氷の魔法使いでクールな少女ケイ。外見は俺(コーイチ)より年下に見えるけど、中身はとっても大人びてるんだ。
投稿したと思ってたら投稿してなかった。何が起こったのか(以下略)
三十分ほど歩いて、ケイが足を止めた。
「ここが、アコード様が一角獣に襲われたトコ」
ケイが、相変わらず抑揚薄く言った。
『襲われたトコ』と言っても、木々草花が生い茂るだけで、それらしい痕跡のようなものはどこにも見当たらない。
「特に変わったところはなさそうだけど……」
俺が言うと、ケイはコクリと頷いた。
「そう、何もない。コーイチ様、これから私が言うことは、誰にも話さないで欲しい」
ケイは相変わらずの無表情で言った。表情が変わらないから、内緒話が一体どういった性質の話なのか、全く予測できない。
とは言っても、昨日出会ったばかりの人間に話すようなことなのだから、きっと大したことじゃあるまい。
「わかった、誰にも言わない。あと、様は付けなくていいよ」
様付はちょっぴりくすぐったい。
「多分、アコード様は嘘を吐いてる。私は、アコード様が怪我を負ってご帰邸された翌朝ここに来たけど、その時既に足跡もケーディック様の血痕もなかった。枝も葉も、虫や小動物がかじった程度の傷しかない。多分、ここにはそんなもの、最初からなかったんだと思う」
「てことは、アコードが襲われたのはここじゃない、ってことか?」
「多分そう。けれど私は、『アコード様が一角獣に襲われた』、ということ自体を疑ってる」
「えっ……、なんでそうなるんだ?」
「アコード様は一つ、確実に嘘を吐いてる。アコード様はここで襲われたと言ったけど、ここにそんな形跡存在しない。つまり、襲われた場所はここじゃない。問題は、どうしてそんな嘘をついたのか」
「嘘をついたつもりはなかったんじゃないか? 記憶違いとか、言い間違えたとか」
「それはない。あれを見て」
ケイが指を差す方には一本の大きな木があった。それはよく見れば、周囲の木とは微妙に種類が違っている。周囲の木に比べ、葉の色が明るく、幹の色が濃く暗い。
「あれは『ヤムの木』。この山ではたった一本しかない珍しい木。アコード様は『ヤムの木』をとても気に入ってて、山狩りに来た時はいつもあの木の根本に座り、もたれかかって休憩するの」
「なるほどな。たった一本しかないお気に入りの木がある場所を間違えたりしないか。でも、アコードは何でそんな嘘をつくんだ?」
「人が嘘をつく理由は、往々にして、知られたくないことを隠すため。アコード様は自身の怪我について何か知られたくないことがあるから、一角獣に襲われたという嘘をでっち上げている、と考えられる」
「アコードは一体何を隠したいんだ?」
「そこまではわからない」
ケイは首を振った。
「誇りに関わることかもしれない。貴族は何よりも誇りを重んじるから。コーイチはどうする?」
「え、どうするって?」
「アコード様は間違いなく嘘を吐いてる。まだ報酬も貰っていないあなたが、ただの親切心だけで嘘に付き合う必要はないと思う」
「いいのか? そんなこと言って。俺にとってアコードはただの他人だけど、君にとっては主筋、もしくは雇い主なんじゃないか?」
「アコード様は私の主の弟君。だから、内緒にして欲しいって言った」
「もちろん誰にも言ったりしないよ。でもまぁ、君の言うことももっともだな。確かに、俺には嘘に付き合ってあげるだけの義理がない。けど、俺が約束したのはアコードじゃなくて姉のグレイスの方だし、たとえアコードが襲われた場所について嘘をついていたとしても、アコードの言うこと全部を嘘だと決めつけるのはまだ早いと思う。それに、アコードが嘘をついていようと、君は一角獣を探すんだろ?」
「それが主命だから」
「だったら俺も手伝うよ。人手は多いほうがいいだろ?」
ケイが俺にそっと近づいてきた。至近距離に立つと、俺の顔をマジマジと見つめてきた。あまりにも近く、あまりにも見つめてくるもんだから、俺は思わず半歩後ずさった。
「な、なんだ……?」
「コーイチ、あなた変わってる」
「えっ、どこが?」
「全部。見た目も、匂いも、言動も、中身も。普通の人と全然違う。普通なら、神聖な獣を殺すなんて仕事を引き受けたりしない。しかも依頼者の弟は嘘を吐いてる。客観的に見てすごく怪しい仕事なのに、何故かあなたは引き受けてくれた」
「見た目とかは、自分じゃよくわかんないけどさ、一角獣狩りを引き受けたのは単純な理由だよ。俺はここの生まれじゃないから、一角獣を神聖視してないし、弟を助けたい一心で、自らの身体を差し出そうとする姉がいたら、助けてやりたいと思うのが人情じゃないか。それに、俺はこの仕事、それほど怪しく思ってないよ。本当に何か裏があるような仕事なら、君の口から『怪しい』なんて言葉出ないだろうし。別に裏があるわけじゃないんだろう?」
ケイはコクリと頷いだ。
「私は一角獣狩りを手伝うことを命じられているだけ。けど、ご主人様や弟君には何か別の意図があるのかもしれない」
「確かに、その可能性はあるなぁ。というか、君はグレイスさんに仕えているのに、ご主人をそんな風に邪推するような目で見ていいのか? そこまで忠誠を誓っているわけでもないってことなのか?」
ケイは首を振った。
「邪推じゃない。冷静に物事を見てるつもり。そして、それが私なりの忠誠」
ケイは初めて、俺に笑って見せた。薄っすら微笑んだ。可愛らしく、どこか誇りに満ちて見えた。無表情のときとは打って変わってあどけなく、それがとてもよく似合っていた。
なるほど、ケイの言うことはつくづくもっともだ。忠誠にも色々な形があるらしい。彼女の言う忠誠は、ロボットの忠実さとは違う、ということなのだろう。
「コーイチ、あなたさっき人情って言った」
「うん、言った」
「裸の美女に迫られれば、それを抱いてあげるのが人情じゃないの? それに、据え膳食わぬは男の恥とも言うし」
さっきのあどけなさはどこへやら、百八十度反対の突然アダルティな話になった。ギャグマンガなら、ずっこけてるところだ。年下に見える少女だが、中身は俺よりずいぶん進んでいるらしい。
正直このテの話題は俺の手に余る。それが年下に見える少女からなのだから、なおさらだ。
「抱かないのが人情ってこともあるのさ」
ケイの表情を見るに、イマイチ俺の言っている意味が伝わっていないらしい。そりゃそうだ。何故なら、言った本人すら、意味がよくわかっていないのだから。ただ何となく、かっこよく決まった、という気がしているだけだ。
「さ、それはともかく、一角獣を捜そう! 君は主命を、俺は約束を果たそうじゃないか!」
ケイは頷いた。
気まずく、何とも答えにくい話題を切り上げることに成功した俺は、それから再びケイ先導で山をあっちこっちうろちょろした。
しかし、数時間歩きまわっても一角獣の痕跡は発見できなかった。
やがて日が暮れ、俺達は山小屋に戻った。
結局、今日一日の成果はゼロだった。
ブクマが増えて嬉しい今日このごろ。
読んでくださり恐悦至極にございます。




