ほのぼのトーク。
小学校低学年の子が、放課後家に帰り、今日あった学校での出来事を喜々として母親に話す感じ。
「俺が思うに、短剣が俺を守ってくれたんだよ。そうとしか考えられない。俺はあのお嬢様の火の玉ストレートをもろに食らって、数メートルぶっ飛ばされた。けど、この通り、服が燃えただけでピンピンしてる。俺の身体が焼かれずに済んだのは、短剣が魔法、もしくは炎を吸い取ってくれたからじゃないかと思うんだ」
「やっぱりただの短剣じゃなかったのですね。きっとこの石に秘密があるんですよ」
言われてみて思い出した。そうだ、あの時確かに、赤い石がぼうっと光を帯びていた。
「エラン、そうだよ! 火の玉ストレート食らった直後、これが光ったんだよ! で、直後に刀身に火が点いて、その火を見ていると、何だか、こう、むらむら~って、沸々って怒りが沸いてきたんだよ。今まで生きてきて一番怒った。で、気がついたら、俺はお嬢様目掛けて走り出してた。言葉は悪いけど、ブチ殺してやる~! って気になってた。怒れば怒るほど、刀身の火も激しく燃え盛ってさ、何だか知らないけど俺はそれを、『燃え盛る怒りの剣』って名付けてた。いや、名付けてたって言うよりは、いつの間にか俺は剣の名前を知っていたって言うのかな……。ちょっとこの辺よくわからないんだ。今にして思うと、俺は剣に操られていた――そこまでいかないにしても、まるで剣が俺に『あいつを殺せ』って語りかけてきたような気がするんだ」
「何だか、気味が悪い剣ですね……」
エランのけもの耳がプルプル震えた。怯えていても可愛らしい。
「そんなもの、持っていて大丈夫なんですか?」
「わかんないけど、今のとこはなんともないしなぁ。それにこれのおかげで助かったってのもあるし、ある意味恩があるわけだし、剣に意志があるなら、捨てるとバチが当たりそうな気もするから、一応持っておこうと思うんだけど、どうかな?」
「コーイチ様のなさりたいようになさるのが、一番と思います。コーイチ様はお強い方ですから、剣を持っていても問題ないと思います」
「俺は全然強くないよ」
「ご謙遜を」
エランはクスリと笑った。もう、冗談ばっかり、ってな具合に。
もちろん、俺は謙遜したつもりも、冗談を言ったつもりもない。赤裸々で正直な気持ちを吐露したまでだ。
「コーイチ様、その貴族の方を結局どう料理されたのですか?」
料理って、なんか急に言葉遣いが恐いな。
「別に、煮たり焼いたりしないよ。お嬢様をぶっ殺そうと思って『燃え盛る怒りの剣』を振りかぶったんだけど、直前でお嬢様が振り向いて、その顔を見ると、自分のやろうとしていることが急に恐くなって――」
「まさか美人だったから、という理由じゃないですよね? 一目惚れしたわけじゃないですよね?」
何やらエランの目が恐い。
表面上はニコニコしているように見えるのだけど、目が笑っていないというか、目の奥に得体の知れない光があるというか。
「いや、そうじゃなくて。そのお嬢様、俺が石を当ててしまう前に、奴隷の女の子を鞭で打ってたんだよ。いざ振りかぶった時、その時の奴隷の女の子と、全く同じ表情をお嬢様がしててさ、鞭打ってる姿を見て、酷いことするなって思ってたのに、俺も同じことをしようとしてた。気がつくと、もう怒ってなかった。でも、既に振り下ろされた剣を止められなくて――」
「コーイチ様は悪くありません! 先に手を出してきたのは貴族様の方です。自業自得です。そんな人は死んでも仕方がありません!」
厳密に言うと、手を出したのは俺の方だ。事故とは言え、石を当ててしまったから。
「いや、殺してないから。俺の意志が剣に通じて、威力が落ちたせいなのか、もしくは元々、その程度の威力しかなかったのかわからないけど、燃やしたのはお嬢様の服だけで、多分無傷で済ませられたと思う」
「そんな人、少しぐらい痛い目に遭えば良かったのに」
「いやいや、充分痛い目を見たと思うよ。何せ往来のど真ん中だったからね。喧嘩の見物人で人だかりができたんだ。そんなところで、胸もお尻も、全部さらけ出してすっぽんぽんになっちゃったんだから、かなりの辱めになったんじゃないかなぁ」
言いつつ、ついつい俺はジュリエッタお嬢様の裸身を思い出していた。ありありと目に焼き付いていた。
シルクのような白い肌、スラリと長い手足、細く締まった身体、それでいて出るところは出ている。
そういえばムダ毛もほとんどなかった。手足はともかく、大事な所も剃っているのかな。
「へぇ、お胸もお尻もみたのですか」
また、彼女の目が厳しくなる。
おっと、これは失言だった。おそらくエランはこのテのものに敏感な歳頃。そこはしっかり配慮すべきだった。
彼女からすれば、エロ親父の酔言のように不快だったろう。
「コホン、失礼した。まぁ、そんなこんなで、お嬢様を傷つけずに済んだ。お互い服を失って、はい、それまで。お嬢様は従士に連れられて無事に、家に帰り着き、俺も無事に、エランの待つ宿に帰りましたとしさ。めでたしめでたし」
「コーイチ様、ひょっとしたらマズイことになるかもしれませんよ」
エランはいつになく真面目な顔をして言った。かなり深刻な様子だ。
「え、どういうこと?」
「コーイチ様、貴族というのは、基本的に誇り高い人たちばかりなのです。そんな人たちが公衆の面前で辱められて、そのままでいられるでしょうか?」
「……というと?」
「何らかの手段を持って、名誉回復を図ろうとするのではないでしょうか? 最悪の場合、コーイチ様の命を狙う、とも考えられられます」
エランの顔が滅茶苦茶暗くなった。どうやら冗談でも何でも無く、マジの話らしい。
全く冗談じゃない。たかが群衆の前で裸にしただけで殺意を抱くなんて……、わからない話でもないな。
『バガボンド』の一条下り松の決闘も、吉岡一門の名誉回復のための戦いだもんなぁ。
ってことは、俺は『武蔵』で、お嬢様が『吉岡』か。
『バガボンド』での決闘の場面をリアルに想像し、『武蔵』と俺を置き換えてみた。背筋がブルッと震えた。
あれは『武蔵』だから生き残れたのであって、俺じゃ即死だ。
「コーイチ様、あなた様ほどの実力なら、さほど気にすることはないかもしれませんが、そういうこともあるかもしれませんので、一応念頭に置いていて下さい。まぁ、私が言うまでもないことだとは思いますが」
エランはニッコリと笑って言った。
俺は全然笑えなかった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価など、していただけると、作者は小躍りして喜びます。感想があるともっと喜びます。




