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童貞コーイチ、無残に散る。

 沈黙があった。

 まるで時間が止まってしまったかのようだった。

 気温が少し下がったように感じる。

 そよ風になびくジュリエッタの髪とヴェールをジッと見つめた。彼女が何かを言うのはを待った。

 ジュリエッタが何かを言い出すような雰囲気はない。目をつむり、頬杖をついたまま。何やら考え事をしているらしい。

 多分ヴェイロンのことだろう。だが、何をそんなに考えているのかはわからない。


 「ずっと黙ってどうしたんだ?」


 ジュリエッタは目を開け、こちらを向いた。


 「ヴェイロンが実在し、人前に姿を現したとなると、何か良くないことでも起こるんじゃないかと思って……。それが起こる前に、ヴェイロンの存在をどうにか周知する必要があると思うのだけれど、良い方法が浮かばなくてね」


 「とりあえず、どこかの誰かに報告してみたらいいんじゃないか?」


 随分いい加減なことを言っているのは自覚している。この世界に着たばかりの俺が、この世界の政治機構やら、仕組みやらを理解しているわけないから、曖昧な言い方にならざるを得ない。


 「それも一つの手だけれど、かなり危険でもあるわね」


 「えっ、どういうこと?」


 「おとぎ話の龍が出た! なんて真顔で言いふらしたら、頭がおかしくなったと思われるんじゃないかしら?」


 「それもそうか……」


 納得。前の世界で俺が、『鬼ヶ島に鬼がいる』って力説するようなもんだな。こっちの世界はともかく、あっちの世界じゃ病院送りだな。


 「じゃあ、やっぱり君も、俺の頭がおかしくなったって思ってるのか?」


 「いいえ、さっき信じてるって言ったじゃない」


 「あれ、そうだったっけ?」


 「宣言するようなことでもないけれど、あえて宣言するわ。私はあなたを信じるわ。だって命の恩人だもの。それに……」


 言葉尻に含みがあった。

 ヴェールの向こうのジュリエッタの目が怪しく光った。

 ジュリエッタはヴェールを脱いで、素顔をさらけ出した。

 綺麗な顔だ。こんな至近距離でジュリエッタの顔を見ることが今まであっただろうか。

 胸がドキドキする。彼女はあまりにも美人過ぎる。

 ふと、いつか読んだラブコメで、似たような状況があったのを思い出した。


 ひょっとして、ひょっとするのか!?


 頭の中で、ラブコメの主人公とヒロインを、俺とジュリエッタで重ね合わせる。

 そっとジュリエッタの唇が開いた。


 「それに、あなたのこと、好きだもの」


 ジュリエッタは俺の目を真っ直ぐにみつめ、薄っすらと頬を染めて言った。

 心臓が飛び跳ねた。心停止してしまうんじゃないかってくらい、強烈に心臓が高鳴る。


 ひょっとして、ひょっとした!


 人生初の女の子からの告白。それもかなりの美人。ダブル役満。舞い上がらずにいられない。

 おかげで俺は思考停止。脳みそビジー状態。マルチタスクはおろか、シングルタスクすらおぼつかない。無意識下の自律神経すらおかしくなりそうだ。動悸がする。やけに暑い。手が震える。喉が渇く。極度の緊張状態。

 それでもどうにかして頭を働かせる。

 好き、とは言われたが、それが一体どんな意味で発せられたのか聞いていない。ラブ? ライク? この二つは似て非なる言葉。好きはどちらも内包する。そこを質さなければ。


 「それって一体……」


 俺の言葉を遮るように、ジュリエッタの白い手が伸び、腕が伸び、俺の首に巻き付いた。俺たちの距離が更に縮まる。彼女の温かな息がかかる。俺は息を呑む。彼女の花のような体臭に、俺の鼻は酔わされる。

 ジュリエッタは目を閉じた。唇が静かに、ゆっくりとこちらに差し出される。


 これはもうアレだ! アレしかない!


 口づけ。接吻。キス。愛情表現の第一ステップ。

 しかし、ここにきて俺は迷いはじめた。

 こんな流れでキスしていいのか?


 キスはしたい。でも、イケナイ気がする。まず自分の気持がわからない。ジュリエッタは俺のことを好きだと言ってくれたが、俺はどうだ? ジュリエッタが好きか? 正直、恋愛的な意味で好きと、ハッキリは言えないだろう。好きでもないのにキスするなんて、良くないことだと思う。欲望に任せてそんなことをすれば相手を傷つけるだけだ。ジュリエッタのタメを思うなら、ここは一旦冷静になるべきなのだ。

 とは、頭のなかで思っても、本能が理性を押しつぶそうとする。俺の本能は、今すぐジュリエッタを征服しようと企んでいる。


 理性と本能のせめぎあい。


 理性と本能がそうしている間に、ジュリエッタの唇がどんどん近づいてくる。

 ヤバイヤバイ!

 このままキスしちゃうぞ!

 ラッキー!

 いやいや、ラッキーじゃないぞ!

 欲望だけのキスなんて、その場限りの満足感は後々虚しくなるだけだぞ! 何より相手を傷つけるだけだぞ! いいのかそれで? 俺にとっても初めてのキスだぞ。初めてのキスを後ろめたい思い出にしてしまっていいのか? それに、すぐ側で子供が見てるんだぞ。子供の前でどうなんだそれは?

 理性は強く訴えかけてくるが、ジュリエッタの綺麗な顔、艶やかな唇を見ると、本能が優先されそうになる。

 理性と本能の混ざりあった複雑な思いが、胃の辺りからこみ上げてきた。


 いや、違う……! これは……!


 俺はとっさに、ジュリエッタの腕を振り払った。ベンチから立ち、すぐに二歩前に出て、ジュリエッタとエランの二人から距離を取った。たった二歩。これが俺にできる精一杯だ。


 俺は中腰になり、下を向き、そして……、


 「うぼぼぼぼぼろろろろろろろろおおおおおおおおえええええげげっろろろろろろろ」


 こみ上げてきたものを盛大にぶちまいた。

 どうやら俺はまだまだ酔っ払っていたらしい。ゲロを吐いて初めて気付いた。

 吐いて気分が楽になるどころか、より気分が悪くなった。緊張しすぎたせいもあるか。ダメだ、めまいがする。

 ジュリエッタとエランが何か言っているが、歪んでよく聞こえない。もうダメだ。

 スーッと意識が薄れていった。

読んでくれてありがとう!

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