ヴェイロンの力。
「実は、俺には自分の実力を文章として確認することができるんだ」
「文章? それはどこに書かれているの?」
「この辺りなんだけど……」
俺は眼前一メートル先に浮かぶ、ステータス画面を手で触った。
が、ジュリエッタは俺の手を追うばかり。どうやらステータス画面は見えていないらしい。
「俺にしか見えないみたいだね。俺にしか見えない文章が、このあたりに浮かんでいるんだ」
「へぇ、どんなことが書かれてるの?」
「かなりいい加減なヤツで、力が強いとか、弱いとか、そんな程度のことしか書いてないんだ」
細かいことは伝えない。面倒なのもあるが、時折、俺を馬鹿にするような文章があることを、正直に言いたくはない。
「ふぅん」
ジュリエッタは気のない返事をした。もう興味を失ってしまったらしい。興味の失い方の早さといったら、まるでネコ並だ。
知らない間にステータスの成長があった。ということは、知らない間にスキルを得ている可能性もある。
早速、『スキル』のタブをタップする。
「おっ」
思わず声が出た。そこには新たなスキルがあった。
【黒炎の加護】
パッシブスキル。世界の守護龍、ヴェイロンの力の断片。基礎魔力、基礎魔法攻撃力、基礎魔法耐性上昇。火魔法使用時に魔力が大幅に強化され、火が黒色を帯びるようになる。黒炎の加護の影響を受けるスキル使用時に、全身にヴェイロンの刻印が浮かび上がる。
魔力関連はこういうことだったのか。納得。それに、
「ヴェイロンって本当に龍だったんだな」
「突然どうしたのよ」
「ヴェイロンから貸してもらった力の説明にそう書いてあったんだ」
「その説明って絶対に正しいの?」
今まで気にしたことなかったけど、言われてみれば気になる。確かに、この説明って合ってるんだろうか。いや、しかしそこを疑っても仕方がないんじゃないか。誰がゲームのステータス画面を疑う?
今まで役に立ったことも少ないけど、間違ってたってこともないし、全面的にとは言えないけど、信じても良いとは思う。
「多分、大丈夫」
俺は控えめに言った。
「ということは、おとぎ話のヴェイロンは存在した、ということになるかしら?」
「龍のヴェイロンってとこは一致してるから、そうなのかもしれないね」
「だとしたら、大変なことになるかもしれない」
ジュリエッタの顔色が変わった。さっきまでの緩い雰囲気は消えた。真剣な顔つきになった。
そんな顔をされると、急に酔いが覚めてくる。
ジュリエッタは続ける。
「ヴェイロンのお話は二つあるの。一つさっき私が言った、子供向けのおとぎ話。こっちは世間一般的に知られているんだけど、もう一つは、貴族階級の物好きしか読まないもので、ごく限られた人にしか知られてないわ」
「君はもの好きなんだね」
「話のコシを折らないで」
俺は頷いた。意外に強い口調だったので、ビビって声が出なかった。
「それはかなり昔に作られた古書にあるの。誰が何のために作った古書なのか全くの不明。私はただの創作物――、ただのお読み物だと思っていたけれど、一部にはこれを旧世界の歴史書だと言う人もいるわ。それにあるヴェイロンの記述は壮大を極めているわ。確か、
力とはヴェイロンである。
ヴェイロンは天地を縦にする。
目に映る全てはヴェイロンの物である。
支配とはヴェイロンによるものである。
権力はヴェイロンのためにある。
死はヴェイロンを恐れる。
ヴェイロンは頂天にのみ立つ。
総ての決定権はヴェイロンにある。
ヴェイロンは常に見ている。
こんな感じだったはず。とどのつまり、ヴェイロンは神にも等しい存在ってわけ。私は、作者が絶対神の擬生物化として創作したのであって、ヴェイロンは空想上の存在だと思っていたけれど、あなたの話を聞くと、ただの空想の存在とも思えなくなってきたわ」
ジュリエッタは左手で右肘を持ち、右手で頬杖をついた。
「俺の会った怪物がその話を知ってて、乗っかって自称しているってこともあるよ」
「それもあるわね。でも、辻褄が合うのよ」
「辻褄?」
「そう、絶対神の力をもってすれば、あなたを誰にも気づかれずに、あなた自身にさえ気づかせずに、棺桶に仕込むことは可能なんじゃないかしら。むしろ神の力がなければ、不可能なことだと思わない?」
「なるほど、それはあるな……」
背筋がゾクリとした。絶対神と出会い、その力を体験させられた、そう考えると、寒気がするのも無理はない。
前の世界で女神様に会ったことはあるが、その外見の愛らしさのせいで、恐ろしさなんて微塵も感じなかった。
もちろん、俺自身がトラックに轢かれ、グッチャグチャのメッチャメチャになる様を見せつけられた時は、かなりの恐怖を味わわされたけど。
だが、ヴェイロンの力の恐ろしさは、その上をゆく異質さだ。
何せ、棺桶に入れられたことを、俺は全く知覚できなかったのだから。
棺桶に入られたこと、それ自体が恐いというよりは、誰にも知覚されずにそれをやってのけたという事実が恐い。
それは神への畏敬だ。
決して抗えない、雲上の存在への本能的な恐怖がそこにある。
読んでくださりありがとうざいます!