身分違いの恋は悲恋であり悲劇の始まり。僕はコーイチ、君はジュリエッタ、それはまるで月と太陽。夜と昼ほど巡り合わない。
ネタが古すぎる。
部屋に戻ると、エランは椅子に座り、ややうつむき加減でぼんやりとしていた。
「どうした? 体調が悪いのか?」
もし体調が悪いなら、領主様のところへ行くのはヤメだ。体調の悪い子供を放っておけない。
「あ、いえ。大丈夫です。なんともありません」
エランは笑顔で言った。
だけど、その笑顔はどこかぎこちないように見える。
俺はエランに歩み寄り、屈み、彼女に目線を合わせた。
「本当か? 俺に心配かけないように嘘を吐いてるんじゃないか?」
「いえいえ、本当になんともありませんから」
エランは両手を左右にブンブン振り、俺の言葉を否定した。
その仕草も顔色も、たしかに元気そうだ。
どうやら、俺の思いすごしだったらしい。
「そっか、それならいいんだ。俺、領主様に呼ばれちゃったから、今からちょっと行ってくるよ。あのお嬢様の話によると、褒美をもらえるそうだ。お土産期待して待っててくれ」
エランは笑って頷いた。
だけど、やっぱりその笑顔も、どこかぎこちなかった。どうやら、上手く笑えないらしい。体調不良じゃないとしても、それはそれで不安だ。精神的なものなのかもしれない。病は気からというし、何か悩みがあるなら力になってあげたい。エランに暗い顔は似合わない。
「笑顔がぎこちない」
「えっ、そんなことないですよ?」
「やっぱり、なにかあるんだね? 例えば気にかかっていることとか」
「ど、どうしてそうなるんですか?」
「笑顔がぎこちないって言われて、そんなことないって、即座に否定するなんて、普通あまりないことだからね。笑顔は大抵、無意識の反応だから、笑顔の出来栄えなんて自分自身じゃわからないもんだよ。だから、普通は否定したりせず、疑問形で答えるはずなんだ。『どこが?』とか、『どうして?』って風に。ところが君は、即否定した。自分でも上手く笑えてないことがわかってたんだろ? 何故ならそれは、俺に心配をかけないための作り笑いだったから。気にかかることがあって上手く笑えないから、作り笑いをせざるを得なかった。どうだ? 当たってるだろ?」
俺は努めて穏やかに、笑顔で優しく言った。彼女の小さな手を握った。
もちろん、俺の言っていることはデタラメもいいとこだ。『エランは上手く笑えないほど気がかりなことがあるらしい』という推測からのでっち上げ。
笑顔がぎこちないと言われて、どう返答するかなんて、その時の気分次第だろう。
「コーイチ様は他人の心がわかるんですか……?」
エランは恥ずかしそうに、少し赤くした顔をうつむかせ、小さな声で言った。
反応から察するに、恥ずかしいことなのかもしれない。
エランは女の子だし、俺とは少し歳も離れている。俺に言いにくいことなんて山ほどあるだろう。
ここはあまり詰めない方が良いかもしれない。誰だって聞かれたくないことくらいあるだろう。
「いや、他人の心なんてわからないよ。今のは勘で言っただけ。でも当たってたかな? もし悩み事とかあるなら、いつだって相談にのるよ。あと、様はいらないよ」
「実は……、実は一つだけ気になることがあるんです」
エランは、やっぱり恥ずかしそうに頬を赤くし、伏し目がちに俺を見て言った。
「無理に話さなくてもいいよ?」
「ちょっと恥ずかしいですけど……、でも、思い切って言います」
伏せられていた目がパッと跳ね上がり、まっすぐに俺を見た。
マジな目と書いて真面目。
その目の意外な力強さに俺はほんのちょっぴり気圧された。
「コーイチ様は、ジュリエッタ様のことをお慕いしているんですか?」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
ああ、なるほど『慕う』か。難しい言葉を知っているんだなぁ。俺でさえ、そんな言い方をしたことがない気がする。ひょっとしたら精神的には、エランの方が俺より大人なのかもしれない。
「それが、気になることなのかい?」
エランはコクリと頷いた。
なぜそれが気がかりなのかちょっとよくわからない。
だが、すぐにある推測に行き着いた。俺とジュリエッタを比較すると、すぐにそれは思い浮かぶ。
そうだ、身分違いの恋だ。
古くから身分違いの恋はあるが、成就したためしがない。現実は言わずもがな、大体『オチの見え透いたテンプレオンリーの毒に薬にもならないありふれた創作』の中でしか成立しないし、創作の中でさえ、身分差のある恋愛は上手くいかないものの方が多いんじゃないだろうか。
しかも、ほとんどの身分差の恋愛は、悲恋に終わるだけでなく、悲劇も伴うのが常だ。
身分差云々関係なく、悲恋は悲劇を呼ぶ。
『ハムレット』、『ロミオとジュリエット』、『アイーダ』、『オペラ座の怪人』、『ガンスリンガー・ガール』、これらの作品は、結果だけ見れば、結ばれているカップルもいるが、九割以上はろくな死に方をしていない。『ローマの休日』でも、上手くいったほうだ。
悲恋は悲劇を生み、身分差のある恋は、悲恋確定路線と言っても過言ではない。
きっとエランは、それを心配しているんだろう。なんて優しい良いコなんだろうか。
「心配しないでいいよ。俺はあのお嬢様とは何にもないから」
「本当ですか?」
「嘘なんか吐かないよ」
「そうですか……。良かったぁ」
エランはニッコリと笑った。ようやく、彼女らしい明るい笑顔が見れた。
「よし、一件落着だな。それじゃ、行く準備しないと」
「お召し物用意しますね」
言って、エランは椅子を下り、クローゼットの中から服を取り出してくれた。
本当によく気がつく良いコだ。
「わざわざすまんね」
俺は礼を言いつつ、服を脱いだ。
少し急がなければならない。ジュリエッタを待たせているのに、エランとの会話で時間を使いすぎた。
俺の性分として、あんまり人を待たせたくない。
読んでくれてありがとう!




