスが契約上のものだからだ。

 やっぱりはじめてのキスくらい、見返りとか約束とか関係なく、互いの気持ち一つでしたいもんだ、と思うのは乙女チック過ぎるだろうか?

 俺が逡巡していると、いつの間にかジュリエッタは目を開け、躊躇う俺を冷ややかに見つめていた。


 「馬鹿ね、冗談に決まってるじゃない」


 言って、ジュリエッタは小さく笑った。

 からかったのよ、と言いたげな笑顔だったが、俺はそこに一抹いちまつの寂しさがあるのを見逃さなかった。

 途端に俺の胸にジュリエッタに対する愛しさと申し訳なさが湧いてきて、俺は目を伏せた。

 ジュリエッタを直視できなかった。彼女の気持ちに応えられない申し訳なさから来る後ろめたさもあったが、何より彼女に対する愛しさでいっぱいだったから、直視すれば彼女に対する想いが暴走してしまう危険性があった。


 「でも約束は約束よ。約束は絶対に守ってもらうわ」


 そう言ったジュリエッタの表情は、彼女らしいいつものツンと澄ました顔だった。


 「あ、ああ」


 「じゃあ今から私の言うことを聞いて」


 「え、今?」


 「約束なんだからがたがた言わないの」


 「わかりました」


 「目を閉じて。そのままジッとして。私がいいって言うまでね」


 「了解」


 俺は素直に従った。約束だから仕方ない。


 ふと、甘い匂いがした。次の瞬間、しっとりと柔らかなものが、俺の唇に触れた。

 俺はびっくりして目を開けてしまった。


 キス。はじめてのチュウ。唐突なキス。


 すると、目の前にジュリエッタの顔があった。目の焦点が合わないほど近い距離。互いの唇と唇が触れるほど、互いの体臭が香るほどに近すぎる距離。

 唐突過ぎて体が動かない。指一本すら動かせない。ただただ顔が熱く、何より触れ合う唇が灼けるほど熱い。


 やがてジュリエッタの唇が離れた。

 長いようで短いようなキスだった。一秒が永遠よりも長く感じられたが、終わってみるとほんの一瞬の出来事のように思えた。

 ジュリエッタが俺の胸に倒れ込んできた。俺は勢いのままにベンチに仰向けに倒れた。彼女の頭が、俺の胸の中におさまった。

 抱きとめたジュリエッタの身体は柔らかかった。マシュマロのように柔らかく、ゼリーのように弾力がある。


 俺は今、生まれてはじめて女性の身体を両手に抱いている……!


 感動的な瞬間だけど、感動的過ぎて緊張のあまりそれを味わうだけの余裕は一切なかった。何せはじめてのことだから仕方ない。

 ただ、俺はなされるがままだった。


 「はしたない女だと思わないで」


 胸の内でジュリエッタがぽつりと言った。


 「誰にでもこういうことする女じゃないわ。コーイチ、あなただからしたの。どうしても、はじめてはコーイチがよかったから」


 「は、はじめてだったの……?」


 「はじめてとは思えないほど上手くできてた?」


 「いや、それは……、俺もよくわかんないよ。俺だってはじめてだったし。ただ、大胆だなーって――」


 「あなた、はじめてだったの!?」


 突然ジュリエッタは大きな声を出して、俺の胸から起き上がり、まじまじと俺の目を見つめた。


 「グレイス様とはしなかったの!?」


 「グレイス? なんでグレイスさん?」


 「なんでって、数日間グレイス様のところにずっといたじゃない」


 「いやいや、確かにここ数日間はケーディック邸に泊まったりしてたけど、その間にも山小屋にいったりしてたし、というか、グレイスさんと一緒にいることなんてほとんどなかったよ」


 「グレイス様とは何でもない、そういうこと?」


 「少なくとも恋愛関係じゃあないよ」


 「接吻は? 肉体関係は?」


 「あ、あるわけないだろ! 恋愛関係もないのにその先なんてあるか!」


 ジュリエッタは急にしおらしい顔になって、俺に覆いかぶさってきた。

 密着、再び。今度は、彼女の顔は俺の胸ではなく、俺の顔の隣にあった。彼女の顎が俺の肩に乗っていた。


 「お、おいおいどうしたんだ? 今日はなんか変じゃないか?」


 「私、さっきまであなたを諦めることを考えてたの」


 ジュリエッタの吐息混じりの囁きが俺の耳をくすぐる。

 正直たまらない。身体も密着しているし、緊張と興奮に身体のありとあらゆるところを硬直させてしまった。


 「あなたの相手がグレイス様だったら、もうどうしようもないもの」


 「意外だなぁ、君なら相手がどんな人だろうと、誰のものであろうとお構いなし、って感じだと思ってたけど」


 「そんなわけないじゃない。さすがにグレイス様相手だとお手上げよ。家格が違うわ」


 「あ、そういうことか」


 「そういうこと。グレイス様のオトコを取るなんて、そんなことしたら家が潰されちゃうわ」


 「え、えぇ……、そこまでする?」


 「女って恐ろしいものよコーイチ。特に貴族の女はね」


 「確かに、いきなりキスしてくるとは思わなかった」


 「イヤだった?」


 「イヤじゃないよ。ただちょっとビックリしただけで」


 「じゃあ、私のこと好き?」


 俺は少し考えた。できる限り、今の自分の気持を冷静に見つめようとした。


 俺はジュリエッタのことをどう思ってるんだろう?

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