グレイスの語りが長い。
語りが長い。
グレイスの頼みをきいてやりたいが、まだ『YES』とは言えない。まだ肝心なことを聞いていない。返事はそれを聞いてからだ。
「グレイスさん、俺はまだ大事なことを聞いていません。一角獣を殺さなければならない理由です。一角獣を殺すことが、どうして弟さんを助けることになるのか、聞かせてくれませんか?」
グレイスは顔を上げ、ゆっくりと頷いた。
「あれは四日前のことでした。弟は山狩りが好きで、その日も共を連れずに狩りをしておりました。ケーディック家の次期当主ともあろう人が、単身で緑深く険しい山に入ることなど、本来許すべきことではないのですが、かと言って、言って聞く人でもないのです。弟は一流貴族の子息としては、奔放に過ぎるのです」
グレイスは深い溜め息をついた。
「山狩りの時は、いつもなら日が沈むまでには邸に帰ってくるのですが――もちろんそうするように強く言いつけているのですが、その日は違いました。弟は日が暮れてから帰ってきました。父が病床に臥してから、弟はたがが緩みがちになっていましたので、私は弟に、名門の嫡男としての心構えを諭すつもりで、弟の部屋を訪れました。弟は顔色悪く、寝床についていました。あまりにも酷い顔色だったので、私はそれを見るなり、説教を忘れてしまいました。弟は、疲れているだけだから心配はいらない。話は明日にしてくれ。と言ったので、私は弟の言を信じ、その日はすぐに退散しました。翌日、朝食の時間になっても、弟が起きてこなかったので、私は弟の部屋へ行きました。部屋に入るとそこには、寝床で苦しそうに呻く弟の姿がありました。とても一晩でそうなったとは思えないほど頬が落ち、目は落ち窪んでしまっていました。弟はただの風邪だと言いましたがそんなはずはありません。ただの風邪で、それもたった一晩であれほど人相が変わってしまう風邪なんて聞いたことがありません。私はすぐさま使用人を呼び、医者を呼び、それから弟は多量の汗をかいていたので、服を脱がせました。すると、脇腹に、ベッタリと付いた血で、黒く変色したガーゼが貼られていました。それは治療して間もないように見えました。ガーゼのことを聞くと、始めはトボけましたが、しつこく追及するとやがて本当のことを話し出しました。偶然山中で、一角獣に遭遇し、誤って一角獣を傷つけてしまい、怒り暴れ狂った一角獣の角によって、脇腹を抉られた、とのことでした。ガーゼを取り、傷を調べてみると、それほど大きな傷でないにも関わらず、血が全く止まっていませんでした。部屋の屑籠の中を見ると、大量に血の付いた大量のガーゼが山積みになっていました。傷も癒える兆候が見られません。使用人たちは一角獣の呪いと狼狽えましたが、私はそんなものを信じておりませんから、この傷の異常は『呪い』ではなく、魔法によるものと直感しました。魔法を使って調べてみますと、直感のとおりでした。傷口に、魔法がかけられていました。いわゆる『エンチャント』です。使用人の言うことも間違いではなかったのです。いわゆる『祝福』とか『呪い』とか古の頃呼ばれていたものは、現在では『エンチャント』呼ばれる魔法によるものと判明しているのです。今まで一角獣は触れると災いを呼ぶ神秘的なものとされていましたが、何のことはなく、私たちと同じ魔法を使う、一生物だったということです。それはともかくとして、『エンチャント』は魔法で解除できるのですが、一角獣の『エンチャント』は存外強力で、私ではどうにもなりませんでした。解除魔法の専門家が必要でした。ですが、専門家を別の街から呼び寄せるにしても時間がかかりすぎます。弟の命は、長くは持たないでしょう。このままでは死を待つのみですが、あと一つだけ、『エンチャント』を解除する方法があります。コーイチ様はご存知でしょうか?」
「いいえ」
俺は頭を振った。
「それは術者を殺すことです。つまり、一角獣を殺すしかないのです。コーイチ様、もう、おわかりでしょう? 弟を救うには、あなた様のお力がどうしても必要なのです。ですから……」
グレイスは急に席を立ち、立ったばかりの椅子の横に立ち、俺を見据えた。それから、俺の目をジッと見つめたまま床に正座をした。そして、手を床に付き、静かに平伏した。
「何卒、私を、弟の命を、ケーディック家をお助けください。お助けくださるなら、私にできることなら何でもさせていただきます。ですから、どうかお助けください……!」
グレイスの、突然の土下座懇願は俺の目から見て、少しばかり芝居がかっているように見えた。
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