配達人「お、お嬢様自ら……!?」 ジュリエッタ「これ以上封筒が犠牲になっては困るのでな」
ノックの音がした。
「そう怒るなよ、コーイチ。何も本気で疑っているわけじゃないんだ。ここにコーイチが住んでいることは知っている。調べはついているんだ。だが、解せないことが一つある。お前がコーイチなら、何故決闘を受けない? 受けない理由がないじゃないか。お前は一度勝っているんだろう? ほとんど完璧な勝利だったと聞いている。それだけ実力があって、逃げる必要がどこにある?」
ドア越しの男の言っていることは滅茶苦茶だった。何から何まで間違っている。
決闘を受けない理由は山ほどあるし、あのお嬢様に勝った覚えもない。
「決闘を受けない理由は、受ける理由が無いからだ。これで満足か? わかったらその旨、向こうに伝えといてくれ」
「それじゃ納得しないだろう。お嬢様はお前に勝って、汚名返上したいんだ」
「それならそっちの勝ちでいい。そっちの不戦勝。俺の不戦敗。わかったらもう来ないでくれよ」
「ふむ……。じゃあそのように伝えておこう」
「これはいらないよ」
俺は床にあった封筒を、足で蹴って向こう側へ押しやった。
しかし、すぐに封筒が帰ってきた。
「いらないって言ってるだろ」
「『ハタシジョー』を渡すのが私の仕事だ。部屋の前に封筒が落ちていたら、私のミスだと思われかねない。信用に関わるんでね。一応受け取っておいてくれ」
面倒くさいやつだ。
「じゃあ受け取るだけ受け取るよ。その代わり、こっちの言い分も向こうにしっかり伝えてくれ。あんたも、何度も俺の家に無駄足を運びたくないだろ」
「無駄足も仕事の内だ」
その言葉を最後に、ドアの向こうから声がしなくなった。
俺は封筒を拾い、ドアを開けた。
誰もいなかった。配達人は音もなく、去っていた。
俺は封筒を開封せず、ゴミ箱に捨てた。夕食の席に戻った。
「もう来ないといいですね」
エランが苦笑交じりに言った。
俺は大きく深く頷いた。
イライラするとただでさえ飯が不味くなるのに、配達人との問答のおかげで、夕食がちょっぴり冷めてしまっていた。踏んだり蹴ったりだ。
しかし、これも今日で最後だろう。決闘はお嬢様の不戦勝なのだから。
明日からは配達人も来ず、当然『ハタシジョー』もなく、静かで平和な夕食をエランと楽しむ事ができるだろう。
と思っていたのだが、甘かった。
翌日夕食時、またまたノックの音がした。
また来たのか。もういいよ来なくて。
こっちは決闘なんかちっとも興味が無いんだよ。なんでわかってくれないのか。
「またあんたか。もう、いちいちノックしなくていいよ。封筒だけ置いて帰ってくれ」
俺はもう、わざわざ夕食の席を立つ気も起こらない。面倒臭すぎた。
立たずに、玄関ドアに向かって言った。
すると、再びノックの音。俺は席を立ち、ドアの方を見た。封筒はない。
ということは、いつもの配達人じゃなくて、別のお客さんだろうか?
「どなたでしょうか?」
俺はドアにそっと近づき、訊いてみる。すると、ノックが返ってきた。
不気味だ。何故名乗らず、ノックしかしないのだろうか。ひょっとして、ホラーなやつか?
魔法とか存在するファンタジックな世界だから、幽霊がいたっておかしくはない。
『幽霊』という単語が頭をよぎった時、俺は寒気を感じ、ブルッと震えた。
こういうのダメなんだよなぁ。
幽霊なんて信じてなかったけど、あっちの世界と違って、こっちは有り得そうなんだよなぁ。
やだな~、怖いな~、って思いながら、後ろのエランを見た。彼女も少し不安を感じているようだった。
と直後、ガチャリガチャリとドアノブが!
ガチャン! ガチャガチャガチャ!
ドアノブが激しく音を立てる!
俺はビックリしすぎて、危うくチビりそうだった。
幸いなことに、すぐに静かになった。
俺はビビりながらもそっとドアに近づいた。
何の気配もしない。だからといって、何かがそこに存在しないわけでもないだろう。気配を殺しているのかもしれない。
俺はそっとドアノブに手をかけた。開けて、確かめることにした。
止せばいいのに、と思わなくもない。が、今は恐怖心より、わずかに好奇心が上回っている。
ドアノブを回し、ゆっくりとドアを開けると、
白い手が、ドアが開くのを待ち構えていたようにサッと、滑り込んできた!
俺は口から心臓が出るくらいビックリした。
驚きすぎて、大きく仰け反り、仰け反り過ぎて、後退りするも、一歩目で足が絡まり、尻餅をついた。
女の背が目の前にあった。女はそっとドアを閉め、こちらを向いた。その一挙手一投足が優雅だった。
スタイルも良い。あの時と変わらない、一度見たら忘れられないナイスバディだ。彼女の裸が、頭にチラついた。
「お久しぶりね、コーイチ」
ジュリエッタお嬢様は薄く笑った。
俺は苦笑を返した。笑顔を返したつもりだったができなかった。顔がひきつるのを隠せなかった。
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