依頼は一角獣殺し!? この辺の人々は一角獣を神聖視しているらしい。それってマズイんじゃないの!?
「俺がいたところでは、頭に一本角を生やした馬のような生き物のことをそう呼んでいましたが、それですか?」
「加えて、体色が絹のように白く、冬の月のような淡い輝きを放ち、目は夜の空を思わせるような黒色、気性は穏やかなものの、処女にしか懐かず、警戒心が強く、臆病。そのため滅多に人前に姿を現さず、人の気配を感じると、空を駆けてその場を立ち去ると言われています。コーイチ様は一角獣をみたことは?」
「いえ、ないです」
見るも何も、俺の世界では、実際にそんな生き物はいなかった。そんな名前の『ロックバンド』はあるけれど、『ロックバンド』の方ですら、生でお目にかかったことはない。ましてや一本角の馬の方は、あくまでも空想上の存在だ。
「美しい生き物ですよ。優雅で気品があって、一度目にすれば目も心も奪われてしまいます。その姿のあまりの美しさ、十数年に一度しか目撃されない珍しさから、この地では聖獣として崇められています。聖獣故に、何人たりともそれに触れてはならない。触れれば災いが降りかかり、子々孫々まで祟られると噂されています」
話が物騒になってきた。嫌な予感がする。
「まさか俺にそれを捕まえてこい、なんて言うんじゃないでしょうね?」
グレイスは瞑目した。
ひょっとして、無言の肯定なのか……?
グレイスは瞑目したまま喋らない。
「えっ、マジですか? マジで捕まえるんですか?」
グレイスは瞑っていた目をようやく開けた。そして口を開いた。
「いえ、そうではありません」
なんだ、俺の早とちりだったようだ。俺はホッと胸をなでおろした。
「捕まえるのではなく、殺してほしいのです」
「えっ」
胸をなでおろしたのも束の間だった。もっとヤバそうな話だった。
「あ、あの、聖獣なんですよね? 美しい生き物なんですよね? 触れれば災いが降りかかるんですよね? そんな恐ろしい生き物を――捕まえることすらヤバそうな生き物を、捕まえるどころか殺すんですか? 捕まえるのはダメで殺すのは良いんですか? そんなことってありえますか? 後々大変なことになったりしませんか?」
「ですから、コーイチ様にお頼みするのです」
グレイスは笑いもせずに言い放った。質の悪い冗談にしか聞こえないが、彼女の目は真剣だった。
「コーイチ様、触れれば子々孫々まで祟られる云々は、あくまでもこの地の伝承。言い方を変えれば根も葉もない噂に過ぎません。いくら聖獣と崇められていても、所詮は獣に過ぎません。我々と同じく、この世に生を受けた生き物です。しかし伝承や噂ほど、人心を惑わすものもありません。この地の人々は疑いもせず、愚直なほどに伝承を鵜呑みにしています。敬虔に一角獣を神聖視しています。ですから、彼らに一角獣殺しを頼むなんて以ての外、口にするのもはばかられるのです。つまり、これはあなた様にしかできないことなのです」
「グレイスさんは噂とか伝承を信じていないんですよね? それなら、グレイスさんご自身でやられた方が早いんじゃないですか? 俺とは違って魔法も使えるようですし。なぜ、そうせず、わざわざ回りくどいことをしてまで俺に頼むんです?」
「コーイチ様の仰る通り、本来は私自らやらなければならないことですが、残念なことにそうはできない理由があるのです。実は私、幼少の頃に負った怪我のせいで、両足に障害があるのです。日常生活に支障はありませんが、激しい運動にはとても耐えられません。私の足では、一角獣の住処である山を歩くことはできません」
「そうでしたか……」
さきほど、グレイスの所作を見た限りでは、違和感はなく、足に障害があるようには見えなかった。
別にグレイスの言っていることを疑っているわけじゃない。彼女の目は真剣そのものだし、とても嘘をついているようには見えない。それに、一見してわからない障害なんて、世の中には沢山ある。それは世界が違ってもさして変わらないだろう。
「まだあります。私には領主の嫡女という立場があります。この地を治める領主の娘が、領民の崇める聖獣を殺せば、民心は私たち一族から離れてゆくでしょう。統治者として、領民とは穏やかに付き合わなくてはなりません。一角獣を殺せば圭角が立つでしょう。それは私たちケーディック一族にとっても、領民にとっても喜ばしくないことです。それともう一つ、もし私に障害がなく、一角獣殺しを許される立場だったとしても、私は一角獣を殺せないでしょう。コーイチ様のような強い人でなければ、一角獣は殺せません。一角獣はとても、私程度では手に負えない生き物なのです」
「ちょ、ちょっと待ってください! さっきも言いましたが、俺なんて全然強くないですよ!」
ここは即座に否定する。
過大に見積もられた評価を元に、一角獣と戦える、なんて思われても困る。
「わかっております」
グレイスはクスリと笑った。何もそこまで謙虚にならなくてもいいのに、ってな風に。
もはや何を言っても、この誤解は解けそうにない。
「たとえコーイチ様の実力がどのようなものであれ、私にはもう頼る人があなた様しかいないのです。『火剣の勇者コーイチ様』、どうか私を、そして私の弟をお助けください」
グレイスはほんの一瞬泣きそうな表情を見せ、深々と頭を下げた。
こんな美女にそれほどまでに懇願されると、応えたくなるのが男の悲しい性質だ。
読んでくれてサンキュー。