貴族様は超短気!? お嬢様ブチギレ! 怒りの火炎弾炸裂ゥ! 俺のステータス仕事しろ!
女の子からのプレゼントはどんなものであれ、熱い思いが詰まっています。
「このお方を、ハインライン家のご息女、オーバルシリンダーの魔法学校を主席合格された、『ジュリエッタ・ハインライン』様と知っての狼藉か!?」
やべぇ、滅茶苦茶怒ってるぞ!
当たり前だよなぁ。石を、それも頭にぶつけちゃったんだから。
しかも何やら有名人らしい。
だが、俺にはジュリエッタが名前で、ハインラインが名字、ということぐらいしかわからない。
もちろん相手が何者であれ、狼藉を働いたつもりは決してない。あれは事故だ。
クソッ、幸運ステータスに全振りしているはずなのに、なんだこの大ピンチは!?
周囲には人だかりができ、俺とお嬢様一行を取り囲んでいた。人だかりの至る所でひそひそ話が聞こえてくる。
あいつ、死んだな。
貴族に喧嘩を売るなんて、無茶しやがって。
しかし器用なやつだ。小石を蹴ってぶつけるなんて。
いくら奴隷だからってあの扱いはなぁ。兄ちゃんの気持ちもわかるがねぇ。
ちょっと胸がスッとしたよ。なんたっていけ好かない貴族だからな。
ジュリエッタお嬢様は容赦ないからな。間違いなくあの世行きだな。
わからんぜ。貴族に喧嘩を売るほどの男だ、かなりの遣い手かもしれん。勝算あってのことかもしれん。
平民ながら、名門貴族を相手に大立ち回りを演じようなんて、おれたちにはできないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! 憧れるゥ!
周囲の様子から察するに、俺はかなりヤバイことをしてしまったらしい。
しかも、この件が事故だという声はどこからも聞こえてこない。
全員が全員、俺がわざとやったものと思っているらしい。
すぐに誤解を解かなければ!
「あ、あの、わざとではないんです。鳥のフンが空から落ちてきて、それを避けたら石に躓いて、躓いた拍子に蹴り飛ばしてしまって、運悪く当たってしまったというわけでして。わざとじゃないとはいえ、申し訳ありませんでしたッ!」
俺は深々と頭を下げた。
「貴様ッ! 我らを馬鹿にしているのか! 鳥のフンを避けたら石を蹴飛ばしてしまった? それが都合悪くお嬢様の頭に当たっと言いたいのか? そんな馬鹿な話があるか!? 我らをおちょくるな! この場で斬り殺してくれる!」
物騒な言葉に、俺はハッと頭を上げた。
従士の二人は剣に手をかけていた。その目は血走り、俺を睨みつける。
こんなコワイ目は見たことがない。殺意を抱くほどキレた人間の目は、まるで飢えた猛獣のようだ。
滅茶苦茶恐すぎて、俺は蛇に睨まれたカエルのように動けない。
ざわめきが一層強まった。中には流血沙汰を予期してたのか、悲鳴を上げ人もいた。取り巻く人だかりの輪がサッとと引いた。
「止めなさい!」
ジュリエッタお嬢様の声に、従士たちは剣を抜きかかった手を止めた。
綺麗だが鋭い声だった。あまりの鋭さに、周囲は水を打ったようになった。
「あなたたちが手出しする必要はないわ」
凛とした涼やかな声。声音から育ちの良さが伺え、気品が香る。
とはいえ、俺と同じくらいの歳頃。端々に幼さがやや残る。
俺が今まで出会ったことのないタイプだ。これが貴族、いわゆる上流階級ってやつか。
従士たちは素直に従い、剣を掴んだ手を離すと、ジュリエッタお嬢様の後ろにサッと下った。
なるほど、調教が趣味のお嬢様なだけに、こいつらもよく調教されているようだ。
お嬢様が、ツカツカと歩み寄ってくる。一挙手一投足に優美さが溢れている。それに美人だ。
近づけば近づくほどわかる。きめ細かな白い肌、神秘的な灰色の目、小さくも通った鼻筋、艶やかな唇、まるで彫刻のようだ。
目の前で、ジュリエッタお嬢様は足を止めた。手を伸ばせば届く距離。
身長はほとんど変わらない。ほぼ同じ。
彼女はジッと俺を見つめる。俺は息をするのも忘れて、彼女と見つめ合った。
「あなた、名前は?」
「コーイチ……。多加賀幸一……」
「タク、タクア、タクァ……。言い辛い名前ね。面倒だからコーイチでいいわね? 名字があるということは、あなたは貴族なの? でもその身なりからすると、随分と落ちぶれたようね」
名字があると貴族なのか。それは知らなかったなぁ。
なるほど、だからエランは名字を言わなかったのか。元々名字がなかったのか。
「コーイチ、あなたには私から二つの栄誉を与えるわ。一つは、私があなたの名前を覚える栄誉。そして、私が直接、手を下す栄誉」
ジュリエッタお嬢様がニコリと笑った。氷のように冷たい微笑み。
彼女はサッと一歩下がり、軽く開いた掌を俺に向けた。
俺は危険を感じ、後ろに跳んだ。
「『火炎弾!』」
言葉とともに、ジュリエッタお嬢様の掌が火を吹いた。
俺の回避行動は何の意味も持たなかった。
矢のような速さで打ち出されたこぶしサイズの火の玉は、俺の胸を激しく打ち、炸裂した。
強烈な熱量と衝撃に、目が眩み、俺は人だかりの中へとぶっ飛ばされた。
「受け取りなさい、コーイチ。私からの最初で最後のプレゼントよ」