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四方六方八方火事。

火を使う時は注意しよう。

 森の中に低くこだまする唸り声が、パッと一斉に途切れた。

 一瞬の静寂。

 それが合図だった。

 直後、爆音のような唸り声が無数に起こった。


 唸りを上げ、茂みからいくつもの影が飛び出した。

 疲れすぎたか目がかすみ、犬っころどもが、犬っぽい影にしか見えない。

 影の数を数えている余裕もなければ、どのように斬り伏せるかを考える余裕もない。

 ただ本能に任せるしかない。


 斬る。

 ただ斬る。

 ひたすら斬る。

 斬って斬って斬りまくる。

 目についたもの、俺に向かってくるものは全て敵だ。

 今の俺は狂戦士バーサーカーだ。


 理性も思考も邪魔でしかない。

 そんなことに残り僅かなリソースを割くわけにはいかない。今は本能だけで戦うことこそ理想だ。

 剣から伝わる感覚に、本能的に応えるだけでいい。

 どれだけ斬り続けたかわからない。一分か十分か一時間か。

 もはや大まかな時間の感覚すら失っていた。


 その時だった。


 プツリと、何かが切れる音がした。俺の中で決定的な何かが切れる音が。

 不意に視界がぐらりと揺れた。目の前がやけに暗い。

 そう思った瞬間、足に全く力が入らなくなった。

 姿勢を維持することも、受け身を取ることもままならず、俺は仰向けにぶっ倒れた。

 気がつけば、息が上がっていた。

 ドラムロールする心臓。

 クマゼミの鳴き声のような耳鳴りがする。

 にわか雨に打たれたように、汗で全身ずぶ濡れ。

 筋弛緩剤でも打たれたんじゃないかってくらい、手足に力が入らない。

 丸一日徹夜したときくらい、目も開かない。


 いよいよ末期だ。終末、終焉、終局、終幕、終戦、終了、終結。

 俺の人生はいよいよ完結を迎えるようです。

 元の世界にいる父上、母上、異世界で果て、先立つ不幸をお許し下さい。

 まぁ、やれるだけのことはやったんだ。しかも褒められることをやったんだ。満足満足。よくやったぞ俺。ナイス俺。カッコイイぞ俺。自分で自分を褒めてやる。

 ただ、ちょっとカッコつけ過ぎかな。何も死ぬまで頑張る必要はなかった気がする。

 決闘という名の殺し合いを観戦するなんて悪趣味な奴ら、別に助ける義理なんてなかったのにさ。


 そんなこと考えても後の祭り。

 人生って、なるようにしかならないもんさ。

 それに、案外そういう自分が気に入っている。見ず知らずの人を助けてしまう自分がわりかし好きだ。

 そんなお人好しの馬鹿が一人くらいいてもいいさ。

 疲れた。俺は寝る。起こさないでくれよ、死ぬほど疲れてるんだからさ。

 目を閉じ、犬っころに食われるのをジッと待った。

 悲しいことに、もはや今の俺にできることは、たったそれしかない。


 が、犬っころは来ない。気配もない。唸り声も聞こえない。

 何を躊躇しているんだ?

 こっちはもう覚悟決まってるんだ。一思いにさっさとやってくれ。

 トドメの一撃をただ待つのは、気分の良いことじゃない。しかもそれが長く続くとなると最悪だ。

 ギロチンに掛けられ、ギロチンの刃が自分の首を落とすのを今か今かと待つ気分。最低最悪の気分だ。

 唸り声の代わりに、何かが弾けるような音がする。パチパチ、パチパチうるさい。

 それにやけに暑い。犬っころ相手に運動しすぎたせいかと思ったが、そうじゃないようだ。

 何かおかしい。何だこの暑さは。


 普通森の中といえば涼しいと相場が決まっているはずだ。それなのに、汗が滝になるほど暑いぞ。犬っころとの運動直後より汗をかいてしまっている。

 異世界の森ってのは、暑いもんなのか?

 それとも、異世界特有の、未知の気象現象が発生しているのか?

 風が吹いた。熱い風だ。暑い、じゃなく、熱い風。肌が焦げそうなほど熱い風。

 あまりの熱さにビックリして飛び起きた。

 飛び起きられたことにも驚いた。短時間でそこまで回復しているとは思わなかった。

 目をこすり、それから辺りを見回すと、目の前が真っ赤だった。


 火だ。炎だ。

 火炎が森の植物という植物を余さず燃やし、盛大に勢いをつけている。

 四方六方八方手裏剣も恐ろしい状況だが、四方六方八方大火事の方がもっと恐ろしい、と俺は思う。

 手裏剣は当たらなかったり、当たっとしても当たりどころが良ければ助かるかもしれないが、大火事はどうしようもない気がする。

 この火事は多分、いや、確実に俺のせいだろうな。

 マッチ一本ですら火事の元なのに、俺は松明より危なっかしいものを、無我夢中で振り回しまくってたわけだからな。そりゃ火事にもなるよ。

 今日は暑く、空気や、森の植物が乾燥していた、ということも考えられるな。

 何にせよ、火種は俺なわけだけど。


 そういや、その火種はどこにいったんだ?

 気がつけば手に無かった。周囲は炎ばかりで、ちょっとどこにあるかわからない。

 犬っころの姿も見えない。そりゃ、こんな火事になってたら逃げるよな。

 一難去ってまた一難。犬っころ去って、火事が来る。しかし結果は変わらない。死因がちょっぴり変わるだけだ。

 犬に食われるのと、火に焼かれるのとは、どっちがキツイ死に方だろうか?

 考えるまでもない、多分どっちもキツイ。


 辺り一面火の海。おかげで息も苦しくなってきた。

 もうダメだ。流石にどうしようもない。熱すぎる上に酸欠だ。頭がクラクラする。

 俺は再び仰向けにぶっ倒れた。

 今度こそダメだ。もう意識も保てない。

 薄目を開けると、黒々とした煙と、燃え盛る赤い炎が空に向かって伸びてゆくのが見えた。最期の景色として相応しい幻想的な風景。


 そこに、黒い影が現れた。さっきの犬っころとは桁違いの巨影。それは猛烈な風圧を伴ってやってきた。

 なんか凄いのがいるなぁ……。

 酸欠で朦朧(もうろう)とした意識では、その程度の感想が関の山だった。

 視界が真っ黒になった。そこで意識を失った。

読んでくれてありがとう!

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