交錯する火剣。
深夜更新。
二メートルほど先、さきほど俺がいた地点で、火球が一瞬、ほんの少しだけ膨張した。直後、大きな破裂音とともに弾けた。ライターの火ほどの小さな火球が、俺がいた地点から放射状に、散弾のように四方八方に散らばる。
こういうことだったのか……!
迫りくる散弾の弾速は、大火球の時とは打って変わって速い。
俺は思いっきり後ろに跳躍し、背中から地面に倒れ込むように大きく仰け反った。『マトリックス』という映画であったアレの応用だ。散弾から身を護るため、被弾面積を減らすにはこの方法しか思い浮かばなかった。
眼前を流星のごとく駆け抜ける火の散弾にビビりながら、俺は背中から地面に落ちた。勢いのままに数メートル地面を滑る。地面に背中を削られ、ヒリヒリと痛む。
だが、痛みを気にしている場合じゃない。俺はサッと立ち上がり、ヤツに正対した。
背中がかなり痛む。きっと目も背けたくなるほど酷いことになっているだろう。が、痛みはそこだけで、他は何ともなさそうだ。火の散弾相手にこれで済んだことはむしろラッキーなのかも。
ラッキーはラッキーなんだけど、それはあくまでも不幸中の幸いで、そもそもこの状況が幸運とは程遠い。
ヤツにどう対抗すればいいのかわからない。
逃げるか? いや、それはさっき試して無理だった。だから今この状況なんだ。じゃあ、やっちまうか? つーか、もうそれしかないよな。『退いてダメなら圧す』、こうなりゃとことんまで、圧して圧して圧しまくってやるしかない!
まず、問題は距離だ。火球をかわしたおかげで距離が少し開いた。目測十メートルちょっと、てところか。
俺の得物は火剣。つまりはこの距離を縮めなければならない。ヤツに近づかなくてはならない。
近づくにはヤツの火球を掻い潜らなければならない。サーカスの火の輪潜りのように。人間の俺が動物に火の輪潜りをやらされる、全く嫌な皮肉だ。
火の輪くぐりならぬ火の玉潜りだが、俺にそれができるか……? 火球の弾速は遅いから、難しくはなさそうだが、万が一火球に当たったら一大事、ということで本家火の輪潜りと同じく精神的重圧がハンパない。
ヤツの角先に三度火が渦巻いた。
もはや考えている時間はない。やるしかない。やるったらやる! 火球を避け続けても、どうせジリ貧なんだ、一か八かやるしかない。
『火剣』を構え、俺はヤツに向かって突進した。
膨らむ火球を見据え、掻い潜るタイミングを図る。同時に、頭の中で成功をイメージする。
膨らみきった火球が唸りを上げて発射される。
賽は投げられた。生きるか死ぬかのサーカスの始まりだ。
ヤツとの距離は七メートルほどか。火球はあっと言う間に眼前にせまる。
集中力が一秒を数秒にも感じさせる。瞬きすら許されない緊張感。
今だッ……!
火球が視界一杯に広がった瞬間、俺は盗塁を試みる『イチロー』ばりに低く、鋭くスライディングした。ゲームで例えるなら『ロックマン』並と言ってもいいかもしれない。
頭上を火球が通り過ぎる。ほんの一瞬、死の恐怖と火球の熱を嫌という程感じられる。
火の玉潜りは成功した。だが、これで終わりじゃない。これはまだ第一段階に過ぎない。ヤツを『火剣』でぶった斬る、それが俺の生存ルートだ。
スライディングから素早く立ち上がる。背後に火球の熱を感じながら、再び剣を構えてヤツへと突撃する。
ヤツとの距離はわずかだ。一秒と経たず、俺の射程圏内に入る。
狙いはヤツの頭だ。どんな生物でも、頭をやられては生きられないはず。
悪く思うなよ? 先に仕掛けてきたのはお前だからな!
ヤツを射程内に捉えた。俺はヤツの眉間に致死の一撃を食らわそうと、剣を振り上げた。
その時だった。
ヤツの捻れた角から、火柱が上がった。
それはまるで『火剣』のように。
何だろうが構うことはない。ヤツがどんな小細工を弄しようと、ヤツは既に|詰んでいる。俺の『火剣』は、既にヤツの眉間めがけて振り下ろされている……、
はずだった。
俺の『火剣』は、ヤツの眉間に到達できなかった。
『火剣』を阻んだもの、それも『火剣』だった。ヤツの捻れた角から伸びた火柱は、まさに『火剣』そのもので、俺の得物を受け止めていた。
火と火の鍔迫り合い。
交わることのない黒炎と赤炎が十字に組み合う。
ヤツの首が鞭のように大きくしなった。ヤツの馬鹿力は俺を弾き飛ばすのに充分過ぎた。
俺は大きく仰け反りつつ、剣は放すまいと歯を食いしばり、剣を握る手に渾身の力を込めた。そうしないと剣を落としてしまいそうだった。強く弾かれたせいで俺の手は、硬式野球ボールを、芯で外して打った時のようにシビれていた。
弾かれ、大股三歩後退したところに、高く掲げられた、ヤツの『火剣』が迫る。
脊髄反射的に斜め後ろに飛び退く。
ヤツの『火剣』が地面を抉る。割れた地面に炎がほとばしる。ジリジリと熱い熱波が押し寄せる。
不思議なことに、抉られた地面には所々に草花が生えていたのに、それらは一ミリたりとも焼けも焦げもしていなかった。
やはり、ただの『火』じゃない。俺の『火剣』とは性質が違う。
炎に触れながら草花が燃えないのは、一体どういう理屈なのか? 気にはなるが、気にしている余裕は無かった。すぐに二撃目が繰り出された。
ヤツは首を大きく地面と平行にしならせ、横薙ぎに『火剣』を払う。
とっさに、受け止めてやろう、と考えてしまった。
それがいけなかった。
『火剣』と『火剣』が再びかち合う。
かなり重い一撃だった。堪え切れず、耐えようもない衝撃は左手から伝播し、容赦なく俺の左肩を襲った。
一撃も重ければ、炎の熱量もハンパじゃない。刺すような熱さが一瞬、俺の左半身を包んだ。
衝撃と熱さの二段攻撃に、俺は堪らず薙ぎ飛ばされた、というより、むしろ衝撃をやわらげ、熱さから逃れるために、衝撃に乗じて自ら跳んだ。
カタパルトのように打ち出された俺は、俺の予想もしていなかった高度を、距離を吹き飛んだ。
落ちた先は幸いなことに、小低木生い茂る薮の中だった。小低木が、落下の衝撃を吸収してくれたおかげで大事には至らず、小さな擦り傷と切り傷だけで済んだ。
気がつけば、右手に握った『火剣』は火が消えていて、ただの錆びた短剣に戻っていた。