英雄の帰還。
英雄は帰ってきた。
耳をつんざく歓声が上がった。
歓声を上げながら、人々が俺たちを取り囲む。
いきなり取り囲まれ、俺は面食らうしかなかった。
目を覚ましてから、ずっとわけのわからない状況が続いている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体何なんだこれは!? なんで俺は棺桶に入れられて、火葬されそうになってたんだ!?」
歓声にかき消されないように、大きな声でエランに尋ねた。
別にエランでなくてもいい。この状況を説明してくれる人なら誰でもよかった。
エランはキョトンとしている。それはこっちが聞きたいと言わんばかりに。
「それはこっちが聞きたいわね」
エランじゃない。声はエランの後方からだった。
そこに目を向けると、ジュリエッタお嬢様が立っていた。いつも通り、二人の従士を連れいている。
ジュリエッタお嬢様はモーニングドレスを着、頭にはツバの広い帽子、顔にはベールがかかっている。それらは全て黒色だった。頭から爪先に至るまで、黒一色で統一されている。
よくよく周りを見てみると、エランも、お嬢様の従士も、俺達を取り囲む人々も皆、暗めの色の服を着ている。
まるで葬式。いや、まるでじゃなく、正にその通りなのだろう。
「いやいや、聞きたいのは俺の方だよ! なんで俺は棺桶に入れられてるんだ? 危うく生きたまま燃やされて死ぬとこだったぞ!」
俺が大声で抗議すると、周りが静まり返った。程度の差はあるが、皆、さっきのエランのようにキョトンとしている。
「あなたが自分で入ったんじゃなくて?」
ジュリエッタお嬢様はわけのわからないことを口にした。
誰が好んで自ら棺桶に入る? 悪戯っ子じゃあるまいし。俺がそんなアホな悪戯をするようなヤツだと、お嬢様に思われているのか? だとしたら心外だ。こんなイイ男を捕まえて、そんな馬鹿げたことを考えるなんて、お嬢様は人を見る目がない。
「入るわけないだろ。こっちの世界じゃ、自分から棺桶に入るのが普通なのか?」
「こっちの世界?」
「いや、それは……、なんでもないよ。とにかく、俺が自分から棺桶に入ったわけじゃないってこと!」
「あら、そうなの。てっきり私はそういう演出だと思ったわ。『火剣の英雄』が、火の中から蘇る。そういう演出なんだと思ってたわ。ちょっとクサ過ぎる気はするけど、伝説ってそういうところあるものね」
「英雄とか、伝説とかよくわかんないけど、俺は自分から入ったわけじゃない。気がついたら棺桶の中にいたんだ」
「わかったわ。少し待ちなさい。ヴィッツ、ヤリス。棺桶を作った人を呼んできてちょうだい」
ジュリエッタお嬢様は二人の従士に命令した。
ほんの数分で二人の従士が、二人の男を連れて帰ってきた。
壮年の男と、あどけない少年だ。二人は不安そうな顔をしている。
「お嬢様、この二人が棺桶を作ったそうです」
「ご苦労様。二人に聞きたいことがあって呼んだの。あなたたちが棺桶に蓋をしたとき、中にこの人が入ってた?」
俺を指差すジュリエッタお嬢様。
「いいえ、皆様が棺に花を手向けられた後は、確かに誰も入っていないことを確認してから蓋をしました。倅が証人です」
言って、男は少年の肩に手を置いた。
「なんでしたら、蓋をした後、棺を運んだ連中にも聞いてみて下さい。棺に人が入っていれば、重さで気付くはずです。コーイチ様が死体を残さず亡くなられたことはここにいる皆が知っているので――」
「えっ、ちょ、えぇっ!? 俺が死んだ!? ってことは、コレって俺の葬式だったの!?」
こっちに来てからというものの、かなりの高頻度で驚かされてきたが、これは今までとはまた違ったタイプの驚きだ。
今まではファンタジックな驚きばかりだったが、知らない間に自分の葬式が行われているというのは、ファンタジーというよりサスペンスに近い気がする。
「あら、今知ったの? それにしても気付くのが遅いのね。さっき、『火剣の英雄』が蘇る、的なことを私が言ったじゃない。そこから察してもいいと思うんだけど?」
あれはそういう意味だったのか。言われてみれば確かに、察しがついてもおかしくはない。
でも、問題はそこじゃない。
「それよりも、なんで俺が死んだことになってるんだ!?」
「私とこの子は、あなたが死んだと思っていなかったわ」
ジュリエッタお嬢様は目線をエランへと向けた。
すぐに俺に向き直った。
「でも、状況が状況だけにね。森は大火事でかなり広い範囲が焼失してしまって、それに加えて、あなたが行方不明となれば、誰だってあの大火事で死んだと結論付けるわ」
「それにしたって、葬式をするには早すぎないか?」
「それは、皆のあなたへの好意が、少し行き過ぎただけね。皆あなたに助けられたから、皆であなたを偲び、盛大に送りたかったのよ」
そうか、この人たちはあの時、劇場にいた人たちだったのか。よく見れば怪我人も多い。
「なるほど、通りで俺の葬式にしては、参列客が多いわけだ」
「皆あなたに感謝しているのよ。私も同じ。助けてくれてありがとう、コーイチ。あの時のあなた、凄くカッコ良かったわ」
ジュリエッタお嬢様は目をつむり、軽く頭を下げた。ベールの向こうの白い頬が、少し赤く染まっていた。
それが滅茶苦茶可愛い。
自己中心的で嫌なヤツだと思っていたけど、こう素直にお礼を言われると、今までの認識が途端に揺らぐ。意外と良いヤツなんじゃないか。そう思えてくる。いや、もう既に、彼女をイヤなヤツだと思っていない俺がいる。
ギャップのせいかな? 高飛車なお嬢様というイメージだったが、素直にお礼を言った顔は、お淑やかなお嬢様って感じだった。
この振り幅の大きさが、俺の胸にクリティカルに突き刺さる。可愛すぎるぜジュリエッタ。
「いやぁ、そう言われると照れますねぇ」
俺は後頭部を掻き掻き、マジで照れながら言った。
「何にせよ、無事に帰ってきてくれて良かったわ」
ジュリエッタお嬢様は俺の手を取り、俺の隣に立った。そして、取った手を、高々たと揚げた。
「皆、英雄の帰還よ! 今からは葬式じゃなくて、英雄の帰還祭をしましょう!」
割れんばかりの歓声が起こった。
あまりにうるさくて耳を覆いたくなるくらいだった。
まぁ、俺のために集まってくれているし、俺の帰りをこれだけ喜んでくれるのはもちろん嬉しい。英雄なんて言われて、とてもいい気分だ。
これだけ多くの人を助けることができ、これだけ多くの人に感謝されるなんて思いもよらなかった。あの時、無茶して良かった。ガラにもなく、カッコつけた甲斐があった。今なら心の底からそう思える。
でもやっぱりこんなに注目を浴びるのは、ちょっぴり恥ずかしくもある。
そこからは、飲めや騒げやの宴になった。
お読み下さり、まことに、まことにありがとうございます!




