火剣の勇者
ちょっとしたシリアスが続いております。
一体の犬っころが俺に向かって駆けてくる。
「『オーラスキャン』」
久しぶりに『オーラスキャン』を使った。犬っころがどれだけ強いのか、確かめてみる。
『体力』 :並の犬じゃないぞ。
『魔力』 :無し。
『物理攻撃力』 :噛まれると死ぬほど痛いぞ。
『物理耐性』 :そこそこタフ。
『魔法攻撃力』 :無い。
『魔法耐性』 :無いよ。
『器用さ(物理)』:教えれば芸くらいはできるようになるかもね。
『器用さ(魔法)』:無いってば。
『幸運』 :あんまり良くない。
『幸運』が、あんまりだって? あんまりどころか、全然ダメだろ。犬っころの命運は、既に尽きているも同然だ。
牙をむき、大口を開け、飛びかかってくる犬っころ。素早いが、単調すぎる。『燃え盛る怒りの剣』を遣う、俺の敵じゃない。
犬っころの大口に向かって、一振り。炎の刃は犬っころを一瞬にして両断した。犬っころの命運は文字通り、燃え尽きた。
あまりにもあっけない。あっけなく思えるほど、『燃え盛る怒りの剣』は強力だった。ただ威力が凄まじいだけじゃない。剣が俺に力を与えてくれている。全身に力が漲り、どのように動けばいいか、どうすれば敵が斬れるか、俺に教えてくれる。
また一匹、飛びかかってくる。どいつもこいつもワンパターン。所詮動物。俺は屈むと同時に、剣を払い、容赦なく斬り捨てる。
両断され、燃える死体を見て、ふと思った。
この力があれば、ここにいる人たちを救えるんじゃないか?
ステージに上って、周囲を見回した。数え切れない数の犬っころが跳梁跋扈している。
無謀だ。あまりにも数が多すぎる。自分の命さえままらない状況で、他人の命を心配している余裕なんかない。邪魔になりそうなヤツだけ斬って、後は一目散に逃げるのが、賢いやり方だ。
だが、こんな凄惨な状況にいれば、賢くなんかなれない。結局俺は馬鹿なんだ。賢くなって逃げ出すくらいなら、やれるだけのことをやる馬鹿の方がよっぽど良い。なんて、ちょっとカッコつけすぎかな? こんなこと思うのも、きっと剣のせいだ。剣が俺を勇敢にさせる。勇敢を通り越して、無謀になってる気もするけど。
ま、やれるだけのことはやってみるさ。
俺はステージを下り、目についた犬っころを片っ端から斬り捨てる。一匹、二匹、三匹、数えられたのはわずかにそこまで。そこからは無我夢中で斬りまくる。四方八方から飛びかかる犬っころどもを相手に、考える余裕はない。無心だ。無の境地だ。
仲間を殺されて怒ったのか、犬どもが積極的に俺を狙い始めた。それはこっちとしても大歓迎だ。
機を見て、俺は劇場の階段を駆け上がった。ちらっと後ろを見ると、ほとんどの犬がぞろぞろと付いてくる。
これじゃ『ハーメルンの笛吹き男』じゃなくて、『バイアス劇場の火剣男』だな。
だが、これでいい。これで生き残った人たちを救える。
素直に嬉しかった。自分が沢山の人を救ったのだと思うと、感激だった。まるで英雄じゃないか。いや、まるでじゃない。正に英雄なんだ。『火剣の勇者』として語り継がれたいもんだ。
戦いで、アドレナリンが出すぎてるんだろう、俺は高揚しすぎている。自分でわかる。疲れて苦しいはずなのに、不思議と楽しさすら感じる。
「さぁ、ついてこい、犬っころどもッ!」
俺は雄叫びを上げた。高揚した気持ちがそうさせた。
すり鉢の縁に到達した時、もう一度後ろを振り返った。ステージの近くに、ジュリエッタお嬢様がいた。ほんの一瞬、彼女と目が合った。
相変わらずきれいな目をしていた。こんなきれいな目をした人とは、もっと別の形で、もっと平和な形で知り合いたかった。俺は彼女の目を、深く心に焼き付けた。
もう二度とあの目を見ることはないだろう。ハイになっているとはいえ、そのくらいのことはわかる。俺は間違いなく、ここで死ぬ。そのくらいのことは、俺でもわかる。
もう疲れ切っていた。限界は近い。
俺は襲い来る犬を斬り払いつつ、何とか、近くの森まで走った。森のなかに入ってしばらくすると、犬どもの姿が見えなくなった。俺は適当な木に背中を預けた。背中を預けると、気が抜けてしまった。気が抜けると、今度は足に力が入らない。木に背中をくっつけたまま、ズリズリと足が曲がり、腰が落ち、ペタンと座り込んでしまった。
犬どもの姿は見えないが、気配は感じる。ヤツらは抜き足差し足忍び足、音も立てずに俺を取り囲んでいる。完全に俺を包囲している。包囲陣が、じりじりと狭まってくるのを感じる。
いよいよ、ゲームオーバーか。メインクエスト『混沌の指環探索』は失敗。サブクエスト『劇場での人命救助』は見事達成。ゲームならこんな感じかな。
ま、俺にしては頑張った方だろ。ほんの一ヶ月とちょっと前まで、ただの運の悪い高校生が、沢山の人を救うなんて、出来過ぎといえば出来過ぎだ。
虎は死んで皮を残す。俺は死んで名を残す。そうであって欲しい。多分、誰か言い伝えてくれるだろう。『火剣の英雄』のことを。
疲れ果てているせいか、着々と迫る死に、不思議と恐怖を感じない。
手の剣はまだメラメラ燃えている。
どうやら俺は――、少なくとも剣は、まだ戦うことを諦めていないらしい。
「来るなら来いよ……」
言って、俺は立ち上がり、剣を構えた。
犬っころの唸り声が聞こえた。無数の唸り声。それは俺を取り囲んでいる。
さて、何体、道連れにできるかな……?
読んでくださりありがとうございます!




