再戦、マスタング!
その時、何かが俺の足に触れた。眠気が少しだけ覚めた。サワサワとした感じ。何だろうか? 俺はノビをしつつ、上体を起こして足を見た。
そこには黒くて長い何かがいた。一瞬、それが何だかわからなかった。それがまた俺の足を這って、ようやく気付いた。
ムカデだ。
「うおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉおぉおぉおぉぉおぉぉおぉぉぉぉッ!?」
ただのムカデじゃない。体長約四十センチ、幅五センチはあろうかという巨大ムカデに、俺は驚愕の悲鳴を上げた。長閑に見えてもやはり異世界! 油断は禁物だった!
俺が驚き慄き跳ぶようにして立ち上がると、ムカデの方も驚いたらしく、仰向けに地面に落ちた。しかし、長い身体を素早くクネらせて俯せになり、俺と正対した。触覚を忙しく動かしながら、ジッと俺を見つめている。
しかし、恐ろしくデカいムカデだ! 俺の知ってるムカデの倍以上デカい。こいつに噛まれたらヤバそうだ。ムカデは毒を持っている。これだけデカいとかなり多くの毒を注入させられるかもしれない。噛まれた時のことはあまり考えたくないな。
とにかく、ムカデから離れるべきだ。俺はそろりと一歩後ろに下がった。すると、ムカデは俺の下がった距離と同じだけこっちに前進した。もう一歩下がる、また近づいてくる。俺とムカデの距離は変わらない。
あれ、これヤバいんじゃないか? そういえば聞いたことがある。ムカデは好戦的で、決して退かないとかなんとか。だとしたら、これはもう……。
そう思った瞬間、ムカデが恐ろしく速い速度でこっちに向かってきた。俺は間一髪、横っ飛びでそれを避けた。俺はすぐさま立ち上がり、ムカデから逃げるために駆け出した。
後ろを見ると案の定、ムカデが追いかけてくる。ムカデがここまで好戦的だとは知らなかった! ひょっとしたらこっちのムカデが特に獰猛なだけなのかもしれないが。
正面には洞穴だ。洞穴は良くない。暗いし狭い。そういう場所はムカデのテリトリーだ。かと言って、左右のどちらかに曲がって速度を落とすのも危険だ。追いつかれ、毒顎の餌食になる。ええい、ままよ! 突っ込むしか無いか……!
洞穴に突っ込む覚悟を決した時、洞穴の奥で何かが光った。俺は反射的に横っ飛びした。次の瞬間、轟音と共に、洞穴から火が噴き出した。
洞穴から噴き出した火は、まるで火炎放射器のように強烈だった。俺を追いかけていたムカデは火に巻き込まれ一瞬で消滅し、洞穴の先にあった木々を縦一列三十メートルほどをあっという間に焼き尽くした。
洞穴からの火炎放射はすぐに収まった。吹き飛んだ木々が煙となって黒々と空に昇っていった。
さっきまで俺が寝ていたところも完全に焼失した。もしムカデに襲われおらず、あのままあそこで眠っていたと思うとゾッとする。ムカデに襲われた時には運が無いと思ったが、むしろ運が良かったとは。
俺はなんとか無事だったが、一角獣は無事だろうか? 彼女を心配しつつも、洞穴の中へと飛び込んでいく勇気はない。あんなのに巻き込まれたら間違いなく死ぬ。
黒く広がる焼け跡に、何かが横たわっていた。一角獣だった。
「スタリオン!」
俺は、まだ熱気漂う焼け跡の中へと飛び込んだ。焦げた匂いが辺りに充満していた。俺が倒れた一角獣に駆け寄ると、一角獣はゆっくりと自力で立ち上がった。
「コーイチ、失敗してしまいました……」
一角獣の声は弱々しかった。その口にはまだ角が咥えられたままだ。
「夫は完全に我を忘れてしまっています。もはや私の手には負えません。そこでコーイチ、あなたにお願いがあります……」
嫌な予感がする。
「コーイチの手で、夫を大人しくさせてください」
「大人しくさせるって、どうやって?」
「死なない程度に痛めつけてやってください。そうすれば事は成ります」
「痛めつけるって……、言うのは簡単ですけど、やるとなったら別問題ですよ!? 俺、前に一度腕を持っていかれてるんですよ!? 勝てる相手じゃないですよ!!」
「コーイチ、もう遅いのです。覚悟を決めて下さい。後ろに……」
後ろを振り返ると、双角獣がいた。禍々しい熱気を全身から発散していた。目が異様な輝きを放ち、俺を刺すように睨みつけていた。食いしばり、むき出しになった歯から大量のよだれがドロドロと零れ落ちた。
「コーイチ、夫の狙いはあなたです。あのおどろおどろしい殺気はあなた一人に向けられています。多分夫は、自らを傷つけたあなたを覚えているのでしょう。元来執念深く、角と共に理性も失い、怒り狂ってしまった夫は、あなたが死ぬまであなたを追い続けるでしょう。ここで逃げるのは悪手です。活路は、その腰の短剣で斬り拓くのです」
一角獣に言われるまでもなく、双角獣の殺気が俺だけに向けられていることはわかっていた。ひしひしと肌で感じていた。確かに、逃げるのは悪手だろう。馬と人間じゃ足が違いすぎる。どうやら、覚悟を決めるしかないようだ。
「ふぅ……」
ため息を付きつつ、腰から短剣を抜き払った。右手に持ち、念じると、『火剣』が起動した。ヴェイロンの加護を得てから、ずっと黒い炎だ。これはもはやただの『火剣』じゃない。これはもはや『黒炎剣』だ。『黒炎剣』は、俺の闘争本能をかき立てる。
簡単に勝てるとは思わないが、負けるとも思わない。少なくとも死にはしない、そんな気はしている。今まで絶体絶命の危機は何度もあった。けど、なんだかんだ生き残ってきた。多分それは運が良いからだ。こっちに来てから今までずっとそうだった。土壇場ではなんだかんだ死なずに済んだ。きっと今回もそうさ。
「スタリオン、正直言って俺は、手加減できるほど強くない。だから最悪の場合、あいつを殺してしまうかもしれない。もし殺してしまったとしても、俺を恨まないでくれよ」
一応、一角獣に宣告しておいた。そうした方が心置きなくやれる。
「わかりました。私のことは気にせず、存分にやってください」
「ありがとう……」
双角獣が吠えた。耳を劈く怒りの咆哮だ。ヤツもやる気まんまんだ。
咆哮こそが開戦のゴングだった。




