女の子と一緒にお風呂。さらに誘惑。これに手を出さずにいられる男は果たしているのか!? 一体どうなるコーイチ!? 大人の階段を登ってしまうのか!?
久々のイチャイチャ回。
ケイに案内された部屋は、以前に泊まった時と同じ部屋だった。
別れ際、ケイが食事と風呂のどちらを先にするか、と聞いてきた。まるで新婚のような会話がひどく懐かしかった。エランと同棲を始めた当初も、こんな会話をしたものだ。エランは大丈夫だろうか? ふと、心配になった。歳に似合わないしっかり者のエランだけど、実年齢は確か十歳かそこらだったはず。それが一人で留守番をしている。エランのためにも、さっさと双角獣に角を返さないと。
そんなことを思いながら俺は、とりあえず、ケイに風呂をお願いした。食事は身体をさっぱりさせてからゆっくり楽しみたい。ケイは頷いて、部屋を去った。
一度泊まれば、もはや勝手知ったる我が部屋だ。一人になった俺は、早速ベッドに横になった。
落ち着ける一人の時間がやってきた。思う存分羽根を伸ばせる。明日の朝まで、ゆっくりと休むことができる。ビバ休息。異世界でのハードな毎日を過ごすことで、初めて俺は休息の大事さを知った。やるべき時に頑張り、休むべき時にしっかり休む。これができないと、この世界では生きていけない。それだけこの世界はハードだ。死ぬほどハードだ。マジで。ガチで。現に、来てそこそこで左腕を失ってしまった。
ノックの音で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
寝ぼけ眼をこすりつつ、部屋のドアを開けた。
ケイだった。風呂の用意ができたそうだ。
というわけで、早速風呂に入った。
相変わらず、俺には大きすぎる浴室だけど、二回目ということもあって最初の頃のような感動はない。どんなに大きな風呂も、慣れてしまえばただの風呂だ。
つまるところ、貸し切りの銭湯のようなものだ。そう思えば、広い空間にポツンと一人ボッチでも寂しさを感じることもない。逆に優越感すら感じられる。要は気持ちの問題だ。
湯船に浸かる前に、まずは身体を洗う。この邸の風呂にはシャワーも設置されているので、それを使う。浴室すら無い俺の部屋とは大違いだ。
シャワーの赤く塗られたつまみをひねると、丁度いい温度のお湯が、頭上から降り注ぐ。何故つまみをひねるとお湯が出るのか? 詳しい仕組みはわからない。瞬間湯沸器のような科学的なものがあるとも思えないが……、ま、そこは気にしてもしょうがないか。きっと魔法的な何かのおかげなのだろう。
お湯はと~っても気持ちが良いのだけど、惜しむらくは水圧が弱い。滝のような水圧のシャワーを浴びたいけれど、それは元の世界に帰るまでお預けかな。
温かなシャワーに、身体だけじゃなく心まで洗われるようだ。心地良過ぎるので、俺はその場に座り込み、あぐらをかき、しばらくはシャワーを浴びることだけに専念することにした。水の無駄遣いのような気もするが、俺はケーディック家のために骨を折るどころか腕を失ったんだ。これぐらいの贅沢は許されても良いはずだ。
左腕にチラリと目を移す。代わりの左腕は、色と質感を除けば、形だけは一応人間のそれに近い。見た目には青黒く、手触りはワニ皮だから、シルエット以外は立派に化物の腕だ。とても他人に見せられる腕じゃない。ひょっとして、元の世界に戻ってもこの腕なのだろうか? だとしたらキツ過ぎる。
嫌な想像が頭の中に膨らむのを、俺は頭を振って無理矢理かき消した。やめよう、考えたって無駄だ。気が滅入るだけだし、ストレスが溜まる。今は何も考えず、シャワーで気持ちよくなるに限る。
ボ~ッとシャワーを浴びていると、
「コーイチ」
突然、背後から声がした。
誰もいないはずの浴室、背後からの声、古典的ホラーな展開に、口から心臓が飛び出しかねないほどビックリした。だけど、恐怖に驚いたのはほんの一瞬だった。声はよく知った声だった。ケイの声だ。
恐る恐る振り向こと、やっぱりケイだった。ケイがそこに立っていた。俺はケイの姿を見て、またまた驚かされた。恐怖とは別の驚きだ。なんとケイはバスタオル一枚しか身に着けていない。普段は見えなかったスベスベした肩口、太ももの大部分や膝が露わになっている。
俺があんまり見すぎたせいか、ケイは頬を紅潮させ、恥ずかしげに目線を下げた。
「ご、ごめんっ……!」
謝罪が俺の口を衝いて飛び出した。俺はケイから目をそらすため、慌てて彼女に背を向けた。だが、既にケイのあられもない姿が網膜に焼き付いていて、チラチラと頭をよぎる。ケイの姿といい、シチュエーションといい、局部に血流が集中するのを止めようがない。それは悟られてはなるまいと、身体を洗うために持ってきたフェイスタオルを局部に当てた。
「け、ケイ? 一体どうしたんだ?」
背を向けたまま問う。いろんな意味で、正面は向けない。
「背中を流すように、と主が。アコード様を助けてくれた、ささやかなお礼」
この世界では恩人の背中を流すのが礼なのか。ま、そういう文化があってもおかしくはないか。背中を流してもらって悪い気はしない。それが可愛い女の子ならなおさらだ。チェリーな俺にはちょっぴり刺激が強すぎるけれど。
「まだ助かってはないけど――」
「細かいことは気にしなくていい。さ、コレに座って」
「コレって言われても……」
諸事情で後ろを振り向けないから確認のしようもない。
「じろじろ見ないのなら、振り向いていい。さっきは……少し照れくさかっただけ」
さっきは、なんて言いながら、今も照れくさがっているのが声から伝わる。こっちの世界では背中を流すのがお礼とは言っても、ケイがそれに慣れていないことは言葉や仕草から明白だ。
「は、恥ずかしいならさ、グレイスさんの命令だからって無理にすることはないよ? もしグレイスさんに聞かれたら、そこは上手く言っておくし」
「それではダメ。それじゃ私の気が済まない。これは、私からのお礼でもあるから」
「ケイからのお礼?」
「コーイチは、あの時私を助けてくれた。双角獣から私を庇ってくれた」
そんなことあったかな? 正直思い出せない。双角獣とやりあったあの夜のことは、緊張とか興奮とか恐怖とか、いろんなものがありすぎたせいか、記憶が不鮮明だ。でもまぁ、ケイがそう言うのだから、きっとそうなんだろう。
「そっか。じゃあ、やってもらおうかな」
俺は半身だけ振り向いて言った。ケイはほんの少しだけ微笑んで頷いた。
恥ずかしがりながらもお礼をしたい、という気持ちを無下にするのは悪い気もするから、背中を流してもらうことにした。正直なところ俺もかなり照れくさいが、女の子が勇気を出しているのに、男が引くわけにはいかない。男というのは、強くなければ生きられない、優しくなければ生きる資格がないのだ。
先程ケイが言った『コレ』とは、風呂椅子のことだった。木製のこじんまりとしたヤツだ。俺がそれにちょこんと腰掛けると、ケイは早速、石鹸水に浸したタオルで俺の背中を丁寧に擦った。
最初は互いにぎこちなかった。ケイの緊張が手からタオル越しに背中に伝わり、俺の緊張も背中から彼女の手に伝わったことだろう。
だけど、やがて互いの緊張がほぐれてきた。懇切丁寧に俺の背中を洗うケイの手からタオル越しに、感謝の念が暖かく伝わってくる。艶っぽいシチュエーションではあるけど、何もいかがわしいことをしているわけじゃない。ケイは感謝の念を示し、俺はそれに応えているだけだ。ケイの気持ちに、俺の緊張は自然とほぐされる。
気がつけば、ケイは背中だけじゃなく、俺の腕も洗ってくれた。あの左腕さえも、嫌がったり怯えるような素振りを一切見せずに洗ってくれた。それから脇、足と洗ってくれた。そうするのが自然だった。そうなるのが自然の成り行きだった。
きっとケイじゃなければ、そこまでしてもらわないで、背中だけで止めておいたはずだ。シチュエーションもそうだし、女の子に色んなところを触られると、ヤらしい気持ちを抱きかねない。そうならなかったのは、ただケイが優しかったからだ。感謝の一心だけで、ケイの方にヤらしい気持ちの一つもなかったからだ。だから、俺の方もヤらしい気持ちを抱かずに済んだ。
とてもいい気持ちだ。もちろん、変な意味じゃなく。幼い頃、風呂で母に身体を洗ってもらったことを思い出した。ケイに身体を洗ってもらうことは、それに近い安心感がある。歳は近いらしいが、俺より幼く見える女の子に、まるで母親のような安心感を感じるなんて、ちょっぴり倒錯的な気もするけど、そう感じるんだからしょうがない。『赤くて三倍の人』が、年下の少女に母性を感じるのを少しだけ理解した気がする。
「コーイチ、こっちを向いて」
ケイの声に、できるだけ俺はケイの身体を見ないように振り返った。
「違う、身体ごと。前が洗えない」
「えっ」
母親のような安心感は、一瞬にして吹き飛んでしまった。だって、流石に前はマズい。前には色々ある。敏感で繊細な『リトルコーイチ』がいる。今は落ち着きを取り戻している『リトルコーイチ』だけど、向かい合うとなったらどうなるかわからない。この至近距離で向かい合うということは、互いの身体をかなり密に観察できてしまうということ。そこから女の子に身体を触られたりしたら『リトルコーイチ』が桜島並に爆発してしまう可能性も大いに有り得る。それはとてもマズい。
「いやいや、向かい合うのはちょっと恥ずかしいから――」
「じゃあ、こーする」
背後からタオルを持ったケイの手が伸びてきて、俺の胸に触れた。後ろから抱きつかれているような格好だけど、触れているのはあくまでもタオル越しの手だけだ。胸を擦るタオルの動きはぎこちなく、とてもくすぐったい。嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気分に、俺は顔も胸も熱かった。『リトルコーイチ』も目覚めようとしている。
「やりにくい……、もっと近づいていい?」
「えっ、もっと、って……」
突然、ケイは俺に有無を言わさず、俺の背にしなだれかかってきた。ケイの腕が俺の身体に巻き付き、ケイの全体重が俺の背中に預けられた。ケイのスベスベした胸や腹に触れる。背中にはケイの重さ、しなやかな肉体、小ぶりな二つの柔らかさが、タオル越しでもハッキリと感じられる。
初めて生に近い女の子の身体を生肌で感じられた。正直言って超気持ちいい。あまりの気持ち良さに、感動的ですらある。『リトルコーイチ』は完全に覚醒してしまっていた。俺は『完全覚醒体、リトルコーイチ』を隠すこと以外の抵抗がまるで出来なかった。グレイスの時とはまるで違っていた。グレイスの時には取引があり、彼女の弱味に付け込んだという後ろめたさが理性を保たせてくれていたが、今回は違う。ケイは俺に感謝の気持ちがあるだけで、俺の方には、ケイに後ろめたさを感じる要素がない。つまり、グレイスの時にあった後ろめたさが無い分、ともすれば、俺の理性は崩壊しかねない状況だ。
「コーイチ、これでわかったでしょ? 私の気持ち」
「君の、気持ち……?」
わかるような、わからないような……。ただ一つわかることは、タオル越しに伝わるケイの胸の鼓動が、やけに強く、高く、俺の背中に響いていることだけだ。そして、それは俺も同じだ。
『旅は少年を大人に変える』ってどこかで聞いたことがあるけれど、まさかこういう意味だったとは!? 『大人の階段』は目の前にあるが、果たして、遠慮なく登ってもいいのだろうか? 俺はケイとそうなるのに相応しい男だろうか? いや、男と言うなら『据え膳食わぬは男の恥』とも言うぞ!? 女の子の方からここまで猛烈にアピールしているんだから、それに応えるのが男ってもんじゃないかな!? いやいや、しかし、『旅の恥はかき捨て』という言葉もあるぞ!? そう考えると据え膳食わなくても恥じゃない……!? あー、もうよくわからなくなってきた。
頭の中はどうであれ、俺の身体は、男の部分はとても正直だった。『思春期リビドー全開チェリーボーイ』には、ケイの誘惑は強烈過ぎて、もろクリティカルヒット、致死ダメージだ。
「コーイチ、きて……」
やけに艶っぽいケイの声に、俺の理性は大きく動揺した。動揺の隙を衝くように、本能と欲望の連合軍が、理性を打ち崩さんと総攻撃をかけてくる。理性は窮地に立たされしまった。
「コーイチ、はやくぅ……」
この一言で、理性は止めを刺されてしまった。もうダメだ。こんなこと言われて止まれる男がいるだろうか? いや、いるはずがない!
俺は胸元にあったケイの手を取った。ケイはそれに応えるように、俺の胸に指を這わせる。
「ケイ……」
自然と口から溢れる彼女の名前。
「コーイチ……」
俺は振り返った。わずか数センチのところにケイの顔があった。熱っぽく潤んだ瞳に紅潮した顔。何かを求めるようにほんの僅かに開かれた唇。どれをとっても可愛らしい。
ほんの数秒見つめ合って、ケイが目を閉じた。それが合図だった。俺はケイの唇に向かって自らの唇を突き出した。
その時だった。
浴室の戸が開く音が、浴室内に盛大に響いた。その音はやけに大きく俺の耳にも響いた。俺の心臓が強く跳ねた。俺とケイの二人の世界は一瞬にして崩れ去り、艶めかしいムードは消滅した。
「コーイチ様、お背中を流させていただきに参りました……、あら?」
声の主はグレイスだった。バスタオル一枚だけを身に着けたグレイスの姿が、すぐそこにあった。バスタオル一枚というとってもセクシーなグレイスの姿を見て、興奮したり感動したりよだれを垂らしたりする余裕は今の俺にはなかった。ケイとイチャついているところを見られたショックの方が遥かに強かった。
読んでくれてありがとう!