憂鬱な決闘は劇場で! 早く来すぎたので眠ろうか。果報は寝て待てってね。
寝起きに憂鬱って最悪だよね。
夕食を済ませた後は、すぐ寝床についた。
今日もかなり疲れていた。日中の肉体労働に加えて、夕食前のお嬢様の訪問に、肉体、精神の双方が疲れ切っていた。
「お先に休んで下さい」
というエランの言葉に甘えさせてもらうことにした。寝床に入ると、すぐに眠ってしまった。
起きると、朝だった。ずいぶん早起きしたらしく、エランは隣のベッドでまだ眠っている。
快眠熟睡できた。身体は軽く、疲れもない。
だが、快調なのは身体の方だけで、心は沈んでいた。
鉛のように重く、つっかえるようなもやもやが胸の奥にあった。
憂鬱だ。憂鬱の正体は、昨夜のアレだ。お嬢様との決闘だ。
正直後悔している。八百長とはいえ、火の玉を一発貰うという危険な橋を渡らなければいけないことに、心底不安を感じている。
「はぁ……」
ため息をついても、胸のもやもやは吐き出せない。
どうして昨日の俺は、あんな危険な八百長を持ちかけたんだろう?
遅すぎる後悔の念が頭をよぎり、心に重くのしかかる。
今にして思うと、昨日の俺はイライラしすぎていた。
そりゃ日中仕事した後、夕食時に厄介事を持ち込まれれば、それも、それが相手の都合の一方的な押し付けとくれば、誰だってムカつくと思う。
疲れていたし、しつこく自分勝手なお嬢様にイライラさせられてもいたし、もう金輪際関わらないようにするには、あの場は八百長計画で手を打つ他に、良いアイディアは浮かばなかった。
仕方のないことといえば、仕方のないことだ。今、より良いアイディアが浮かぶわけでもないし。
はぁ、なんでこんな面倒なことに巻き込まれなければいけないんだ。
メンドくさ
めんどうくさい
メンドくさ
多加賀幸一、心の一句。
今の素直な気持ちを俳句で表した。正しくは川柳だな。季語ないし。
寸評を頂くまでもなく、かなり酷い出来だとわかる。酷すぎる。かの有名な『友蔵』の足元にも及ばない。そもそも比べるのが失礼なくらい酷い。それくらい、俺の心は酷く沈んでいるというわけだ。
俺って、世界最高の幸運の持ち主なんだよな?
それがなんでこんな目に遭うんだ?
ちょくちょく、自分のステータス、スキルを疑ってしまう。
今の俺の状況は、運が良いとはとても言えないと思うんだけど……。
ステータスやスキルを疑っても仕方のない話だ。答えが出るわけでもない。なるようになるしかならない。それが運だ。
きっと八百長作戦もうまくいくはずだ。
なんたって俺は運が良いんだからな。
そう、ポジティブシンキング。
嫌なこと考えて、一日沈んで過ごすよりは、物事をポジティブに考えた方が良い。
気が楽だし、同居人にあんまり沈んだ姿を見せても悪いしな。
エランみたいな小さな子に、心配をかけるような格好悪いマネはできない。
「よしっ! 今日も一日ガンバロー!」
俺は頬をパチパチ叩き、無理にでも気合を入れる。
カーテンと窓を開け放ち、朝の恵みである陽の光と新鮮な空気を部屋に取り入れる。
うん、いい気持ちだ。
陽の光の温かさが、胸のもやもやを溶かしていくようだ。
朝の活力を得た俺は、とりあえず顔でも洗うか、と思い、共用の洗面所へと続く玄関に目を向けた。
すると、そこに白い封筒が落ちていた。もはや見慣れた封筒だ。
せっかくいい気持ちだったのに、もうテンションはだだ下がり。再び憂鬱な気持ちが胸に蔓延する。
気乗りしなかったが、放置しておくわけにもいかず、封筒を拾った。やっぱり『ハタシジョー』と書いてある。思わず溜め息が漏れた。
開けてみると、いつもと似たような文句が書かれた紙が一枚と地図が一枚。
前は屋敷に来いと書かれてあったが、今回は劇場に来いと書いてある。地図は劇場への地図だった。
地図を見る限り、劇場はかなり面倒くさいところにある。街外れの丘の頂上に劇場があるらしい。
そして、さらに面倒くさいことに、決闘の日時が今日の正午になっていた。
おいおい、フツーこういうのってさぁ、ちょっと間を置くもんじゃないのか?
こっちの常識はよくわからないけどさ。昨日の今日で決闘なんて、ちょっとはこっちの都合を考えてくれよな。
だが、あんまりネガティブになっても仕方がない。ここはポジティブに行こう。
逆に考えるんだ、今日やっちゃっていいさ、と。面倒事は早く終わるに越したことはないさ、と。
逆に考えたからといってポジティブになるわけでもなかったが、ほんの少しだけ気が楽になった。
早速、決闘へと出向くことにした。
朝早すぎる気はしたけど、行ったことのない場所だし、所要時間もわからないので、早めに出た方がいいだろう。
一応約束もしたわけだし、遅刻するのもよくないだろう。勝つ気なら、『宮本武蔵』みたいに遅れるのもありなのかもしれないけど。
顔を洗い、服を着替え、懐に錆びた短剣を仕込み、財布と地図とを持ち、エランに置き手紙を残して部屋を出た。
本当は一言言っておくべきかと思ったけど、気持ちよさそうな寝顔を見ると、起こすのは気が引けた。
部屋を出て、街で朝食の弁当と、植物をくり抜いて作られた水筒を買った。飲み食いしながら地図を見ながら街を歩いた。
二時間ほど歩いて街を出ると、そこからはちょっとしたハイキングコースだった。
広々とした道を歩き、小さな森に入り込み、丘を登った。
これが結構な距離で、かなりの時間歩き詰めだった。幸い迷うことはなかった。一本道だったし、所々に劇場への案内板があった。
劇場についた時には、もう陽は高かった。
劇場は、すり鉢状の半円形で、すり鉢の中心に平な石のステージがあり、屋根はない。ステージへと降りてゆく階段が三つあり、そこから、野球場のように階段席がステージを取り囲んでいる。観客席も、薄く加工された石が置いてあるだけの簡素なものだ。
元いた世界の、『スカラ座』や、『オペラハウス』とは比べるまでもない。
看板によると、『バイアス劇場』という名前らしい。
辺りに人はいない。俺一人。それほど大きくないとはいえ、劇場に俺一人は寂しすぎる。どうやら俺は、早く来すぎてしまったらしい。
朝っぱらから今の今まで、ほとんどの時間を歩きっぱなしだったから、少し疲れてしまった。ちょうど良い。誰もいないし、一休みしよう。
とりあえず適当な観客席にごろんと横になった。目をつぶっているとウトウトしてきた。それと同時に滅茶苦茶暑くなってきた。屋根もないし、席が石のせいもある。
眠れないわけじゃなかったが、寝たら最期、永眠になってしまいそうな気がして起き上がった。
こんなところで干物になって人生終えたくはない。休むなら別の場所だ。
一旦劇場を出た。近くに手頃な木陰があったので、そこに腰を下ろした。水筒の水を少し飲んだ。
細く長い水筒を枕代わりに横になった。
水筒が硬いのと、少し細いのが気になったが、それ以外は枕として悪くない。俺は目を閉じた。
木陰は涼しく、心地よい風が吹いていた。街には無い、緑の濃く、優しい香りが漂っていた。もの凄く気持ちが良い。
このまま、決闘なんかやらずに、気が済むまで眠っていられたらなぁ……。
スーッと意識が薄れて、俺は眠りに落ちた
読んでくれてありがとう!
これからも頑張って書きますので、応援よろしくお願いします!