洞穴にヤツがいる!
道中、俺はケイがくれた端切れの継ぎ接ぎに包まって眠ってしまった。ケイに揺すられて起きると山道の入り口だった。ここからは馬車は入れない。俺達は馬車を降り、徒歩で山小屋を目指した。
山小屋に到着した時には、空の頂点に太陽が黄色くギラついていた。
「どういう手はずになってるの?」
ケイが聞いてきた。
「どうもこうもないよ。俺は返せって言われただけで、どうやって返すのかは決めてなかった。角を山に持ってくれば、なんとかなるとおもったんだけど……」
ちらほら小鳥のさえずりが聞こえるが、一角獣や双角獣の姿は見えない。気配もない。
「かなりいい加減」
「そう言わないでくれ。あの時は俺も死にかけてて、色々と余裕なかったんだよ」
「それはわかる。でも、どうするの? 向こうから来るのを待つの?」
「一角獣ってこっちから探して見つかるようなものじゃないんだろ? だったら待つのが良いと思う。多分向こうから見つけてくれるんじゃないかな?」
「本当にいい加減」
「そう聞こえるかもしれないけど、確信めいた予感があるんだ」
「じゃあ、それを当てにする」
「ま、でも一応呼びかけぐらいはしておくか。強く自己主張しとけば、向こうも気付き易いだろ」
俺は大きく息を吸い込んだ。そして、
「一角獣! あんたのご主人の角、持ってきたぞ~!」
と、叫んだ。
俺の大声に驚いたのか、小鳥のさえずりは止み、辺りがし~んと静まり返った。特に何の返事もなかった。
「お昼にする」
そう言って、ケイは山小屋に入っていった。残された俺は、酷い虚しさを噛み締めるしかなかった。ああ、無情。
昼食を取った後、ケイは昼食の片付けをし、俺は角を持って山小屋の外に出て、双角獣と出会った夜のように、玄関先で座り込んだ。一角獣を待つためだ。
三十分ほど経っても何も起こらなかった。朝が早く、昼食を取って腹一杯になったせいもあり、さらには陽光の温かさもあって強烈な眠気に襲われた。馬車でも少し寝たはずなのに、まだまだ眠い。というわけで、一眠りすることにした。
眠っていると、誰かに声をかけられた。誰かが俺の名を呼んでいた。不思議な声だった。声が直接頭の中に響いているような感じ。この感じ、この声に聞き覚えがあった。たった一度、たった数分しか聞いたことがなくても、これほど不思議な、唯一無二の感じを忘れるわけがなかった。
「一角獣、君か?」
俺は跳ねるように起きて言った。寝ぼけ眼を開けた先には一角獣がいた。陽光降り注ぐ日中、淡い光を纏いながら、凛々しく立っていた。優雅であり気品がある。絵になる姿だった。
「スタリオンです。コーイチ、角はありますか?」
「ああ、ここにある」
俺は抱きかかえるように持っていたそれを、包みから出して一角獣に見せた。
一角獣はゆったりとした歩みで俺に近づき、鼻面を角に近づけた。目で見、鼻で匂いを嗅ぎ、鼻先で感触を確かめた。
「間違いなく夫のものです。コーイチ、ありがとうございました」
「いえいえ。これで呪いは解かれるんですよね?」
「はい、これを夫に戻せば、彼は正気を取り戻します。早速、夫のところへ行きましょう」
「はい……、あ、ちょっと待って下さい、小屋の中に連れがいるんで」
「その方は信用できますか?」
「もちろん。悪い人じゃないです。彼女もこの件に関わっているんで、ちゃんと解決するところを彼女にも見届けてもらった方が良いと思って」
「そうですか、わかりました」
俺は山小屋に入ってケイを呼んだ。しかし返事がない。それほど広いわけでもない山小屋の中を探しても、どこにもいなかった。どうやらケイは、どこかへ出かけてしまっているらしい。一人で一角獣を探しに行ったのかもしれない。
こうなったら一人で行くしかない。アコードのこともあるので、一刻も早く呪いを解いた方が良いだろう。ケイを探している暇はない。
「どこかへ出かけているみたいです。取り敢えず俺達だけで行きましょう」
「そうですか。では、付いてきて下さい」
一角獣は踵を返して歩き出した。俺はその後ろを言われた通り付いて行った。
「ところでコーイチ、その左腕は義手ですか? 随分と精巧に出来ているようですが」
「ああ、これはヴェイロンに貰ったんだよ」
「おとぎ話の龍に? コーイチって意外と冗談好きだったんですね」
一角獣は目を細めて笑った。
俺も一緒に笑った。別に冗談を言ったつもりはないけど、訂正を入れるほどムキになるつもりもない。夢の中で龍が手を貸してくれたなんて真顔で言うと、馬鹿にされるか心配されるかのどっちかだろう。俺だって、自分の身に起こったことじゃなく、他人からそんな話を聞かされたら、一笑に付しただろう。
険しい山道を歩くこと二十分強、俺と一角獣は洞穴の入り口に辿り着いた。大きな洞穴だ。陽光は洞穴の入り口辺りにしか届かず、奥は真っ暗闇。一人では絶対に入りたくない。
「夫は今、この中で身体を休めています。角をお渡し下さい。私一人で中に入り、彼に角を渡してきます」
「ちょっと気味が悪いですが、俺も行きます。双角獣が正気に戻るところを見届けてみたいですし」
「コーイチはコウモリが好きですか?」
「えっ、なんですか突然?」
「中にはコウモリがウジャウジャいます。ムカデ、ヘビ、ネズミ、色々な虫や動物がいて、それらの糞尿が溢れています。空気の通りにくい洞穴ですから、それはもう大量に。正直に言って人間にはあまり向かない環境かと」
「えぇぇ……」
コウモリの棲む洞窟に入って狂犬病に感染してしまった男の話を、テレビでやっていたのを思い出した。男は別にコウモリに噛まれたわけでもなければ、直接コウモリに触れたわけでもない。それなのに何故狂犬病に感染したか? 答えは、洞窟内に溜まったコウモリの糞だ。男が洞窟に入ることで糞が巻き上げられ、糞に含まれていた狂犬病ウイルスに感染してしまったのだ。狂犬病は発症してしまうと致死率百%の怖~い病気だ。
異世界にも狂犬病はあるのだろうか? たとえ狂犬病は無かったとしても、コウモリが何かしらの病気を持っている可能性はある。ムカデもヘビも毒を持つことで有名だし、ネズミは黒死病で有名だ。一角獣の言う通り、確かに、人間には危険極まりない環境かもしれない。
「や、やっぱり俺はここで待ってようかな……」
自分を救うために来た異世界で、死ぬ危険は犯せない。本末転倒だ。
「ではそこでお待ち下さい。すぐに夫と共に帰ってきますので」
一角獣は角を咥えて、洞穴の中へと消えていった。
さて、ちょっぴり暇な時間ができてしまった。天気もいいし、自然もたくさん、ロケーションは最高だ。俺は地面に寝転んだ。木々が多い割にはそれほど地面も湿っていない。抜群の森林浴スポットだ。
空気が美味い。寝転びながら頭上の木々の枝葉を眺める。だけど、それにはすぐに飽きて、目を閉じた。眠気がやってきた。
異世界に来てから、少しでも休めるタイミングがあると、ついつい眠ってしまう癖が付いてしまった。どこでもすぐに眠れるほど異世界は居心地が良い、ということなのかもしれない。
そよそよと風が吹く。長閑だ。長閑極まりない。あんまり長閑過ぎるので、俺はもうすっかりうつらうつらしてしまっている。