いつもの楽しい朝のひと時の後、通勤途中の俺は突如、ダーティ・ボムに襲われた! だが、俺にそんなものは通用しない! なんて調子に乗ってると、蹴り上げてしまった小石がヤバイ人に……!
今回は少し長め。
女の子出そうと思ったら長くなってしまったのです。
朝がやってきて、俺は目を覚ます。窓際に行って、カーテンと窓を開ける。
朝の清涼な空気、爽やかな陽光が気持ちいい。いつもと変わらない朝だ。
こっちに来て一ヶ月。それくらい経つと、この暮らしに慣れ始め、目覚ましが無くても自然と、朝起きるようになった。
カチャリと部屋のドアが開いた。エランだ。両手でトレイを持ち、その上にできたての朝食が並んでいる。
家事全般をエランにやってもらっている。彼女は俺より早起きし、朝食を作ってくれる。こ
の生活が始まった当初は、申し訳ない気がしていたのだが、今はそれが当たり前になって、もうなんとも思わない。
それに、彼女がやりたくてやっているのだから、無理に止めることもない。
エランが家庭を切り盛りし、俺が働いてお金を稼ぐ。ちゃんと役割分担はできている。
エランは食事をテーブルに並べた。スープとパンと水。スープは白っぽく、芋、キャベツ、ほうれん草、にんじんが入っていて、凄くクリーミー。
初めこっちに来た時、異世界の野菜はどんなものかとちょっぴり楽しみだったけれど、何の事はない、前の世界にあるのと何も変わらない。見た目も名前も味も同じだ。
いや、芋だけが違う。芋だけは、じゃがいも、さつまいも、さといも、やまいも、俺の知っているどの芋とも違う。さつまいもより甘く、さといもより食感が柔らかい。なんとも不思議な味わい。
基本的に肉はない。肉は高い。俺の土木作業の給料だけでは、週に一回程度が関の山だ。
肉が無くても、野菜とパンだけの生活でも、エランの作る料理は美味しいから、飽きはこない。
多少は物足りないときもあるが、料理を作って貰っている立場だけに文句は言えない。
俺も高給取りというわけじゃないから、贅沢は言えない。
二人分の食事が乗ると、テーブルの上はもう隙間もない。小さなテーブルが俺たちの些細な食卓。
俺たちは向かい合って席につき、手を合わせた。
「いただきます!」
エランが言い、俺も、
「いただきます」
エランに続いて言う。そうして食事が始まる。
元々こっちには『いただきます』の文化がないらしい。食事というのは、何となく始まるのだそうだ。
俺がつい癖でそう言ったのを、エランが不思議そうな目で俺を見たのを今も覚えている。
俺が『いただきます』の意味を説明すると、彼女はそれをいたく気に入り、そこから我が家の習慣となったわけだ。
朝食を食べつつ、何気ない会話を交わし、食べ終わると、『ごちそうさま』を二人して言って、俺は出勤の準備に取り掛かる。
準備と言っても、洗顔、歯磨き、トイレ、この三つだけだ。
それらを終えると、
「いってきます」
「いってらっしゃい!」
出かけの挨拶を交わし、昼食代だけを持って、宿を出る。
宿を出ると、やっぱり良い日和だ。絶好の働き日和。
なんて思うのは、いつも通勤時だけで、土木作業という肉体労働中は、暑くて暑くて、だんだん日差しが恨めしくなってくる。
かといって雨が降れば、今度は仕事がなくなってしまう。
日雇いなので、一日仕事がなくなってしまうと、俺にとっては死活問題だ。雨が降るよりは、晴れで良い。
現場まで徒歩三十分。通勤経路は一定。気分を変えて別の路地に入ってみよう、なんて思わない。一度それをやって迷ってしまったから。
最初は新鮮だった通勤の道のりも、ほとんど毎日のように歩いていると、さすがに風景も見慣れて飽きてくる。
いつもと変わらない道のりを歩いて十分、四つ角を曲がった先は珍しく、いつもと違った風景が展開されていた。
大通りというのは、どこでも人が行き交っているものだが、その一角にはやけに人が少なかった。そこには二人の女性がいて、周囲の人間はそれを避けるように歩いたり、あるいは遠巻きに見守ったりしている。
二人の女性は悪い意味で注目の的だった。
一人の女性は鞭を持ち、もう一人のうずくまっている女性を打っている。
鞭に打たれている方は、髪も顔も身体も服も薄汚れていて、首には木と金属でできた、鎖のついた首輪がある。鎖はすぐ側の店の柱にくくりつけられている。
鞭を打っている方は、いかにも金持ちの風体だ。
上着も、やや短めのスカートも、ブーツも、遠目から見ても上等とわかる。長い金髪もよく手入れされている。
見たまんま奴隷と主人。
少し近づくと、どちらも俺とそれほど歳が離れているようには見えない。
さらに近づいてよく見れば、女主人の背後に二人の従士らしき男が控えている。
どちらも立派な体格で、腰に剣を差している。
俺の元いた世界では、剣なんか持ち歩くと即逮捕だが、こっちでは身分によっては所持が許されているそうだ。そう、エランが教えてくれた
見ていて気分の良いものじゃなかった。
主人の方はしつけのつもりかもしれないが、俺から見れば折檻だ。
できれば止めさせたい。主人とか奴隷とか馬鹿らしい。人が人を奴隷扱いして鞭打つなんてどうかしている。
とは思うものの、俺にはどうしようもないってのが現実だ。
剣を持つ男を従えられるほど、身分の高いお嬢様に、幸運だけが取り柄の平民が何か言ったところで聞いてくれるはずもない。
貴族って奴は貴族以外の人間を人間と思っていないそうだ。
どこの世界でも貴族って奴は、高慢と相場が決まっているらしい。
身分制度。俺がこの世界に来て、未だに馴染めないものの一つで、その最たるものだ。
身分の良し悪しで人間の良し悪しが決められてたまるか。
とは思っても、力のない一介の平民にはどうしようもない。結局この結論に行き着く。
俺はこれには関わるまいと、奴隷の女の子には悪いが、見て見ぬふりをして通り過ぎようと決めた。
その時、ハッと視線を上げると、上空に一羽の鳥が飛んでいた。
鳩に似た鳥で、ここらじゃ珍しくない。それが一羽、こっちに向かって飛来する。
運が悪い人生を十五年以上過ごしてきた男は、前後左右のみならず、天と地にも注意を怠らない。
俺の中で一つの格言がある。『地に糞あれば、天から糞降るなり』。
鳥は俺にとっては油断ならない相手だ。前の世界では、何度こいつらから爆撃を受けたことか。
以前は気をつけていても、持ち前の運の悪さからよく爆撃されてしまっていたが、今は違う。
女神様のおかげで、今の俺は世界最高クラスの幸運を誇るのだ。今の俺は、鳥ごときに負けない。
何となく、予感があった。勘が告げていた。爆撃が来ると。
鳥の飛行経路はこちらに真っ直ぐ。もう後数秒でこちらの頭上を通り過ぎる。
俺はあえて待った。人の多い往来でがむしゃらに回避行動を取るよりは、来たところを見極め的確に、そして無駄なく回避するのが肝要。
そして、その瞬間はやってきた。
鳥が糞を投下した。
俺にはそれがはっきりと見えた。あまりにも見え透いていた。スローすぎてあくびが出るぜ。
軽やかに半歩サイドステップ。必要十分にして確実な回避。我ながら鮮やか過ぎる。
俺はフッと口元に笑みを浮かべ、小さく決めポーズなんかとったりして。
とその時、俺はバランスを崩した。決めポーズなんて慣れないことはやるもんじゃなかった。
よろめき、一、二歩余分にステップした。
そして、何かに躓いた。小石だ。
俺は勢い余って、小石を思い切り蹴り上げてしまった。
小石は投石機で打ち出されたような勢いで天高く上昇し、そして……、
コツンッ!
背筋に強烈な悪寒が走った。
糞が当たったわけでもない。
よろめいてこけたりもしなかった。
問題は、俺が蹴り上げてしまった小石だ。
小石はキレイな放物線を描いて、お嬢様の頭に吸い込まれてしまった。
ざわつく周囲。
鞭を取り落とし、頭をさすりつつうずくまるお嬢様。
ハッとなってこちらを見る奴隷の女の子。
従士の一人はお嬢様に寄り添い、もう一人は俺の方へと向いた。
「貴様、何のつもりだッ!?」
こっちへ向いた従士が叫んだ。
お嬢様がすっくと立ち上がり、クルリとこちらに向いた。
殺意のこもった涙目が釣り上がり、俺をグサリと睨みつけた。
俺は吹き出る汗が止まらなかった。
コーイチ君、女の子と出会うも不穏な予感。
ブクマ、評価等々ありがとうございます! 励みになります! これからも精進しますので、どうかよろしくお願いします!