アコードの贖罪。
ミラとかいう従者が、更に強く、俺の頭を引っ張った。答えろ、という合図らしい。そんなこと、口で言えば伝わるのに、わざわざこんなやり方をするなんて、つくづくムカつくヤツだ。
「アコードさん、大事なお話があります。あなたの命に関わることです」
「どういう意味だ? 誰かが僕の暗殺を企み、君のような侵入者を送り込む、とでも言うのかな? それなら心配は無用だ。君が身をもって思い知ったように、僕にはいついかなるときも、優秀な護衛が付いている」
話がおかしい。瀕死の人間の言葉とは思えない。アコードが気にすべき、今一番己の生命を脅かしているのは呪いのはずだ。実際に、呪いはかなりアコードの身体を蝕んでいるように思える。アコードの姿形は見えないが、声の端々からそれが感じ取れるし、今だって、ほんの少し喋っただけなのに、息を切らし、それをひた隠そうとしている。それが何故、暗殺を気にするような発言をするのだろうか。
すぐにピンときた。なるほど、アコードは自らの体調を秘匿したいのだろう。次期領主といえば、かなりの重要人物だ。俺にはわからないような、複雑な政治的駆け引きが行われる立場であり、政争の場に身を置かざるをえないだろう。そういう場では、体調一つとっても、政治の場では重要な要素になってくるに違いない。グレイスが家のためにもアコードを助けたいと言ったのは、その辺の事情からもあるのだろう。
それを踏まえれば、アコードが健康を取り繕うのも筋が通る。面識がなく、アポ無しで部屋に入った俺は、アコードの目から見ると、さしずめスパイか暗殺者といったところだろう。不調をひた隠しにし、俺を床に倒すほど警戒するのも無理はない。
「アコードさん、俺に隠し事は無用です。全てグレイスさんから聞きました。俺はグレイスさんに頼まれ、一角獣を退治しに山に行きました」
「放していい。どうやら彼は敵ではないらしい」
ミラはすぐに俺を放し、俺から離れた。
俺は倒された拍子に床にぶつけたところをさすりつつ、ゆっくりと起き上がった。
「ミラ、明かりを」
まるでその命令を待っていたと言わんばかりに、すぐに明かりが灯った。三本差しの燭台に、三つの明かりが灯り、暗闇を払った。部屋の様相がにわかに露わになった。
部屋の中央にキングサイズのベッドがあり、そこから上体だけを起こし、首だけをこちらに向けている人物がいた。多分、彼がアコードだ。蝋燭のオレンジの光に照らされる彼の顔は、死人のように青白い。目は落ち窪み、頬はげっそりこけている。それでも、表情だけは毅然としている。男性にしては長めの髪も、綺麗に整えられている。
燭台の置かれたテーブルの傍に、長身の女性がいた。彼女が明かりを点けたのだろう。ということは、彼女がミラだ。ウェーブのかかったセミロングの金髪。シンプルなワンピースタイプのドレスを着ている。スレンダーな体のラインから顔のパーツに至るまで、何もかもが鋭角的だ。一言で言ってしまえば美人だが、何となく、彼女からは冷たさを感じる。それは、さっき床に叩きつけられたたおかげで、彼女に対してムカついているせいもあるのかもしれない。
「あのような出迎えになったこと、悪く思わないで欲しい。僕には――我が家には敵が多くてね。常に気を張り詰めている必要がある」
アコードは微笑んだ。微笑には、やや苦痛の影がある。
「いえ、勝手に入った俺も悪いですから」
「一角獣退治に行ってくれたようだが、どうやら不首尾に終わったようだね」
「一角獣は退治できませんでした。ですが、もし退治できたとして、アコードさんの呪いは解けるでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
アコードの声が、少しばかり固くなった。
「アコードさん、あなたはお姉さん――グレイスさんに嘘を吐きましたね?」
アコードの目が、少しばかり見開かれた。どうやら図星らしい。
「俺は真実を知っています。アコードさん、あなたは一角獣ではなく、双角獣に襲われた。というより、双角獣の角を得るために、あなたの方から襲いかかった。あなたは見事に双角獣から角を奪い取った。しかし、代わりに傷を負い、呪いをかけられた」
アコードは冷静を取り繕おうとしていたが、無駄な努力だった。動揺が顔に出ていた。姉に対しては、一角獣に襲われたと、平然と嘘を吐いた男が、この程度のことでボロを出すのは、呪いによる苦痛のせいで、精神の平衡が崩れているせいだろう。
「見てた人がいたんです。あなたと双角獣が戦っているその時その場所に、ちょうど居合わせた人がいたんです」
「そうか、バレてしまったか」
アコードは爽やかに微笑んで言った。案外潔かった。
「君の言う通りだ。一角獣にやられたと嘘を吐いたのはね、このことを誰にも探られたくなかったからだよ。一角獣は神聖かつ希少な生き物だからね。神聖だから手を出しにくく、たとえ探しに出たとしても見つかりにくい生き物。そんなものをわざわざ探しに、あまつさえ退治しに行く人間なんていない、と高を括っていたのだが、当てが外れたな。しかも優秀ときたものだ」
アコードは苦笑した。
「何故、探られたくなかったんです? 呪いを解かなくても良いんですか? それとも呪いを解く方法が他にも?」
「君も知っての通り、本当の相手は双角獣だ。一角獣は臆病で警戒心が強く、向こうから襲いかかって来ることはないが、双角獣は違う。いざとなれば好戦的で、獰猛かつ強力だ。君もそれを身をもって体験しただろう? 僕の我儘に付き合わせて、誰かを危険な目に遭わせたくなかった。しかし裏目に出てしまったようだね。コーイチ君、君を危険な目に遭わせたのは僕の責任だ。すまなかった」
アコードは俺に向かって頭を下げた。
「アコードさん、謝罪の気持ちがあるなら、ここは一つ、俺の提案を聞き入れて貰えませんか?」
「提案?」
「はい。聞き入れて貰えれば、全てが丸く収まります」
「なんだね、それは?」
「双角獣の角を、俺に渡して下さい」
「なに……?」
アコードの声は、明らかに不快感がにじみ出ていた。目は鋭く細められ、口元が歪んだ。だが、それはほんの一瞬だった。
「双角獣に角を返します。そうすればあなたにかけられた呪いは解けます。あなたも助かり、双角獣も助かります」
「聞けない話だな。それでは僕が命をかけてまで双角獣の角を手に入れた意味がないじゃないか」
確かにそうだ。そもそも、何故アコードが双角獣の角を欲しがったのか、それをまだ聞いていなかった。
「しかし、角を返さなければあなたは死にます。双角獣の角は、あなたの命よりも大事なものなのですか?」
「実にその通りなのだ」
アコードは微笑をもって返した。他意のない、爽やかな微笑だった。
「コーイチ、姉上には会ったのだろう? 美しい人だろう?」
俺は頷いた。一瞬、グレイスの裸身が頭をよぎったが、すぐに頭の中から追い払った。今はマジメな話の最中だ。いくら『リビドー全開思春期真っ盛りチェリーボーイ』とは言え、こういう空気では馬鹿な想像は慎まないと。
「双角獣の角はな、姉上への贖罪なのだ」
アコードの目元が曇る。
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