領主様のおな~り~、なんて、まるで時代劇だな。
ひかえ~、ひかえ~。
ジュリエッタの言った通り、馬車は一時間ほどで領主様邸に到着した。
その頃にはもはや霧雨ではなく、ただの雨になっていた。
領主様邸はやたらとデカい。ハインライン邸より遥かに大きい。
ジュリエッタは『領主様のお館』という表現を用いるが、俺から見れば、『お館』なんて可愛いもんじゃない。
領主様邸は俺から見れば『城塞』だ。
さすがに『大阪城』、『姫路城』、『熊本城』とかと比べると、その規模は遥かに劣るが、それでも一つの家族が所有するには大きすぎる。
規模の引き合いに大阪城等出したが、作りは洋風だ。こっちで見た和風なものと言えば、ひらがなとカタカナくらいで、後は全部西洋風だ。
西洋風の城と言えば、『ノイシュヴァンシュタイン城』とか『シンデレラ城』のような、塔があり、頭のトンがった石造りの建物を想像しがちだが、領主様邸はそれとは違う。そんなに立派なもんじゃない。
領主様が住まっている本館は、というか敷地内の全ての建物が木製だ。ただ、その規模が桁外れにデカい。
デカいだけならただの洋館だが、洋館を取り囲むモノが違う。
まず大きな堀がある。
堀に水は入っていない。いわゆる空堀。幅が広く、かなり深い。それがグルっと敷地を取り囲んでいる。
堀を超えた先には、太く大きな木材がふんだんに使われた柵があった。柵も堀と同様に隙間なく敷地を取り囲んでいる。
柵の向こう側にいくつも監視台が立ち、番兵が常に、外に警戒の目を向けている。
堀と柵に囲まれ、歩哨が立っているとくれば、もうこれは城塞といっても過言じゃないだろう。
お館は、増築なのか修繕なのかはわからないが、全面的に工事中だった。
お館には足場が作られ、雨だと言うのにそこには多くの大工がいた。トンカチで釘を打ったり、木材を運んだり忙しそうだ。
雨の中、俺とジュリエッタは庭に通された。
広大かつ手入れされた緑の芝が一面に広がっている。
晴れの日なら綺麗な緑の絨毯なんだろうが、雨の日では魅力が半減だ。
庭にはステージがあり、ステージのすぐ後ろは工事中のお館だ。俺とジュリエッタはステージの前で待たされた。
ステージには屋根がある。まるで能の舞台だ。
俺とジュリエッタは雨ざらしだ。
少し遠巻きに、数人の番兵たちが俺とジュリエッタを囲んでいる。
彼らは皆、腰に剣を差している。
あまりに物々しい雰囲気。俺は緊張で急に喉が渇いてきた。
俺は最初、和やかな雰囲気の中で、会食かお茶したりするものと勝手に思い込んでいた。
想像は見事に裏切られた。これじゃまるで圧迫面接だ。
緊張の中、雨に打たれ続けるのは最悪の気分だった。
隣のジュリエッタも俺と同じ状態なのか、表情が固い。
顔も、固く結ばれた唇もやや血色を失っている。
「大丈夫か?」
俺はジュリエッタにしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「あなたこそ、顔色が悪いわ」
ジュリエッタは横目でちらりと見て言った。
「じゃ、お互い様だな」
言った直後、ドーンと大きな音が庭中に響いた。太鼓のような音だった。俺は驚き、音のした方へと目をやった。
そこには台車に乗った太鼓があった。台車の後ろに太鼓を叩く人間が一人。台車の前に台車を牽く人間が二人。三人共体格がよく、いかにも屈強だ。台車の後にも、何人もの人間がゾロゾロと列をなしている。
とその時、強く袖をひかれた。
隣のジュリエッタが俺の袖をひいていた。
ジュリエッタは濡れた芝生に跪き、顔を伏せている。
「コーイチ! あなたも跪きなさい!」
小さな声だったが、口調は強かった。それはまるで、美術館で騒ぐ子供しかる親のようだった。
俺は慌ててジュリエッタと同じ姿勢をとった。膝を地面についた。ぐっしょりと膝が濡れた。気分がもっと悪くなった。
正直言って、もう帰りたい。
ドーン、ドーンと太鼓の音が近づいてくる。
俺はちらりとステージに目を向けた。
ステージ後端に太鼓が台車ごと鎮座していた。先程列をなしていた男たちがステージの左右に列を作り、左右がお互いの顔を見合うように向かい合って座った。彼らは皆、腰に剣を帯びている。
ジュリエッタがまた俺の袖を引っ張った。どうやら盗み見るのもイケナイらしい。
ドーン!
太鼓が一際大きく鳴った。
直後、
「アコード・ケーディック様の、おなーりー!!!」
多分領主様の名前だろう。それにしても、おなーりーなんて、まるで時代劇みたいだ。
さしずめ、俺は引き立てられた容疑者、領主様がお代官様ってところか。
そう思うとおかしくて仕方なかった。
俺は思わず小さく声を出して笑ってしまった。吹き出すのを抑えられなかった。
また、隣から袖を引かれた。
どうやら笑ってもイケナイらしい。
そう言えば年末恒例の、『笑ってはいけないシリーズ』でも、今と似たようなくだりがあった。女宛に送った恥ずかしいメールを、お代官様に晒され、詮議されるというネタだ。
思い出すと余計に笑えてくる。
俺は自分の手の甲をツネって何とか笑いをこらえた。
こんな物々しい雰囲気の中で、思い出し笑いは危ない。怒られるだけならいいが、それだけで済ませてくれなさそうな雰囲気が、庭中に漂っている。
お読み頂き恐悦至極にございます。