精神に干渉してくる剣は好きですか?
一人でいるとき、ふと空耳が聞こえたこと、ありませんか?
それはひょっとしたら、あなたの持ち物が、意志を持ち始めたのかも……。
にわかに歓声が沸き起こった。
貴族のお嬢様のストリップショーが始まったのだから当然か。
従士の一人が、自分の着ていた上着を脱ぎ、ジュリエッタお嬢様に着せた。
もう一人の従士は抜剣し、俺に剣先を向けた。
「き、貴様……!」
剣先を向けられて、俺はちょっぴりビビったが、狼狽えぶりは、あっちの方が上だった。
従士の声は震え、剣先も震えている。間違いない。ヤツは俺にビビっている。
チャンスだ。もうちょっと脅かしてやれば、切り抜けられるかもしれない。
「おいおい、やめとけよ。ただの剣で、俺の『燃え盛る怒りの剣』に太刀打ちできると思っているのか? 『燃え盛る怒りの剣』は鉄さえ一瞬で溶かす。お前の肉体を灰燼と化すことなど造作もない。もちろん、死にたいのなら話は別だ。痛みもなく、あっと思う間もなく焼き尽くしてやろう」
全部デタラメだ。『燃え盛る怒りの剣』が、一体どの程度の性能なのか俺にわかるはずがない。
短剣が熱を持ち、炎を纏っている間は、『燃え盛る怒りの剣』が使い方を、俺に語りかけてきてくれた気がしたのだが、今は何も感じられない。いつもの通りの、ただの錆びた短剣だ。
従士たちは後ずさった。主人の顔をチラリと見た。
ジュリエッタお嬢様は怒りと羞恥に、熟したトマトより真っ赤に顔面を紅潮させていた。その口が大きく開かれた。
「二人とも、今すぐこいつを殺しなさい!!!」
その叫びのあまりの大きさ、恐ろしさに、野次馬たちは途端に静まり返った。
だが、従士たちは動かない。まだ、主人の命令より、俺に対する恐怖の方が上回っているのだろう。もう一息といったところか。
「よく考えろ従士ども。お前らのやるべきことはなんだ? 俺に挑んで虫けらのように犬死することか? 違うだろ? お前ら従士のやるべきことはたった一つ、主人の身を守ること。そうだろう? 常日頃それを心がけているんだろう? だったら常日頃と同じように、今それをやれ」
「くっ……」
従士は低くうなり、一瞬俺を睨んだ。
だがそれは、子猫の威嚇のように怯えた目をしていた。
さっと身を翻すと、二人でジュリエッタお嬢様を担ぎ上げ、そそくさと去っていった。何か喚き散らしながら去ってゆくジュリエッタお嬢様が、何かおかしかった。
同時に俺はホッとしていた。何とか無事に切り抜けることができた。ハッタリ万歳。
ハッタリで精神すり減らしたせいで、気疲れしてしまった。
ジュリエッタお嬢様一行が完全に見えなくなり、喚き声も聞こえなくなった頃、再び周囲に歓声が沸いた。喧騒に包まれる。人々が口々に話し出す。
すげーなあいつ。
ああ。ジュリエッタ様の魔法を食らってピンピンしているなんてな。普通の奴ならあれで即死だよ。
炎には炎を、服をやられれば服をやる、やられたこと以外はやり返さない。全く粋な人だよ。
でも、先に石を投げたのはあの人よ。
それはまぁ、奴隷が可哀想だったからじゃないか?
見た目はただの平民の少年なのに、うーむ人は見かけによらないもんだ。
あの人は大魔法使いだな。俺にはわかる。あの姿もきっと魔法のみせかけなんだ。
スカッとしたぜ。ジュリエッタの高慢な鼻っ柱が折られるところを見れてラッキー。
だな。これであの女、しばらく往来を歩けないぜ。
ジュリエッタ様の身体エロかったなぁ。
それな。白い肌。あの胸。
そーそー、あの胸な。意外と着痩せするんだなぁ。
おいおい、ポケットに手突っ込んで何してんだよ。
お前こそ、何してんだよ。
そりゃもうアレがあんなことになっちまってるから……。
実は俺もアレがあんなことになってるんだ……。
あーもー、今日仕事になんねぇや。帰って寝よ。
寝る? スるの間違いだろ?
うっせー。どうせお前もだろ。
まぁな。
周囲の目が、遠巻きに俺を見る。こんなに注目されたことは今までなかったから、無性に恥ずかしかった。それに上半身裸だし。恥ずかしさ倍増だ。
俺はいたたまれなくなった。
「すいません。通して下さい……」
俺は周囲の人を掻き分け押し分け、人混みを脱出した。好奇の目を避けるため、小さな路地に入り、身を潜めた。
「はぁ……」
一息つくと同時に溜め息もついた。今日は朝っぱらから疲れた。今日はもう仕事を休もう。どうせ遅刻だし。日雇いだから休んでも問題はない。今日の給料がゼロになる以外は。
路地裏の壁にもたれて身体を休ませながら、短剣を空にかざしてぼんやり眺めた。今はもうただの錆びた短剣だ。
それが、ジュリエッタお嬢様の『火炎弾』を受けた直後に変化した。
初めに熱くなり、赤い石が光り、刀身が燃えた。刀身が燃えだすと、急にあのお嬢様に対する怒りがこみ上げてきた。
そりゃ、殺されかけたのだから、怒らないはずないけど、今にして思うと、あの怒りは尋常じゃなかった気がする。
それとも俺って自分で思ってた以上にキレたらヤバイのか?
いや、それも違うと思う。いくらなんでも殺したいと思うほどキレたりはしない。
あの時がおかしかっただけだ。今はあのお嬢様を殺したいなんてちっとも思わないし、それどころか、もう怒ってすらいない。
そうだ、あの時俺は、剣に語りかけられた。剣の意志というべきものが、俺に流れ込んできた。
自分でもちょっと言っている意味がわからないんだけど、そうとしか例えようのない感覚だった。
前の世界にも、そういう創作物はあった。『指輪物語』に出てくる指輪は、はめた者の精神に影響を及ぼす。
『指輪物語』がファンタジーなら、この世界もファンタジーだ。
この剣が『指輪物語』の指輪と同じような効果を持ってたとしてもおかしくない。というか、そうとしか思えない。
『燃え盛る怒りの剣』なんて、名前、パッと思いつくようなもんじゃない。あれは、この剣の自己紹介だったんだ。
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