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領主の嫡女、グレイス・ケーディック。

 あったか~いでもなく、つめた~いでもなく、気まず~い空気が流れた。

 俺はすぐさま、男の証明であるブツを手で隠し、クルリと女性に背を向けた。


 「あ、あの」


 背中に声がかけられる。


 「ど、どうして裸でいらっしゃるのでしょう?」


 「寒かったからです」


 「コーイチ様は寒いとお召し物をお脱ぎになられるのですか……?」


 「いえ、そういうわけではなくてですね、雨で服が濡れてしまい、濡れたままの服を着ているのは寒かったので、脱いだ次第です……」


 裸のまま女性と喋るのは変な気分だ。こんな体験は今までしたことがない。もちろん、母親は除く。幼少の頃、母親と風呂に入ったことはあるが、しかしそんな経験はこの状況において何の役にも立たない。


 「それは申し訳ございませんでした」


 「えっ、いや、あなたが謝ることではない気がしますが……」


 「いいえ、私のせいなのです。コーイチ様をここへお呼びしたのは私なのですから」


 「俺は領主に呼ばれて……ってことは、あなたが領主……様ですか?」


 「いえ、私は領主ではありません。そのことについて詳しく説明したいのですが、その前に、『そよ風ゼファー』」


 女性の詠唱に、俺は思わず身構えた。

 今まで魔法には酷い目に遭わされ続けてきたから、その辺り敏感になっていた。

 身構える必要はなかった。女性の魔法は優しいそよ風だった。

 優しく、柔らかい風が渦を巻き、俺を包み込む。どこかから一枚のタオルがふわりと風に乗り、風によって俺の腰にするりと巻き付いた。


 「おお、すげ~……」


 素直に感嘆した。

 俺がコッチに来て、今まで見てきた魔法は、エランの『幻影イリュージョン』を除いて、後は暴力的なものばかりだった。それだけに、女性の魔法の優しさがかなり身に沁みた。普段より肉体的に少し弱っていただけに、心にグッとくる。

 何はともあれ、これで堂々と……でもないか、上半身は依然裸だし。まぁ、男の象徴は隠してあるから、前を向いて話したって問題ないだろう。前を向いて話さないのは、それはそれで失礼だし。


 というわけで、俺はクルリと前に向き直った。

 女性はまだ赤い顔をしていた。その手にはいつの間にやらハンドベルが握られていた。

 カランカランとハンドベルが振られる。

 その数秒後に、後ろでノックの音がした。

 俺はドアへと振り返った。


 「お入りなさい」


 女性が言う。

 ガチャリとドアが開き、先程俺を連れてきた屈強な男二人組みが入ってきた。

 二人のマッチョメンの巨体が無遠慮にこっちに向かってきたので、俺はサッと数歩下がり、彼らを避けた。


 「コーイチ様にお召し物をお持ちして。それと」


 「コーイチ様、お脱ぎになられたものはどうしたのですか?」


 「入れられてた地下室? みたいなところに放置してます」


 「それを綺麗に洗って乾かしておいてください。以上です」


 マッチョメンズは女性に頭を下げると、踵を返して部屋を出ていった。

 彼らは一瞬たりとも俺を見なかった。


 「コーイチ様、お召し物が来るまで、おかけになってお待ち下さい」


 女性の手で促す方には、テーブル一卓、椅子二脚があった。

 立ち続けるのも億劫なので、ありがたく座らせてもらう。

 女性もベッドから移り、テーブルを挟んで、俺の真正面の椅子に座った。

 向かい合って座ったものの、特に会話もない。気まず~い空気がまだ尾を引いている。

 そうしているうちに、再びノックの音がした。

 女性がドアに向かって入るようにと声をかけると、先程のマッチョメンズが入ってきた。女性の支持で目の前のテーブルに『お召し物』を置くと、マッチョメンズはすぐに部屋を出ていった。


 「どうぞお着替えください」


 女性は言うと、椅子ごとこちらに背を向けた。

 異性の前で服を着替えたことなんてなかったから、ちょっぴり緊張した。

 用意されたのは濃紺のシャツにズボン。スラッとタイトに作られていた。薄革の靴もついていた。

 着替え終えると、女性はこっちに向き直った。


 「申し遅れました、私、スプロケット領主、バモス・ケーディックの嫡女ちゃくじょ、グレイス・ケーディックと申します」


 バモス・ケーディックの嫡女……? たしかあのボンボンもバモス・ケーディックの嫡男とか言ってたな。ということは、この人、グレイスさんはあのボンボンの姉弟か。


 「この度の非礼、誠に申し訳ありませんでした」


 グレイスさんは立ち上がって、深く腰を折ってお辞儀した。


 「ちょ、ちょっと待ってください。この度の非礼って何のことですか? あのボンボン……もとい、あなたのご兄弟の件ですか? それとも地下室に押し込めたことですか? ひょっとしたら、俺の裸を見てしまったことですか?」


 最後のは言わなくていいことだった。言ってちょっと後悔した。わざわざ気まずいことを思い出させるような必要はなかった。危惧した通り、グレイスさんは少し顔を赤く染めて、俺を見た。


 「そのいずれもです」


 「後の二つはともかく、最初の件は何もグレイスさんが謝ることじゃないと思いますけど」


 「いいえ、アレにあなた様を挑発するように言ったのは、私なのです。私が計画したのです」


 「えぇっ、何でそんなことを?」


 「弟を助けるために、あなた様の実力を見る必要がありました」


 グレイスさんは、ほんの少しだけど、辛そうな表情を浮かべた。

 何やら訳アリらしい。


 「助けるためにって……、助けるどころか俺、大変なことをしてしまったんじゃ……」


 「いいえ、それは上手くいきました」


 言うと、グレイスさんは指をパッチンと鳴らした。

 すると、グレイスさんの右斜め後ろの空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 直後、さっきまで誰もいなかったそこに、人が現れた。


 「あっ……!」


 思わず声が出た。

 突如現れたそれは、さっき戦ったボンボンだった。

読んでくれてサンキュー!

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