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街の名は『スプロケット』 異世界生活一ヶ月間のダイジェスト。

異世界生活一ヶ月の要約。

 あれから一ヶ月経った。


 あれからどんな冒険をしたかというと……、冒険なんてなかった。

 少なくとも、当初俺が思い描いていたようなものはなかった。

 風吹きすさぶ荒野、平原、草むら、沼、険しく聳える山、峠、波高く荒れ狂う海、川等々、RPGではありがちなそれらを俺はまだ何一つ経験していない。

 こっちへ来たあの夜、俺はこっちで出会ったけもの耳少女エランと一緒に、街へやってきた。


 街の名は『スプロケット』。中世ヨーロッパ風といった街並み。

 と言っても、俺は本物の中世ヨーロッパの街並みを見たことがない。俺の中にある中世ヨーロッパのイメージと近いってだけだ。

 ただ、俺の持つ中世ヨーロッパのイメージは何となく、絵画とかに見られるような小奇麗な感じだったのだが、この街は、特に俺の仮住まいの地域は、区画も道もゴチャゴチャとしていて人間は騒々しく、いたるところにゴミが散らかるような有様だ。

 中世ヨーロッパ風ファンタジー世界で、どんなファンタジックな冒険ができるかとワクワクしていたのだが、最初に入った街で、いきなり出鼻をくじかれた形だ。


 街に入った時には、夜は明けていて、朝も早くから往来は人で賑わっていた。

 往来には道沿いに露天がいくつも立ち並んでいる。往来の人々はこれが目当てらしい。そこかしこで買い物をする姿が見られる。

 こっちの世界に来たときには、既に夜で、それまでずっと気を失っていたか、もしくは眠っていたおかげか、夜通し歩いたのにあまり眠くなかった。

 見知らぬ世界、見知らぬ土地、見知らぬ街並み、見知らぬ人、何でも新しいコト尽くめで興奮しているせいかもしれない。


 だけど隣のエランはすごく眠そうだった。体力の限界に見えた。彼女はまだ子供なのだから仕方ない。こういう時、RPGなら宿屋で一眠りするのが王道だろう。

 が、残念ながら俺は無一文。エランも同じだった。さて、どうしたものか。

 子供にこれ以上の睡眠不足は可哀想だ。宿が無くても、どこか休める場所を探さないと。


 俺はエランをおんぶした。彼女はすぐに眠ってしまった。

 彼女は街に入る直前に頭の耳を魔法で消していたが、眠ってしまっても魔法は解除されないらしい。

 そうでなければ、彼女のような少数派は、この世界で生きてはいけないということだろう。

 どこかいいところはないかと辺りを歩き回った。

 できるだけ人の流れに乗りつつ歩いた。人気のない路地を避けるのは、旅行者の鉄則だ。鉄則は異世界でも通用するだろう。


 往来を歩いているとジロジロ人の視線がこっちに集まっているのに気が付いた。それは制服のせいだった。往来に、俺のような格好をしている奴はいない。

 何となく居心地の悪いまま歩いていると露天商に呼び止められた。彼は単刀直入にビジネスを持ちかけてきた。俺の制服を買いたいと言い出した。

 彼の提示した金額は一万マルケス。円でもドルでもない。それは彼のテーブルの上に並んでいる、いっぱいの衣服の十倍だった。

 魅力的な話だった。ジロジロ見られてもいい気はしないし、何よりも金に困っている。


 俺は交渉の末に、六万五千マルケスで制服を譲ることにした。

 本当は七万マルケス欲しかったのだが、露天商は持ち合わせがないと言ったので、足りない五千マルケス分は、彼の商品で補うことにした。

 俺は五千マルケス分の衣料品、日用品一式を受取り、その場で着替え、露天商から治安の良い地域の宿を教えてもらい、そこへ向かうことにした。

 別れ際に、『混沌の指環』のことを思い出し、尋ねてみたが、露天商は知らなかった。


 宿はとても綺麗とは言いがたかったが、露天商の言葉を信じて、しばらくはそこへ泊まることにした。

 一泊千マルケス。高いのか安いのかわからない。飯なし、風呂なし。硬いベッド、安いマットレス、古びれた毛布。それらが一部屋に二人分。どれも無いよりはマシだ。

 俺はエランをベッドに下ろした後、隣のベッドで一眠りした。

 起きた時、まだ昼過ぎで、先に起きて窓から外を見ていたエランを連れ、昼飯を食べに行った。

 店選びから何から何まで、全てエランに任せた。全く、エランがいてくれて助かった。

 食事もやっぱり西洋風で、スープとパン。質素といえば質素だが、味は悪くなかった。


 帰りに食材を買い、その夕食、彼女の手料理を味わった。

 彼女は家事全般やらされていたらしく、昼飯より美味しかった。

 献立はパンとスープと茹で野菜サラダだった。

 夕食のあとすぐに日は落ち、照明は星明りだけになる。部屋の中はめちゃくちゃ暗くなる。

 蝋燭は高く、貴重なお金を遣いたくない。それに蝋燭を買ってまで、夜にやるべきことなんてなかった。

 暗くなったら、ただ寝るだけだ。

 まるで大昔の人のような生活。

 ある意味ファンタジー。


 翌日、二人で街を散策する。散策しながら、この世界について、色々なことをエランに教えてもらった。

 金の価値、風俗、礼儀作法、挙げだしたらキリがない。

 もちろん一回では覚えられない。その都度、エランに尋ねて覚えてゆくしかない。

 散策には『混沌の指環』探しも含まれている。

 生きるか死ぬかの問題なので、『混沌の指環』探しを散策のメインに据えたいところだが、目下のところ、今の生活に適応するというのも大事な問題であり、これも死活問題だから、どうしても『混沌の指環』探しは片手間になる。


 エランいわく、六万五千マルケスは、そこそこの大金らしい。

 だが、金は遣えば減る。減りだすと不安になる。

 元来心配症で、安定安心を求める俺は、金銭にはある程度余裕が欲しい。

 今この世界で頼れるのは、エランとお金だけなのだから。

 というわけで、俺はアルバイトすることにした。

 幸い仕事はすぐに見つかった。日雇いの土木作業。

 この街の中心にある、お城の建て増しだ。朝から昼過ぎまで、石材やら木材を汗水垂らして運んでいる。

 最初はキツかったが、やっているうちに慣れてきた。

 土木作業の現場の人たちは皆荒っぽいが、一度仲良くなれば気さくないい人たちばかりだ。

 親しくなった人たちにも一応『混沌の指環』について聞いてみたが、誰も知らなかった。


 仕事が終われば、エランの待つ宿に帰り、一休みしてから、二人で夕飯の買い物に出かける。

 エランが作った夕食を二人で食べ、夜になると寝る。

 朝が来れば、仕事に出かける。とてもシンプルな生活。

 そんな一ヶ月間だった。どうやらしばらくこの街に根を下ろしそうだった。

 この街は意外と悪くない。ここに来る以前の生活と比べれば、水準はかなり落ちるが、住めば都というやつだ。

 このシンプルな生活が意外と楽しめるし、肌に合う。近々宿を出て、安いアパートでも借りようかと思っている。

 エランとの二人暮らしは楽しく、気負うところもない。今ではもうほとんど家族みたいなもんだった。

 エランは俺にとって、可愛い妹のようなものだ。

次話は新たな女の子がッ!?

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