黒炎に相まみえるは死の冷気。黒炎の勇者VS.氷結の領主(の息子)! 無制限一本勝負!!!
久々にバトル展開。
まず、俺のやるべきことは弁解だ。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい! こ、コレは別にそんなつもりじゃないんです!」
「では何のつもりだ?」
「勝手に火が点いたんです!」
し~ん、と場が静まり返った。メラメラと燃える火の音と、遠くで鳴く小鳥の声がハッキリ聞こえた。
壇上のボンボンと男たちも、周りの兵も皆、呆れた顔をしていた。
正直に事実を言ったのだが、それが良くなかったらしい。誰もが俺の言葉を信じていない。
俺は完全にやらかしてしまった。
ここで言うべきは、嘘くさい真実より、もっともらしい嘘だった。
そりゃそうだ。あの状況では、俺がボンボンにムカついて、火剣を抜いたとしか思えない。勝手に火が点いたなんて、子供の言い訳じみている。
俺はジュリエッタに助けを乞うため、彼女を見た。アイコンタクトを試みた。
ジュリエッタは困惑し、心配そうな表情で俺を見ていた。
『今、この危機的状況で俺を助けられるのはジュリエッタ、君しかいない! どうか俺の弁護を頼む!』
という思いを込めて、ジュリエッタにウィンクを投げた。
ジュリエッタはサッと俺から顔をそむけた。
明確な拒否のサインだ。
込めた思いが悪かったのか、弁護の余地無しと思ったのか、はたまた、ウィンクで意思疎通を図るのに無理があったのか、拒否の理由は色々と考えられる。
しかし今はそんなことを悠長に考えている時間はない。
後はもう自己弁護しか、この先生き残る道はないが、彼らの、冬の朝霜より冷たい目は、もう俺の言うことを信じてくれそうになかった。
万事休すだ。
俺を見つめるボンボンの冷たい目が、にわかに怒りに変わった。
「ここにおいて余をコケにするとは……、下郎! 楽には殺さん! なぶり殺しにしてくれる!」
ボンボンの怒声が飛んだ。勝手に解釈して勝手にキレている。
ボンボンは両手を広げた。
すると、ボンボンの方から変な音が聞こえはじめた。
ピシピシ、カチカチ、カンカン、キンキン。
どこかで聞いたことがあるような無いような、不思議な音だ。
音とともに、ボンボンの広げた両手の周りに、何かが形作られてゆく。
小さく半透明な何かだ。それはすぐに大きくなっていった。
大きくなると、それの正体がわかった。
それは『氷』だった。
形から言えば『つらら』だった。
小ぶりな大根ほどの大きさの『つらら』が、何本もボンボンの両手の周りを浮遊している。
「氷と火。面白い取り合わせだと思わんか?」
ボンボンは笑って言った。氷のように冷たい微笑だった。
「お、お待ち下さいアコード様!」
叫んだのはジュリエッタ。
ようやく、弁護してくれる気になったのだろう。
もう俺がすがれるのはジュリエッタの弁護しかない。今の俺にとって、彼女の唯一の希望だ。
「ジュリエッタを連れて行け!」
ボンボンの無慈悲な一言。
兵に取り押さえられ、ドナドナされるジュリエッタ。
俺の希望は一瞬で潰えた。
「さて、これで邪魔はなくなった。後は余とお前の一対一だ。これを望んだのだろう?」
見当ハズレもいいとこだ。わざわざこんなとこまで喧嘩しに来るもんか。俺が今望んでいるのは、平穏無事にわが家に帰って、エランの美味しい手料理を食べることだけだ。
「もしお前が余に勝てば、お前の罪を許してやろう」
言って、ボンボンは俺に右手人差し指を突き付けた。
「勝てればの話だがな……。行くぞッ!」
『つらら』の先端がこっちを向いた。
鋭く尖った先端が雨の中で怪しく光る。
ヤバイ予感がプンプンしていた。
俺はとっさに、後ろに跳んでボンボンから距離を取った。
「『氷結弾!』」
ボンボンが言うやいなや、『つらら』がこっちに向けて一斉に撃ち出された。
速い! それもかなり!
時速何キロメートル出ているかは定かじゃないが、目で追えないほどじゃあない。が、身体が追いつくかどうかはかなり怪しい。
俺は後ろに跳躍しながら、飛来する『つらら』を、黒い炎の剣で振り払った。
同時に、俺は自分でやったことに自分で驚いていた。
後ろに跳躍しながら剣を振るなんて、そんな器用なマネができるなんて思わなかった。
いや、できたというより、身体が勝手に動いた、というのが正しい。
いつぞやのジュリエッタの時、魔物に襲われた時と同じだ。
剣が意志を持ち、俺がそれに従う感覚だ。
俺は再び、それに助けられている。
剣を何度も振るいつつ、何度も後ろに跳躍する。
黒い炎の威力は凄まじい。ほんの少し触れるだけで、『つらら』を一瞬で蒸発させる。
だが、黒い炎と剣の意志による力を持ってしても、完全には防ぎきれない。
一発、二の腕をかすめた。
だが、痛みはない。幸いにも『つらら』に裂かれたのは服だけだ。
と、安堵したのもつかの間、裂けた服が突然凍り始めた!
みるみるうちに凍結が広がってゆく。
すぐさま、凍結部分を黒い炎の剣で溶かす。
間一髪、皮膚に及ぶ前に凍結を防ぐことができた。
防ぎながら後退していると、いつの間にかボンボンとの間にかなりの距離ができていた。
ボンボンは撃ってこない。『つらら』を付き従えるように身の回りに浮遊させながら、冷徹な目で俺を見据えている。射程距離があるのか、それとも、命中精度の問題なのか、単に無駄弾を嫌っているのか……。
距離ができ、ボンボンも撃ってこないので、人心地ついた。無我夢中だったのが、少し冷静になれた。
冷静になると、段々ムカついてきた。
いや、さっきからずっとムカついていたが、今はもっと怒っている。こうなったら一発ブチのめさないと気が済まない。
しかもボンボンのヤローはマジで俺を殺る気でいる。
かなりの速度で撃ち出された尖った『つらら』が人に当たったらどうなるかなんて簡単に想像がつく。ヤツにもそれがわかっているはずだ。
それにただの『つらら』じゃない。当たると凍結……、なるほど、だから『氷結弾』か。氷結したものを撃ち出すのではなく、命中させた対象を氷結させるから『氷結弾』ってわけか。
まったく恐ろしすぎる魔法だ。肌を氷結させられたらと思うとゾッとする。イボを取るには便利そうだが、健康な人に使っていいものじゃない。
気に入らない。
何もかも気に入らない。
ここにわざわざ呼び出したことも、イケメンなのも、その態度も、俺を殺す気でいることも、何もかも気に入らない。
ヤツはクソッタレ自己中野郎だ。
こういうヤツは一度痛い目を見ないと、自分がどんだけ糞人間なのか理解できない。
だから今、俺が教育してやる。
この世は自己中でいるだけじゃまかり通らないってことを、この俺が教えてやる。あの腐った性根に叩き込んでやる。
それに、巷じゃ俺は『勇者』らしい。
こういうクソッタレを叩きのめして改心させるのも『勇者』の役目と言えなくないだろう。
そう心に決めると、黒い炎が一層強く燃え盛った。
この剣は人の感情に敏感過ぎる。
だからさっき剣を拾ったあの時、突然火が点いたのだろう。
そこが良くもあり、悪くもある。
今はとても良いときだ。
強く燃え盛る黒い炎は、俺の怒りの熱さを完璧に表現してくれている。
最近沢山の人に読んでもらえてとてもありがたく思います。
読んでもらえるだけで励みになります。
これからもがんばりますのでよろしくお願いします。