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炎を纏う黒い馬。確かに角はあるけれど、聞いていたのとずいぶん違うんですがそれは……。

 夕食は、ケイが昼に作ってくれたものの残りだった。それを温め直して食べた。

 夕食を済ませ、直後に歯を磨き、しかし着替えはせず、すぐにベッドに入った。空腹が満たされると、途端に眠気がヤバかった。何とか歯だけは磨いたが、もうそれ以上起き続けられなかった。朝から馬車に揺られ、昼は日が暮れるまで山を探索していたのだから、疲れ切って当然だった。

 真夜中、深い眠りからふと、突然目が覚めた。

 別に誰かに起こされたわけでも、物音があったわけでも、寝苦しかったわけでもない。何故か、突然目が覚めてしまった。

 部屋はまだ暗く、まだ夜も一番深まった時分だろうから、もう一眠りしようと目を閉じた。


 だが、眠れなかった。

 眠ろうと強く思えば思うほど、余計に目が冴えてくる。

 多分一時間くらい、俺はベッドの上で、どうにかして眠ろうとした。だが、無理だった。眠気はどこかに吹っ飛んでしまっていた。

 仕方ないので起きることにした。眠れないんじゃ、そうするしかない。眠れないのを無理に眠ろうとするのは、あんまり気分が良くないし。

 身体が少し汗臭かった。昨日は一日中、山を駆け回り、一日分の汗が染み込んだ服をそのまま着ているのだから当たり前だ。

 しかし、着替えを探そうにも勝手知ったる我が家とは違い、ここは他人の山小屋。替えの服がどこにあるかわからないし、そもそも他人の家の中を勝手に弄り回すのも気が引ける。俺の着替えのためだけに、深夜にケイを起こすのも迷惑極まりないのでやめておくべきだろう。


 着替えることは諦めて、俺はケイを起こさないようにそっと山小屋を出た。

 夜山にそよ風が吹いていた。肌を撫でる風が冷たくて気持ちが良い。虫の音が耳に心地よく、遠くから時々、フクロウのような鳴き声がこだましてくるのも新鮮で面白い。頭上には宝石を散りばめたような星空が広がっていた。標高が高く、空気が薄いせいだろう、町中で見る夜空よりクリアに輝き、格段に美しい。

 たまには、夜空を眺めてゆっくりと過ごすのも良いかも知れない。

 そう思い、俺は一旦、山小屋に戻り、ベッドから毛布を持って再び外に出た。

 山小屋の玄関口にある三段ほどの小さなステップに腰を下ろし、毛布を被った。

 良い感じだ。毛布は暖かく、ひんやりと心地良い夜風は顔で感じられる。

 しばらく夜空を眺め、それに飽きると玄関ドアにもたれかかり、目を瞑った。気分がすごく落ち着いていた。ひょっとしたら、このまま眠ってしまうかも知れない。山小屋の外で眠って大丈夫だろうか? 危険な野生動物とか、魔物とかに襲われたりしないだろうか?


 そんな心配とは裏腹に、俺はうとうとし始めた。

 俺の意識は、眠るか眠らないかの微妙な間をたゆたっていた。

 しかし、時が流れるにつれ、眠気がやや優勢になった。

 俺は山小屋のドア前に横たわった。いい感じに眠い。ここまで眠いなら、もう寝るしかない。そよ風も虫の音も、俺を入眠に誘っている。

 意識がブラックアウトしかけたその時、虫の音がピタリと止んだ。まるで音楽プレイヤーの停止ボタンを押した時のように。


 それは普通じゃなかった。違和感満載だった。夜明けが近くなって鳴き止んだというよりは、何か異変があり、鳴き声を押し殺した、そんな風だった。

 気がつけば、風も止んでいる。

 何か嫌な予感がし、俺は目を開け、上体を起こした。

 無音無風。ただ闇夜と星空だけが変わらない。

 その時だった、闇の深奥、緑深い木立の中に、何かが揺らめくのが見えた。

 光だ、オレンジの淡い光が、闇の中に小さく揺らめいている。

 小さいのは、それがまだ遠くにあったからだ。それはどんどんこっちに向かって近づいてきた。

 光の正体は火だった。さらに近づいてくる。近づくと、それは火なんて可愛げのあるものじゃなかった。それは炎というべき威勢を誇り激しく燃え盛っていた。炎とわかってようやく、それの全容が露わになった。


 炎の下には馬がいた。いや、正確にはたてがみの燃え盛る馬だった。

 その馬は全身真っ黒。かなりデカい。普通の馬より二回りくらい大きいんじゃないだろうか。たてがみと、さらには四肢まで燃え盛る。そのおかげで闇夜に溶け込むはずの黒い身体が炎に照らされ、その輪郭を明白にしていた。不思議なことに、たてがみや四肢の炎は、周囲の木々草花に触れているのに、それらは燃えたり焦げたりしていない。小さな赤い目が俺を真っ直ぐに見据えていた。そして、その頭の天辺からは一本の捻れた角が雄々しくそそり立っていた。

 あれが一角獣ユニコーンか……? 確かに一本角だが、聞いていたのとちょっと違う……、いいや、かなり違う。

 体色は白だと聞いていたし、たてがみと四肢が燃えているなんて話はなかった。

 それに、あの見た目の禍々しさは、聖獣というよりは魔獣と言ったほうがしっくりくる。


 無意識に、俺の手は錆びた短剣を握りしめていた。

 本能が俺に訴える。ヤツは危険だと。

 おそらくこの予感は正しい。

 何故ならヤツの赤い目は俺を睨みつけ、表情は憤怒をあらわしているように見えるからだ。

 ヤツを歩を止めた。距離にして、推定十五メートルほど。近いとも遠いとも言えないような微妙な距離を対峙する。


 何だかヤバそうだ。ケイを起こすべきか……?


 そう思った直後、

 ヤツがいなないた。

 それは馬に似て、しかし異なっていた

 猛禽のように鋭く、獅子のように低く響く。

 ヤツは棹立ちになり、たてがみと四肢の炎が一層燃え盛った。

 前足が地面を踏み鳴らすと、一瞬、炎が波のように広がる。周囲が一瞬、パッと明るくなる。炎はたった一メートルそこら広がっただけなのに、ほのかな熱気が俺の頬に伝わった。凄まじい火力。なのに、ヤツの炎は、周囲のものを何一つ焦がした様子がない。


 あれは炎じゃないのか? あれだけの熱気なのに?


 問題の解決はまずつぶさな観察からだけど、どう見たって、あれは炎にしか見えない。

 ヤツが姿勢を低くとった。直後、ヤツはこちらに向かって一直線に駆け出した。


 直感した。これは体当たりだと。


 某モンスターの技ではショボイ扱いの『体当たり』だが、常識的に考えて、あの巨体の体当たりをマトモに受ければ、あの世逝き間違いない。

 となれば、取るべき手段は回避一択なので、俺はステップを降り、マタドールのそれよりはるかに余裕のあるタイミングでヤツの進路上を避けた。

 が、ヤツの瞬発力は俺の予想を超えた。

 ヤツは一瞬にして方向を転換し、俺を再び進路上に捉える。

 こうなりゃ俺も死にもの狂い。ヤツの進路から逃れようと全力疾走。眼の前に薮があったがそれに構っていられない。躊躇ちゅうちょしてる余裕はない。俺は薮の中へ全速力で飛び込んだ。

読んでくれてサンキュー。

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