起きたらでっかい怪物がいました。
目を覚ますと、目の前に巨大な何かがいた。
それは金色に輝く目で、俺を見下ろしていた。
気を失っている間に日が暮れてしまったらしい。辺りは暗く、星明りしかない。
闇の中、煌々と光る金の目に見つめられて、俺は思わず身体を震わせた。
ビビったのもあるが、やけに寒いせいもある。
近頃、夜がこんなに冷えた覚えはない。冷たい空気に、裸の上半身がかなり辛い。
巨大な何かが、サッと頭を動かした。
一瞬、『食われる!』と思った。
巨大な何かは、獰猛な怪物といった顔立ちで、この怪物には、俺を一飲できるだけの口があり、その口が、ガバっと大きく開き、鋭い歯列を俺に見せつけたからだ。
「お前は何者だ?」
巨大な怪物が言った。
声音は顔に似つかわしくなく、ビックリするほど穏やかだった。
だが、もっと驚くべきは、怪物が言葉を発したことだ。怪物のくせに、人間の言葉を話しだした。
怪物はデカい。十メートルはゆうに超えている。
背中に折り畳まれた翼のようなものが見える。
薄紫色の筋肉質な肉体は、人間のものと爬虫類の間のような奇妙な骨格。
頭部は恐竜か犬か猫か鳥か、あらゆる生き物の凶暴な面をごちゃ混ぜにしたような、獰猛で、恐ろしい造形。
耳、腕、足、何本かの指に金色に光るリングをしている。怪物のくせにお洒落さんらしい。
それが、うんこ座りで俺を見下ろす。
お前こそ何だよ、と言ってやりたい気持ちはあっても、実際そうするだけの勇気はなかった。
「こ、コーイチと言います。スプロケットの街に住んでいます……」
俺は輝く目に向かって言った。
「俺が聞きたいのはそういうことじゃない。お前が何者で、何の目的があってここにいるかということだ」
俺はキョロキョロと辺りを見回した。何の目的が、と言われても、俺の意志でこんなところに来た覚えはない。
大火事に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥っていたのが、気を失う前の最後の記憶だ。
それがどうして、こんなところにいるんだろう?
自分でもわからない。
周囲は夜の闇に包まれ、確かなことはわからないが、多分ここはあの時の森じゃない。
ここには何も無かった。ただ硬い土と石と岩があるだけで、他には何もない。燃えカスの一つすらないから、森の燃え跡でもないだろう。
「単刀直入に訊く。異世界から何の用があってここにきた?」
俺はかなり驚いた。こっちにきて一ヶ月とちょっと。
その間、俺が異世界から来たことを言い当てた人はいない。疑われたことすら無かった。
エラン以外の誰にも異世界から来たことは言っていない。
こいつは何故そのことを知っているんだ!?
エランにこんなコワモテのお友達がいるとも思えない。
「ど、どうしてそれを……」
「お前からは異世界の匂いがする。かつてそういう奴がいた」
お、俺ってそんな匂いさせてたのか?
それってクサいのかな?
ワキガみたいな感じなのかな?
だったらイヤだなぁ。
こっちに来てからめっきり風呂のペースも落ちたし、その可能性はあるなぁ。
この怪物の鼻が特別製で、人間にはわからないくらいの匂いを嗅ぎ分けられる、という可能性の方を信じたいが……。
「さぁ、質問に答えろ。隠し立てはするなよ? 手荒なマネはしたくない」
ちょいちょいビビらせてくるのは勘弁して欲しい。
ただでさえ寒いのに、余計に身体が震えてしまう。
こんなデカイ怪物に手荒なマネなんかされたら、即、あの世行き間違いないので、もちろん正直に答える。
「実は死にかけて、女神様が云々、かくかくしかじか、なんたらかんたら……」
俺は怪物に、事情を余すことなく話した。
話し終わると、突然、怪物が勢い良く、そのデカイ顔を近づけてきた。
デカイだけあって、かなりの風圧が起こった。俺はほんの少しよろめいた。風のお陰で滅茶苦茶寒かった。
マジで勘弁して欲しい、このままじゃ風邪をひきそうだ。
「この匂い、嘘は吐いていないようだな」
どういう理屈なのかわからないが、異世界から来たことを当てられるだけでなく、嘘かどうかも嗅ぎ分けられるなんて、物凄い嗅覚だ。嗅覚も怪物級か。
「昔、お前のように異世界から来た奴がいた」
怪物はあぐらを組んで座った。巨体が目の前で体勢を変えたから、地面に震度一くらいの揺れが起きた。
「そいつもお前と同じように、神から力を与えられていた。お前よりはるかに強力な力だ。奴はその力を使って、この世界を食い物にしようとした。いや、ほとんどしていた、と言った方が正しいな。力を使ってやりたい放題。気に入らない者がいれば、遊び感覚でツブし、女がいれば、本人の意志に関係なく自らの物にした。金、領土、名誉、何もかも手に入れようとした。力が欲を呼び、欲がまた新たな欲を呼ぶ。欲の底なし沼だ。しかし奴は幸せではいられなかった。少なくとも、幸せでいられたのは僅かな間だけだ。どうしてかわかるか?」
俺は首を振った。
「俺が殺したからさ」
怪物がニッと笑って言った。怪物の顔は人間のそれとはかけ離れているから、実際は笑っていないのかもしれない。
だが、少なくとも俺にはそう見えた。
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