幸福な男。
抱擁は優しく幸せに。
『ケットウ』、って多分『決闘』のことだよなぁ。だとしたらイヤだなぁ。そんな物騒なことはしたくない。
「決闘って書いてあるんだけど、一体何するんだ?」
一応、エランに訊いてみる。
「決闘は、お互いの誇りと命を賭けて戦うことです!」
エランはけもの耳をピンと立て、鼻息荒く言った。決闘と聞いて、何やら興奮しているらしい。
決闘ってやっぱりそういうもんか。正直、全くやりたくないよ。
向こうには守るべき誇りがあるんだろうけど、俺には、あのお嬢様と戦ってまで守るべき誇りなんてないし、自分の命を救うために来た世界で、自分から命を危険に晒すようなマネもしたくない。
まず、絶対に勝てないしね。前はたまたま不意を突けたから良かっただけで。
「面倒くさいなぁ……」
俺は盛大な溜め息をついた。空気が抜けすぎて、全身がしぼんじゃいそうなくらい盛大なやつ。
「大丈夫です! コーイチ様なら何度やっても勝ちますよ!」
「いやいや、そもそもやりたくないよ」
「え、やりたくないんですか!?」
「もちろんやりたくないよ。まず間違いなく負けるし」
俺が負けると言った時、エランは信じられないといった表情をした。
そうか、エランの中での俺は、六人のならず者たちを一瞬のうちに倒してしまう、大魔法使いのイメージが未だにあるのだろう。
一ヶ月以上一緒に暮らしてきて、『そんじょそこらのどこにでもいるただの男っぷり』を余すことなく披露してきたはずなのだけど……。強烈な第一印象は中々拭えないらしい。
ここらでもう一度否定しておこうか。
「エラン、君は勘違いしている」
俺はエランの両目を真剣な眼差しで見つめた。
「あの時君を売ろうとしていたやつらとやりあった時も、あのお嬢様とモメた時も、全ては偶然の産物なんだ。俺は地形を変える程強力な魔法なんて使えないし、お嬢様の火の玉で死ななかったのも、火の玉が運良く短剣に当たってくれたおかげなんだ」
「ホントですか……?」
「マジだ。その証拠に、君と暮らし始めてから、一回も魔法を使っていないだろ? 使わないんじゃなくて、使えないんだ。それに、俺が本当に凄い魔法使いなら、わざわざ日雇いの肉体労働で稼ぐなんてことはしないで、もっと別のことで生計を立てる。そうだろう?」
「じゃあ、私を助けてくれたあの魔法は何だったんですか?」
「あれは、魔法じゃない。多分ただの地震だ」
「そんな都合よく地震が――」
「都合よく起こったんだ。何故なら俺は、滅茶苦茶運が良いから」
「えっ」
エランの目が点になる。
そりゃそうだ。運が良いから、で済む話じゃない。
しかし、そうとしか思えないし、そうとしか言えない。
並外れた幸運。それが俺の唯一の取り柄だ。
しかし、運が良いことをどう説明したものか。目の前でコイントスでもして見せればいいか。
いや、何となく成功する気がしないなぁ。
思い返すまでもなく、こっちに来てからの俺の生活は、そこそこ波乱があったと思う。少なくとも二回死にかけてる。
そもそも、運が良ければそんな目に遭わないんじゃないか。と思いたくもなる。だが、今まで土壇場で何とかなっているから、やっぱり運が良いんだろう。
運の良さを証明するのはヤメだ。
運の良さなんて、当の本人に確証がないことを、どうやって相手に信じさせられる?
何故、俺は運が良いのか? ということだけを説明しよう。
信じてもらえるかは別としても、それなら一応説明できる。
「実はな……」
かくかくしかじか。俺は運が良い理由を説明した。
ついでに、こっちの世界に来た理由も。エランはジッと黙って話を聞いてくれた。
「というわけで、俺は運が良いだけの、魔法も使えないただの男なんだ」
エランは突然、けもの耳をペタンと垂れさせ、次に頭を垂れた。
「すいませんでした」
突然謝るエラン。
「コーイチ様は最初から、魔法を使えないとおっしゃられていたのに、私、それを信じないで、てっきり、魔法を隠さなければならない事情があるんだと勝手に思い込んで……」
「いやいや、全然良いんだよ! そんなこと! そんなことより、俺のこと、幻滅した……?」
「いいえ! 全然!」
エランは顔をガバッと上げた。
「魔法が使えなくても、コーイチ様は私の命の恩人です。あの時、地震で埋まった私を、コーイチ様が掘り起こしてくれなければ、今の私はありません。今の私があるのは、コーイチ様が私をお側に置いてくださるおかげです!」
なんていい子なんだろう!
胸にジーンとクる。
このまましばらく感動を噛み締めたいが、そうもいかない。エランは一つだけ間違っている。そこはすぐに否定しないと。
「エラン、俺が君を置いてあげているわけじゃない。君にとって俺が必要なら、俺にとっても君が必要なんだ。君の助けがなかったら、俺はきっとこの世界で生きていけないと思う。だから、ありがとう、エラン」
エランはサッと椅子を立つと、俺の胸元に飛び込んできた。俺はそれを歓迎した。
奇遇だ。俺の胸にも、そうしたい気持ちが溢れていた。
彼女は柔らかく、温かく、優しい香りがした。俺達はしばらく抱き合い、抱き合うことで互いに感謝を伝えあった。
間違いない。今の俺は確実に、幸せな男だ。
しばらくの間、『果たし状』のことは、頭から消えた。
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