火VS.氷
すぐに起き上がろうとしたが、中々上手くいかない。左手を痛めてしまっているせいもあるが、鬱蒼と生い茂る小低木の枝葉に、手足がハマリ込んでしまっているのも厄介だ。
脱出に四苦八苦する中、ヤツの姿が見えた。四肢と鬣と角に炎を纏い、煌々と輝くヤツが、猛然とこちらに迫る。ヤツの『火剣』の切っ先が、真っ直ぐに俺に向けられている。
これはマズイ! 死ぬほどマズイ!
がむしゃらに抜け出そうとする。死力を振り絞ってようやく左足が抜ける。
だが、ヤツの一撃をかわす時間は無い。ヤツはもう眼前に迫っている。
とっさに『火剣』を起動する。起動してどうにかなるものでもないが、藁にもすがる思いってやつだ。
俺は死を覚悟せざるを得なかった。身動きが取れない状態、そんな状態でヤツの突進をかわすことは不可能だ。
だからせめて、相打ちにはもっていきたい。動物風情に、ただやられるのはしゃくだ。
男コーイチの生き様をヤツの身体に刻み込んでやる!
俺が覚悟を決めたその時だった。
無数のキラキラと輝く礫がどこからともなく飛来し、ヤツに降り注いだ。夜闇、炎に照らされたそれは宝石のように見えた。
しかし、それは宝石じゃなかった。視界の悪さに一瞬判断が遅れたが、それは氷の礫だった。前に一度見たから間違いない。
氷の礫、正しくは『氷結弾』だ。
いくつもの『氷結弾』がヤツに着弾する。着弾部分がビキビキと音を立て凍りついてゆく。
ヤツは吠え猛り、大きく体勢を崩した。
ヤツの進路が俺から逸れる。踊るように跳ね回り、俺から距離を取った。どうやらヤツは不意の攻撃に、俺へのトドメを一旦諦めたらしい。
おかげで、俺は余裕を持って、小低木から足を抜くことができた。
「大丈夫?」
声は、『氷結弾』が降り注いだ方からだった。
チラリと横目で見ると、そこにはケイがいた。思った通り彼女だった。ケイが小走りに、こちらに駆け寄ってくる。
「助かったよ。危うく一角獣にやられるところだった」
俺は隣にやってきたケイに礼を言った。
「コーイチ、あれは一角獣じゃない」
「えっ?」
「あれは双角獣。似てるのは馬っぽいところだけ。色が違うし、双角獣はその名の通り二本角。一角獣とは全然違う。」
「二本角? どっからどう見ても、あれは一本角にしか見えないんだけど」
「それじゃあもう一本の角、コーイチがやったんじゃないんだ」
「え、もう一本の角?」
「コーイチ、角の周りをよく見て。もう一本の角が折れた跡がある」
「マジか」
ヤツをじっと見る。ヤツは不意打ちを受けたせいか警戒を高め、こちらの様子を窺っている。
ヤツの角付近に目を凝らす。だが、揺らめく炎の照り返しではかなり見辛い。とても目が疲れるし、正直、もう一本角があったかどうかわからない。ただ、今ある捻れた角が、身体の中心線からややズレて生えていることはわかった。なるほど、右半身にも左半身と同じ位置に角があれば、左右対称というわけだ。
「コーイチ、ここは逃げよう。やるだけ無駄だ。私たちの目標はコレじゃないし、それに私の『氷結弾』も効かない」
「『氷結弾』が効かない? でも俺はさっき『氷結弾』のおかげで……、あっ!」
『氷結弾』の命中痕、ヤツの身体に張り付いた氷が、みるみるうちに溶け出す。おそらく、ヤツが纏った炎の熱気によるためだろう。氷はあっと言う間に消えてなくなった。
「見た通り。あれじゃ大した傷にもにならない。双角獣と私じゃ相性が悪すぎる」
「逃げるのには賛成だ。だけど、どうやって逃げる? 追っかけてこないなら簡単だけど、追っかけてきたら、まず逃げ切れない。脚の速さは圧倒的にヤツのほうが上だ。比べるのも馬鹿らしいくらいにな」
「野生動物相手に背中を見せて逃げるのは得策じゃない。相手が獰猛な獣の場合は特に。だからこういう場合は相手と向き合ったままジリジリ後退する」
突然、ヤツの角先に火が渦巻いた。さっきの火球だ。どうやらヤツの方はまだまだやる気らしい。
さっきと違って、こっちには女の子がいる。かわせば流れ弾がケイに当たる可能性がある。それは良くない。助けてもらったばかりだし、今度は俺が身を挺してでも彼女を守るべきだろう。『火剣』なら、火球を受け止められるかもしれないし。
火球を『火剣』で受けようと、俺がケイの前に出ようとしたところを、ケイの手が止めた。
「下がって。私に任せて」
「えっ、でも――」
「いいから!」
怒気を孕んだケイの声に俺はビビってしまい、すぐに彼女の指示に従った。
俺がケイの後ろに下がるとほとんど同時に、双角獣から火球が放たれた。
夜闇を払拭しつつ迫る火球。
火球に向かって、ケイが両掌を向けた。
「『氷壁』」
バキバキと音を立て、ケイの眼の前に、みるみるうちに氷の塊が生成されてゆく。あっと言う間にそれは、その名の通り、一枚の分厚い氷の壁になった。
火球が『氷壁』に衝突する。氷が溶かされ、向こう側が見えないほど多量の水蒸気が発生する。
水蒸気が晴れると、火球はもうどこにも無かった。向こう側が透けて見えるほど薄い氷の膜一枚が残っているだけだった。
ケイの『氷壁』は見事に、ヤツの火球を相殺した。
「す、凄いな……!」
俺の口から自然と、感嘆の声が漏れた。
「双角獣から目を逸らさないで。それで、ゆっくり後ろに下がって。ゆっくりと少しずつ」
俺は言われるままに従った。
俺とケイは少しずつ、ほんの少しずつヤツと距離を取る。
「コーイチ、気を付けて。暗くて見えないけど、左を数歩先行ったところは崖になってて、底は沢が流れてる。落ちたら死ぬかも」
「マジか……」
さっき、そんな危ないところを走り回っていたのかと思うと、ゾッとした。
左を見ても、闇が広がるだけで何も見えない。耳をすませても、沢のせせらぎは聞こえない。聞こえないということは、沢は水の流れが殆ど無いか、距離が遠いということだ。落ちたら死ぬ、というケイの言葉から鑑みるに、崖が相当高い、と考えるべきだろう。
転落死もイヤだなぁ。落ちる最中に考える時間がありそうなだけに恐い。
と、そんなことを考えている場合でもない。まずは目の前の敵から逃れることが第一だ。注意さえしていれば、崖から落ちることはないだろう。
こちらがゆっくりと後退しても、ヤツが距離を詰めるような動作は見せない。が、角先に再び火が渦巻いた。そして、火球が放たれた。
先程より一回り大きな火球。
それに対応し、ケイも先程より一回り大きい『氷壁』を生成する。
火球と『氷壁』がぶつかり合い、対消滅する。
その様子を見て、ヤツがブルブルと小さく呻いた。
馬の気持ちはわからないが、俺の目から見て、おそらくヤツは悔しがっているのだろう。いい気味だ。
ケイの作り出す氷壁は、ヤツの火球に対して鉄壁の防御だった。これなら火球にやられる心配はないだろう。少し心に余裕が出てきた。
(読んでくれて)ありがてぇ、ありがてぇ。




