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重度のシスコン野郎を説得するのは面倒だ。

 「贖罪……?」


 「本来この家は――ケーディック家は、姉上が継ぐはずだったのだ。ケーディックの家は純然たる実力主義でな、姉上の実力が僕より遥かに優れていることは、誰しもが認めるところであり、何より僕自身が、姉上の実力を一番認めている。物心が付いた頃から幼心に、姉上には一生勝てないことを理解していた。それだけに、僕は姉上を崇拝していた。誇りに思っていた。姉上が当主になり、ケーディックの家が、より繁栄するのを夢見ていた。しかし、あのとき僕は大きな過ちを犯してしまった」


 アコードは言葉を切り、深く瞑目した。きっと、彼の言う『あのとき』のことが、瞼の裏に蘇っているのだろう。

 一分近くも瞑目した後、ようやく目を開き、口を開いた。


 「あのとき僕は、やんちゃが過ぎる子供だった。姉上に敵わないと知りながら、それでも姉上に並びたい、できるならば姉上を凌ぎたい、そんな思いを抱いていた。それが過ちだった。幼少の頃、誰にも知らせずこっそりと一人で熊狩りに出た。当時の僕の年齢の頃、姉上は熊狩りを成功させていた。思い上がりのあった当時の僕は、姉上にできるなら自分でも、と思い、実行に移したのだが、結果は惨憺たるものだった。巨大な熊と対峙した僕は、怖気づき、混乱し、熊に追われて山中を彷徨った。熊の執念というのは凄まじいもので、僕は休む間もなく追われ、ついには追い詰められた。体力も気力も魔力も尽きた僕は、もはや殺されるのを待つしかなかった。熊の爪が僕に向かって振り下ろされた瞬間、誰かが僕を庇ってくれた。それは姉上だったが、その時の僕は疲れ果て、気絶してしまったから、姉上が助けてくれたのを知ったのは、少し後のことだ。意識を取り戻したときはに全てが終わっていた。事の顛末を聞かされた僕は、姉上に礼を言いに姉上の部屋に行った。姉上の部屋に入ると、姉上の変わり果てた姿がそこにあった。両足全体に包帯が巻かれ、一人で立つこともできない哀れな姿だった」


 何かがこみ上げてきたのだろう、アコードは言葉を切り、目を閉じ、喉を上下させた。やや俯き気味になった。そのまま、話を続けた。


 「姉上は僕を責めなかった。むしろ、僕のことを気遣ってくれた。おかげで僕は自分の思い上がりに気付かされた。そして、取り返しのつかない過ちにも……。僕のせいで、姉上の足は不自由になった。日常生活ができる程度は回復したが、当時は起き上がることもままならず、今でも走ることはおろか、長時間の歩行は禁忌だ。そのせいで、姉上はケーディック家の家督相続権を失った。足が不自由なのは、ケーディックの当主に相応しくないのだそうだ。家督相続権を失うほど大きなきず、それを作ったのは僕だ。能力の優劣に関わらず、ケーディック家という玉座には、足の不自由な人間は相応しくない、ということなのだろう。『玉に瑕』を作ったのは僕だ。そんな僕が、ケーディックの家を継ぐことになり、そんな僕を助けた姉上は家督相続から外れる。とんだ皮肉だとは思わないか? 僕にとっては最低最悪の皮肉だよ」


 アコードは深い深い溜息をついた。身体の不調をおして、長く喋ったせいで、酷く疲れているようだった。大きく息を吐き、ゆっくりと息を吸うのを数回繰り返し、呼吸を整えた。それから再び口を開いた。


 「『玉に瑕』を作ってから、僕はずっと皮肉に苦しんで生きてきた。いっそ死んでしまいたいほどの苦しみだった。だが、死ぬわけにはいかない。姉上は僕が死ぬことを許さない。姉上は、こんな不甲斐ない僕を愛してくれている。だから余計に僕は辛かった。だが、僕が辛苦の十数年を生きてきたのは無駄ではなかった。そう、つい先日僕は、偶然にもこの本と出会った」


 言って、アコードは枕元から一冊の本を取り出した。とても古そうな本だった。革の装丁はボロボロだった。


 「これは古代の魔法書だ。今では失われてしまった魔法や、魔法薬について書かれてある。全てを解読できたわけじゃないし、破損して判読不能な部分も多くある。しかし、これには僕の過ちを正し、辛苦の時を終わらせる方法が載っていたのだ」


 「それに、双角獣バイコーンの角が必要だった?」


 「そういうことだ。双角獣バイコーンの角を魔法を用いて加工することで、万能薬を生成することができる、とこれにはある。詳しい方法についてはまだ未解読だが、いずれ解読できるだろう。それは時間の問題だ」


 なるほど、事情はわかった。けど、それはそれ、これはこれ、だ。アコードのやりたいことは十分理解できるし、俺が彼の立場だったとしても、同じことをしたかもしれない。けど、今の俺の立場では、彼のやろうとしていることは許容できない。グレイスと一角獣ユニコーン、一人と一匹からの約束を守るためには、彼のやりたいことを阻止しなければならない。


 「それは、グレイスさんが望んでいることですか?」


 俺の質問に、アコードは眉根を寄せた。


 「不自由な足が治るのを望まない人がいるだろうか?」


 「弟の生命いのちと足では、釣り合いが取れてるとは思えませんが」


 「それは姉上が気にするべきことではない。僕は罪をあがなわなければならない。たとえその対価が己の生命であったとしても」


 「それはあなたの独り善がりです」


 俺の言葉に、部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。アコードは厳しい目で俺を睨みつけ、ミラは表情ほどほとんど変えないものの、その目には冷たさが増し、殺気さえみなぎっていた。

 かなりビビらされたが、俺はあえて開き直った。今の俺は、虎子を得るために虎穴に入ったようなものだ。虎が出たっておかしくはない。虎に襲われて元々、どうせ俺には世界最高の幸運のあるのだから、どうせ大事にはならないさ。どんなにビビらされようが脅されようが、無視あるのみだ。


 「グレイスさんとはそれほど多くの時間を過ごしていなければ、会話もそこそこにしか交わしていません。少ない機会ではありますが、グレイスさんはとても穏やかで優しい人、という印象を受けました。あなたと話をして、より一層その印象が深まりました。特に弟であるあなたに対する優しさと溺愛っぷりは尋常じゃないと確信しました。さきほど聞いた、熊に襲われたあなたを庇ったという話もそうですし、あなたは知らないでしょうが、グレイスさんは、俺への依頼への代償として、自分自身を差し出そうとしたんです」


 アコードがとんでもない目で俺を睨みつけてきた。額に青筋が浮かび、口の端が怒りで引きつっている。どうやら重度のシスコンらしい。恐らくは敬愛する姉を俺が蹂躙じゅうりんしたものと勘違いしているらしい。全く困ったお坊ちゃんだ。


 そんな目で睨まれると、俺は逆に可笑しくなってきた。この姉弟のブラコン、シスコンっぷりが可笑しくてたまらなかった。そこまでお互いを思いやっているくせに、ちょっぴりコミュニケーションがヌけているのが、たまらなく可笑しい。もう少し姉の気持ちがわかっていたなら、こんなコトにはならず、俺も左腕を失わずに済んだのに。


 ここは一つ、アコードに説教をしてやらないといけないな。


 「早とちりしないでください。優しい人につけ入るほど、悪趣味じゃありません。それはともかく、弟を救うために二度も身を投げ出すような行動を、『優しい』の一言では片付けられないと思います。そんなことができるのは優しさだけじゃなく、弟であるあなたを特別、大事に思っているからじゃないでしょうか? きっとグレイスさんだって、呪われたのが他人であれば、そこまではしなかったでしょう。アコードさん、あなただからこそ、グレイスさんは自分を犠牲にできるのです。それほどまでに大事に思っている弟が、自分の足のせいで命を落としたと知ればどうなります? 果たして足が治ったことを喜ぶでしょうか? とても優しく、弟思いのグレイスさんのことです、きっと自らを執拗なまでに責めるでしょう。あなたは姉がそうなることを望んでいるのですか? もちろんそうじゃないでしょう? だからこそ、俺はさっき『独り善がり』だと言ったのです。あなたのやろうとしていることは、誰の得にもなりません。はっきり言って無駄死にです。アコードさん、あなたは、グレイスさんがあなたより優れた人物で、家督を継ぐべき人物だと言ってましたね? 他者はどうであれ、瑕瑾の有無に関わらず、グレイスさんがケーディック家の当主に相応しいと、あなたは言った。だったら、グレイスさんの言うことを聞くべきです。グレイスさんは、俺にあなたを救うことを依頼しました。グレイスさんの願いはあなたに生きてもらうことなのです。あなたより優れた人物がそう言っているのです、あなたは従うべきだと俺は思いますし、あなたご自身でも、そう思うでしょう?」


 俺は我知らず、キツい口調になってしまっていた。それに気付いたのは全てを喋り終えた後だった。次期領主に向かって、生意気なことをヌかしてしまっていた。これは無礼討ちもやむなしか……。俺は、顔には出さないようにしたが、内心は戦々恐々としていた。

 アコードは力なくゆっくりと頷き、弱々しく微笑んだ。


 「おおむね、君の言う通りだな」


 アコードは深い溜め息をつき、ジロリと俺を見た。どうやらあまり機嫌が良くないらしい。やっぱり俺の言い方に、少しばかり問題があったらしい。平民から生意気な口を聞かれるのが、それほど癪に障るのだろうか。


 「有意義な諫言かんげんであった。故に無礼には目をつむろう」


 アコードは、やはり俺の態度が気に入らなかったようだ。穏やかな口調は消え、貴人が賤民せんみんに接するような態度になった。身分の差を殊更ことさら強調するようだった。

 そんな態度を取られては、こっちとしてもむかっ腹が立ってくる。こっちは生命を救ってやる立場だってのに。


 そもそも俺は、これほどまで露骨な身分制度を認めたくないし、許容もしたくない。それでも俺がアコードに敬語を使っていたのは、『郷に入っては郷に従え』の精神からだ。こっちの世界に合わせているだけだ。


 だが、合わせるにも限度がある。俺は元来、理不尽に従容しょうようとしていられる性質たちじゃない。


 あー、わかった。こっちは左腕を失くしてまで助けてやろうっていうのに、そんな態度ならもう助けてやらない。好きなようにやって、呪われたまま死ぬんだな。

 と、怒りに任せて、声高に言い放ってやりたいが、ここはグッと我慢する。俺は喧嘩をしに来たわけじゃないし、何よりそんなことを言ってしまえば、ミラに殺されかねない。ここは『忍』の一字だ。アコードのためじゃない、グレイスのためにやってるんだ。そう思えば、お坊ちゃんの高慢で尊大な態度にも耐えられる。


 「ミラ、角を彼に」


 ミラはベッド脇にある、小さな棚の引き出しから白い包みを取り出した。それを俺に差し出した。差し出すとき、ミラは俺を露骨に睨みつけた。彼女としても、主に対する俺の態度に思うところがあるのだろう。

 だけど、俺からすれば、主従の俺に対する態度の方が、よっぽどどうかと思われる。俺、一応アコードの生命の恩人になるわけなんだけど。どーかしてるぜ、全く。呆れすぎて、もうため息すら出てこない。


 俺はミラの態度に気付かないふりをし、角を受け取った。

 シルクのように滑らかで、光沢のある包の中にはじ曲がった形をした、双角獣バイコーンの角があった。双角獣バイコーンの角は先が尖り、表面はザラザラとしていて、とても硬く、金属ほどじゃないにせよ、そこそこ重量感がある。


 「僕は疲れた。コーイチ、後は良きように計らってくれ」


 「はい、わかりました」


 俺は、いい加減この主従にうんざりしていたので、早々に部屋を出ることにする。部屋のドアまでの数秒、背中越しにミラの冷たく厳しい視線が、嫌というほど感じられた。

 人を助けて嫌な気分にさせられるなんて、こんなことあって良いのだろうか。最低最悪じゃないか。

 部屋を出る際、ムカつきのあまり、無意識的に部屋のドアを勢いよく閉めてしまった。ドアは盛大な音を立てて閉まった。お返しとばかりに、即座にドアの向こうから、ガチャンと鍵の掛かる音がした。


 何もかもがスッキリとしないが、それでもまだ、アコードを救おうという気持ちに変わりはない。グレイスとの約束もあるが、それよりもきっと俺は、馬鹿が付くほどお人好しなのだろう。ま、死なれたら寝覚めも悪いしね。

読んでくれてありがとぅ!

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