決闘放棄! なのにあっちがしつこすぎる! こっちは不戦敗でいいってのに……。
勝てない戦いはしない。コレ鉄則。
ひとしきり抱き合った後、食事を再開した。
夕食は少し冷めてしまっていたが、エランの作ってくれる夕食は、冷めても美味しい。
「とにかく、俺には決闘をするつもりは、さらさらないんだけどさ、受けなきゃ受けないで、何か問題があったりするのかな?」
「法律的なことは私にはわかりません。法律外のことを申しますと、主に名誉の問題だけかと。決闘の申し出を受けないことは、世間一般的には、恐れをなして逃げたとみなされ、『臆病』と誹られたりします」
「それだけ?」
「それだけといえば、それだけです」
なんだ、たったそれだけなのか。そんなんじゃ、俺の重い腰は動かせない。
「じゃあ、無視しても問題ないな」
「あの、こんなことを訊くのは失礼かもしれませんが、コーイチ様は、『卑怯者』と嗤われても、我慢できるのですか? 大抵の貴族は、嘲笑されるのを良しとせず、家名と名誉のために命を賭して決闘に臨むと聞きますが」
「まず、俺は貴族じゃないよ。俺の生まれた国に貴族なんて身分はなかった。そもそも俺には守るべき名誉なんて無い。魔法も使えないただの男にそんなのあるわけない。決闘なんて柄じゃないし、馬鹿馬鹿しい。家名とか名誉とか誇りとかのために殺し合うなんてどうかしてる。相手を殺して、自分が正しい、自分が優れてるなんて考えるのは野蛮だよ。俺はそんな野蛮なことはしたくない。というか、大前提として、やれば負けるしね。この世界に命拾いに来てるのに、自ら捨てるようなマネをするんじゃ本末転倒だよ。戦いは勝つと決まっている場合にしかやっちゃいけないって、昔の偉い人も言ってたし」
途中から、エランはニコニコ笑って俺の話を聞いていた。けものの耳が、機嫌良さそうにピコピコ動いていた。
「コーイチ様は凄いです! 決闘から逃げるは恥、という世間の風潮に縛られず我道を行き、決闘の本質は野蛮と見抜く。言われてみれば確かにそうです。家名や名誉や誇りのために相手を殺すなんて、よく考えれば恐ろしいことです。そこに気付くなんて、素晴らしい慧眼! 私、尊敬します!」
褒め過ぎだ。俺は思わず苦笑した。
エランが言うほど、俺は素晴らしい人間じゃない。
世間の風潮に縛られないのも、決闘が野蛮と感じるのも、ただ単に俺が世相ズレしているだけだ。
俺の元いた世界では、決闘なんてありえないし、もしそれで相手を殺せば、ただの殺人でムショ行き。慧眼なんかどこにもない。ただ、俺の世界の常識が、俺に染み込んでいるだけだ。
こっちの世界にとって俺は異世界人で、こっちに慣れていないだけだ。
まぁ、勘違いとは言え、褒められて悪い気はしないから、別に否定はしない。
そんなわけで、新居初日の夕食は大いに盛り上がった。
夕食を済ませた後は、歯磨きをしてすぐに就寝。明日も朝早くから仕事だ。
翌朝。朝食、着替え、顔洗い、歯磨きを済ませて家を出る。行き先はもちろん職場。決闘なんか行かない。
そもそも、行こうと思っても行けない。果たし状には屋敷に来いとか書いてあったが、屋敷がどこにあるか知らないので、たとえ行こうと思っても行けない。
あのお嬢様は、俺が屋敷を知っていると思っていたんだろうか?
それとも、誰もが知っているくらい、有名な屋敷なんだろうか?
ま、どんだけ有名だろうが、それほど興味はそそられないが。
仕事を終えて、帰宅し、夕食を取っていると、ノックの音がした。と同時に、玄関ドアの下から白い封筒が差し入れられた。
白い封筒を手にとって見ると、『ハタシジョー』と書いてあった。
またか。
一応開けて確認してみると、今日、俺が行かなかったことについての罵詈雑言がしたたかにしたためられていた。文字の端々に怒りがにじみ出ている。
行かなかったのだからあっちの不戦勝でいいのに、どうしてか、それは認められないらしい。明日の正午に自邸で俺を待つと書かれてる。
実際に戦って決着しなければ、気が済まない性質なのか。なんとも面倒くさい奴だ。
何度手紙を送られようと、行く気になるわけないので、昨日と同じく無視。
すると翌日夕食時、またノックの音がした。
「コーイチはいるか?」
いつぞやの配達人の声だった。
「いるけど、決闘はしないよ」
返事をしてやると、やっぱり封筒が差し入れられた。
手に取るまでもなく、いつもの封筒だ。
俺は一応拾い上げたが開封せず、放置した。どうせ書いてあることは同じだろうし。
翌日夕食時、またまたノックの音がした。
「コーイチはいるか?」
俺はいい加減飽き飽きしていた。
何度ラブコールされても行く気にはならないし、なれないし、なるわけがない。
無視ではその旨、上手く伝わっていないようなので、配達人に伝えてもらうことにする。
「幸一はいるけど、決闘に行く気はないよ。先方に伝えておいてくれ」
「お前は本当にコーイチか?」
失礼な奴だ。ものの尋ね方を知らないらしい。
「信じないなら信じないで別に構わないよ。俺が幸一だって証明するものもないしな。なんなら、こっちからあんたらに用はないんだ。俺としては、このままあんたが何もせずに消えてくれるとありがたいね」
いい加減ムカついていたから、つい口が悪くなる。
読んでくれてありがとう!
感謝感激雨あられ!




