決闘は、最初強く当たって、後は流れで……。
八百長はダメ! 絶対!
「単刀直入に訊くわ、どうして決闘を受けないの!?」
尻もちをつく俺に、グイと詰め寄るお嬢様。近くで見ても相変わらず綺麗な顔だ。これが決闘云々の物騒な話じゃなければ、大歓迎なのに。
「やりたくないからって、配達人に聞かなかった?」
俺は、お嬢様から距離を取りつつ、立ち上がりながら言った。
「理由にならないわ!」
せっかく、会話に適切な距離をとっても、すぐに顔を近づけてくる。よほど頭に血が登っているらしい。声もでかい。まったく、夕食時にいい迷惑だ。
「どこが理由にならない?」
「そんなんじゃ私が納得できないわ」
「じゃ、どうしたら納得してくれる?」
「あなたが決闘を受ければ納得するわ」
こいつ、滅茶苦茶だ。話が噛み合っていない。こんなのとまともに会話するだけ時間の無駄だ。
「どうぞお帰り下さい、ジュリエッタお嬢様。何と言われても、こちらは決闘を受けません」
あえて慇懃な口調。精一杯の嫌味のつもりだ。
俺は手で玄関ドアを指した。が、ジュリエッタお嬢様は帰る素振りを見せない。
「わかった! あなた私に負けるのが怖いのね。だから、決闘を受けたくないのね!」
どうやら俺を挑発しているつもりらしい。あまりにも見え透いている上に、それは俺にとって挑発になりえない。事実その通りだからだ。
「ご明察。わかったなら、もう帰って下さい」
「そ、そう、それなら、あなたが私との決闘に逃げたこと、街中に喧伝しても文句はないということね?」
「結構です。どうぞおやりください。それで決闘をやらずに済むなら安いものです」
「あ、あなたには誇りがないの!?」
お嬢様は何やら一人勝手にヒートアップしている。そんな様子を見せられると、こっちは逆にどんどん冷めてしまう。まったく、やれやれって感じだ。
「ありません。誇りの無い奴と決闘しても意味ないですよ。わかったら、もうお帰りを。夕食が冷めますので」
「あなたには無くても私にはあるの!」
突然、お嬢様の目に大粒の涙が浮かんだ。彼女はそれを零さないように手で拭う。
だが、拭っても拭っても、涙が浮かぶ。泣くまいと懸命に堪えている。
いきなり女の子に、それもよくわからない理由で泣かれて、俺は戸惑った。
戸惑うだけで俺には何もできなかった。優しくすれば、逆に彼女を傷つけかねない。そういうプライドは俺にも理解できる。
「貴族の私が、公衆の面前で平民に辱められたのよ! 貴族としての名誉を傷つけられたのよ! 平民に負けたと街の人々に陰で嗤われ、後ろ指さされ続ける人生なんて、貴族として堪えられないわ! この屈辱を雪ぐには、決闘をして勝つ以外にはありえないのよ! だから私と戦いなさい! そんなに強いんだから、戦ってくれてもいいじゃない!」
随分自分勝手なもんだ。俺には何の得もない。
「そっちの事情はわかりました。今度はこっちの事情を聞いていただきたい。あなたが誇りを大事にしているのと同じくらい、俺は自分の命を大事にしています。そんでもって、俺は弱い。あなたが本気を出せば間違いなく俺は死にます。俺は死にたくないんです。死にたくないから決闘はしません。でも決闘をしなくても決着はつけられると思いますよ。あなたの不戦勝と言う形で。あなたがさっきおっしゃったように、俺が決闘から逃げたと喧伝すればいいのです。事実その通りですし。何なら降伏文書にサインしてもいいです。それを公開すれば、あなたの不戦勝を誰もが知るところになる」
「甘いわねコーイチ。ことがそう簡単に済むなら、あなたが果たし状を無視した時点で、その旨を公表し、喧伝しているわ。でも、この街の人間はそんなものを信じない。たとえあなたのサイン入り降伏文書があったとしてもね。彼らが信じるのは、現実に行われる決闘の結果だけよ。決闘の末、敗北し倒れた者、勝利し立ち続ける者、両方をその目で見て初めて事実になるのよ」
「じゃ、こうしましょう。決闘はする。でも、まともに戦わない。決闘が始まったら、火の玉を一発俺に撃て。そしたら俺は倒れる。俺は即降参する。君は高らかに勝利宣言。これで万事解決」
「それってイカサマじゃない! 決闘というのは正々堂々――」
「いいんだよ? こっちはやらなくても。俺は困らないし」
ぐぬぬ、と葛藤に顔を歪ませるお嬢様。後一押しか。
「ここらがいい落とし所だと思いますよ? お互いに一番都合が良いじゃないですか。あなたは名誉回復、俺は死なずに済む。これの何がいけませんか?」
俺は彼女をジッと見つめた。真剣な眼差しで訴えかけた。
しばらくして、彼女は観念したように目を閉じ、ため息をついた。
「あなたの言うとおりね。わかったわ。そうしましょう」
「ジュリエッタお嬢様、あなたは誠実な方ですか?」
「……! あなた、私が約束を違えるとでも――」
「これは失礼しました。余計なことでした。お詫び申し上げます。さて、話はこれで終わりですね?」
ジュリエッタお嬢様は一瞬、俺を強く睨みつけると踵を返して、ツカツカと玄関ドアに歩み寄り、勢い良くドアを開けた。玄関から一歩外へ出て、こっちに振り向いた。
「あなたこそ、約束を忘れないでね。明日、改めて果たし状を送るわ」
言うなり、ドアが閉められた。足音が早足に去っていった。
ほんの数分の会話で、俺はぐったり疲れてしまった。
うんざりだった。貴族のわがままには付き合いきれない。
エランが困ったようにこちらを見ていた。
俺は彼女に苦笑を送った。彼女も苦笑した。声には出さないが、きっと俺たちは今、同じ気持ちだろう。
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