決着。
ついに決着……!
五十メートルほど近づいた時、ヤツが吠えた。前足を上げ、棹立ちになり、天に向かって狂ったように吠え猛った。
前足で地面を打ち鳴らすと同時に、四肢、尻尾、鬣に一斉に火が点った。猛烈な火だ。先程、全身を火の玉と化した時よりも、数段厳しい熱気が辺りを包み込んだ。
まるでサウナにいるような暑さだ。あまりの熱に風景は歪み、木々草花は火に触れてもいないのに、見る見るうちに萎れ、枯れてゆく。
ヤツがまたも吠え猛り、首をグルッと大きく回した。すると、角から炎が噴出した。噴出した炎は高く伸び、やがて超長大な一本の『火剣』になった。
前に見たものより遥かに長い。巨大ビルほどの高さもあるそれは、『火剣』というよりは、もはや『火柱』といった方が正しい。正確な長さはわからないが、ただ一つ言えることは、既に俺は、ヤツの火柱の圏内に入ってしまっているということだ。
ヤツは首を倒し、『火柱』を水平に構えた。直後、ヤツは『火柱』で周囲を薙ぎ払った。
とっさに伏せた。熱の塊が頭上を通り過ぎるのを全身で感じた。間一髪セーフ。一見、ヤツの動きが鈍く見えても、『火柱』の先端は超高速で動いている。ウルトラマンの動きが、並の人間程度の速度に見えたとしても、実際はかなり速いのと同じだ。
あまりにも長過ぎる『火柱』は周囲の木々を巻き込んだ。『火柱』に焼き切り取られた木々は折れると同時に発火し、盛大に炎上した。その、ちょっとやり過ぎな威力を目の当たりにして、周囲の熱気とは裏腹に俺のキモは絶対零度近く冷え込んでいた。
アカン、当たったら即死だコレ。左腕だけでなんとかなるのか?
文字通り『死ぬ』ほどのヤバさに俺の戦意は萎え萎えだ。
俺が戦意喪失しかかっているからといって、ヤツが攻撃の手を緩めてくれるわけはない。ヤツは狂ったように『火柱』をぶん回す。俺は死にたくない一心でそれをなんとか回避する。
回避自体はそれほど難しくない。ヤツの振りは大振りだ。首の動きさえしっかり見ていればある程度余裕を持ってかわすことができる。が、『即死』のプレッシャーが半端ない。ただの一回の失敗も許されないという状況が、俺の精神を金属ヤスリにかけたようにガリガリ削ってゆく。一撃死の『火柱』を涼しい顔でくぐり抜ける『配管工のヒゲ男』のメンタリティが羨ましい。彼は遥か昔から、一撃死のプレッシャーを背負って生きてきた。全くタフな男だ。『スーパーマリオの1-1、並のスペックの人間ではクリア不可能説』を提唱したい。
『火柱』をかわしつづけていると、気がつけば周囲は火の海になっていた。ヤツの『火柱』は触れたものを燃やす。薙ぎ払った時には木々を焼き、振り下ろした時には地面すら燃やした。だんだん、逃げられる範囲が狭まってきた。
万事休す、か。
それが分かってか、ヤツは高々と『火柱』を振り上げた。『火柱』を振り下ろされれば、もはや俺は、死ぬ以外に道はない。左右にかわせば火の海に飛び込むことになり、そのまま突っ立っていれば唐竹割りだ。どうせ死ぬなら唐竹割りのほうがマシだ。唐竹割りは恐らく即死できるが、火の海に飛び込むと、長く苦しむハメになりそうだ。
さすがに詰んだか、と覚悟を決めたその時だった。
「コーイチ様! これをッ!」
どこからかミラの声がした。姿は見えない。辺りは一面炎ばかり、充満する熱気が視界を歪め、たとえ数メートル先にミラが居ようとわからない。声の後に、何かが飛んできて、足元に突き刺さった。
「これは……!」
それは俺愛用の、あの錆びた短剣だった。ぶっ飛ばされて気を失っている間、ミラが持っていてくれたのか。
これがあればワンチャンあるかもしれない。今では自己着火できるようになったが、初めてこれが『燃え盛る怒りの剣』になったのは、ジュリエッタの『火炎弾』をこれで受けた時だった。この短剣には、火を吸収し、それを己の力に出来る特性がある。同じ要領で、『火柱』を受け止めさえすれば……!
俺は左手で地面に刺さった短剣を抜き払った。いつでも来い、と俺はヤツに向けて短剣を構えた。
ヤツに小細工はなかった。ヤツは真っ直ぐ俺の頭上に『火柱』を振り下ろした。
来たッ!
俺はそれを短剣で受けた。直後、短剣が赤く淡い輝きを帯びた。
思った通り、『火柱』を受け止められた。『火柱』のエネルギーが、短剣に流れ込むのを感じる。短剣が『火柱』をどんどん吸い上げてゆく。はじめはすんなり上手くいったので余裕かと思ったが、それは甘かった。『火柱』のエネルギーが過大なためか、短剣が熱を持ち始めた。続いて、火花や火の粉が散った。左手で持って正解だった。左手じゃなければ、俺はとても剣を保持できなかっただろう。
突然、ヤツの『火柱』が終息を迎えた。どうやら、ヤツのエネルギーが尽きたらしい。ヤツの全身に燃え盛っていた火は消え、今では、ちょっと大きくて角の生えた全身真っ黒の馬、程度の存在になってしまっていた。
ヤツの顔に露骨に狼狽の色が浮かんだ。すると、ヤツは突然踵を返し、脱兎の如く逃げ出した。
「アッ!?」
今までのヤツらしくない行動に驚きを禁じ得ない。と同時に何だかヤツに対してムカッ腹が立ってきた。土壇場で『逃げ』は、なんとなくだけど、今の俺には卑怯としか映らなかった。
「待てやオラァァツ!!!」
俺はブチ切れた。自分でもビックリするくらいブチ切れた。自分でも知らない内に、フラストレーションを溜め込んでいたんだろう。まぁ、ヤツとは色々あったからなぁ。それを逃げられたのでは、面白くない。オチがつかない。色んな約束もあるし、ここらで、全てを清算させて貰う。
短剣を高く振りかざし、短剣に溜まりに溜まったエネルギーを一気に開放した。黒い炎が噴火よろしく噴き出した。まるで黒龍が天へと昇るように。先程のヤツの『火柱』とは比較にならないほど巨大かつ長大だ。ヤツがどれだけ逃げようと、余裕で射程圏内だ。天高く舞う黒炎龍は、誰であろうと逃さない。絶対に。
「終わりだ、双角獣……」
感慨を深く呟いて、俺はヤツの頭上に剣を振り下ろした。
「『急襲する黒炎龍!!』」
振り下ろされた長大な黒炎は、さながら黒い龍が、天空から急降下し、地上を襲うように見えた。
超火力を内蔵した『急襲する黒炎龍』は、ヤツに命中するなり、大爆発を起こした。爆煙吹きがあり、熱い爆風が俺のところまで届いた。俺は、自分の起こしたことながら、呆気にとられてしまった。
これは予想していなかった。まさか大爆発するほどの威力があるなんて、夢にも思わない。
煙が収まり、視界が開けると、爆心地には大きなクレーターができ、俺の位置からクレーターに向かって真っ直ぐ、地割れを起こしたように地面が抉れている。辺りに繁茂していた木々草花は綺麗サッパリ消し飛び、双角獣の姿すら見えない。
やり過ぎた気がする。ひょっとして双角獣を殺してしまったんじゃ……。ヤな想像が頭をよぎる。とても現実味のある想像に俺は、イヤな汗が止まらない。
「恐ろしい威力ね」
いつの間にか隣りにいたジュリエッタが、もう呆れるしかない、という風な顔をして言った。
全身真っ黒の謎の人物がササッと近づいてきた。一瞬誰か分からなかったが、多分ミラだ。彼女は一切肌を露出しない、ボディラインが浮き出るほどピッチリとした装束に身を包んでいる。顔すら頭巾に包まれ、露出しているのは目元だけ。。その目元こそが、アコードの部屋で見たときと変わらなかったし、消去法的に考えて、彼女がミラであることは間違いないだろう。
それにしても、まるで忍者だ。まるで、というより、正に忍者なのかもしれない。ミラは、こっちの世界における忍者のような存在なのかもしれない。
「『火剣の勇者』のお手並、拝見しました」
やっぱりミラだった。声で確信した。ミラは恭しく頭を下げた。どうやら、敬意を表してくれているらしい。
が、正直今はそんなことどうでもいい。双角獣がどうなったか確認しなければ。死んでないと良いんだが……。
俺はクレーターに向かって走った。後ろからジュリエッタとミラも付いてきた。
クレーターの縁に駆け寄り、覗いた。クレーターは直径二十メートルほどで、五メートルほどすり鉢状に陥没していた。その中心点に、双角獣はいた。
全身傷だらけで横たわってはいるものの、死んではいないようだった。荒々しく呼吸し、血走った目が、俺をギロリと睨んでいた。闘争心は未だ健在のようだが、もはや戦うだけの体力がないことは見て取れる。
背後から馬蹄が響いた。振り向くと、やっぱり一角獣だった。その口には角が咥えられている。彼女は俺の隣に並び、俺と同じようにクレーターを覗いた。
「すみません、ちょっとやり過ぎたかもしれません」
俺は、一角獣に一応謝った。そういう約束だったとはいえ、主人を傷つけられて良い気はしないだろう。
一角獣はかぶりを振って言った。
「いえいえ、上出来です。ありがとうございました。ケイとエランは木陰で休ませてあります」
一角獣はクレーターへと降りていった。双角獣の傍に寄り添うと、彼の折れた角の断面に、咥えた角の断面をそっと合わせた。接合部に淡い光が生じ、やがて、双角獣の全身を包んだ。回復魔法だ。見る見るうちに傷が癒えてゆく。角に至っては、あっという間にくっつき、どこが折れ跡だったのかわからないくらい、完全に治ってしまった。
角を取り戻した双角獣はさっきとは打って変わって穏やかな目になった。やがて目がとろんと垂れ、そして閉じられ、ついには眠ってしまった。眠ってしまうと、さっきまであれほど恐ろしかった存在が、とっても可愛いく見えてきた。どんな獰猛な野獣も、寝てる姿は可愛いものだ。
「コーイチ、ありがとうございました。あなたのおかげで夫の角を取り戻すことができました」
一角獣が言った。
「いえいえ、どういたしまして。ところで呪いの方なんですけど……」
「もう呪いは解けているはずです。夫はあなたとの戦闘で魔力を使い果たしたようです。魔力が切れると、呪いも維持できませんから」
「そうですか。それなら良かった……」
それを聞いて安心した。安心して張り詰めた緊張が緩んだせいか、突然、身体に力が入らなくなった。俺は地に両膝をつき、それから倒れるように突っ伏した。酷く眠い。もう立っていられない。起きてさえいられない。意識が急速にブラックアウトしてゆく。身体が、脳が、眠りを求めている。この欲求には抗いようがない。
ジュリエッタとミラが俺を抱き起こそうとする。二人が何か言っているが、よく聞こえない。
「今は寝かせてくれ……」
俺はそれだけ言って、二人の腕の中で眠りへと落ちてゆく。
「本当にありがとうございました。あなたは噂に違わぬ『真の勇者』です。私と夫はあなたのことを死ぬその時まで忘れないでしょう。それではおやすみなさい。またいずれどこかでお会いしましょう」
眠りに落ちる寸前に聞いた一角獣の声は、とても優しく温かった。子守唄のように心地よく響いた。『真の勇者』ってのは少々大げさな気がするが、まんざら悪くもない。俺はいい気分で眠りについた。
長かった一角獣編は次話で終了を予定しております。
ここまで読んでくれた方に篤くお礼申し上げます。




