哀しきけもの耳。
「四年前、ここからずっと遠い村で、私の家族は賊の一団に襲われました。家族は引き離され、私は奴隷として売られました。父も母も、二人の姉も、きっと奴隷として売られてしまったんだと思います。でも正確なことはわかりません。賊に襲われた夜、あの夜が家族の顔を見た最後の夜でしたから」
かなりヘビーな話だ。黙って聞くしかない。
こんな小さな女の子から、こんな悲しく、重く、厳しく、辛い話を聞かされるとは思わなかった。
「賊に捕まる直前、私達姉妹と母は納屋に隠れていました。父は賊の襲撃に槍を持って家を飛び出して、それきりでした。納屋の中で母は私達に言いました。『決して他人に耳を見せてはいけない』それが母の最後の言葉でした。母は常日頃からそれを口癖のように私達に言い聞かせていました。母は最後に私達に念を押したのです。何故なら私達、頭に耳のある人間は、忌み嫌われる存在だからです。差別され、憎まれ、迫害され、遂には殺されます。コーイチ様の様子だと、今ひとつ私の話が信じられないようですね」
「いや、の話を疑うわけじゃないよ。けど、頭に耳があるだけで、どうしてそんなことになるのか理解できなくて……」
俺の言葉に、エランは目を大きく開き、不思議そうに俺を見た。
「コーイチ様は、私のこと、化物だとか、怪物だとか、妖怪だとか、そんな風に思ったりしないんですか? 私のこと、気持ち悪く思わないんですか? だって、普通じゃないじゃないですか。頭に耳のある人間なんて……。街の人みたいに、耳のある人間のことを気味悪く思ったりしないんですか?」
「俺は可愛らしくて良いと思うけどなぁ」
「えっ!? 耳がですか!?」
「確かに物珍しくは思うけど、俺、こっちに来たばかりで何がフツーなのかわからないし、君よりもさっきの六人の男たちの方がよっぽど怖かったよ」
言って、俺はついエランの頭頂の方の耳に触れてみた。
「ひゃあっ」
小さな悲鳴を上げるエラン。
「あ、ごめんごめん。触っちゃマズかったかな? 可愛らしくて、手触り良さそうだから、ついつい触っちゃったんだけど……」
「あ、あ、ああ……」
突然、ボロボロ大粒の涙がエランの目からこぼれ落ちた。
や、ヤバい! どうやら俺は大変なことをしてしまったらしい!
ひょっとして滅茶苦茶『敏感』な場所なのか?
触れるだけで痛いとか、それとも性的な意味で気安く触れちゃいけなかったのか?
とにかく平謝りするしかない!
「ご、ごめん! 知らなかったとはいえ、ごめん! とにかくごめん! 本当にごめん!」
頭を地面にこすりつけ、ひたすら謝る。
オリエンタルでトラディショナルな謝罪のスタイル、『土下座』だ。
誠心誠意の謝罪だが、異世界人に上手く伝わるかどうか未知数。
しかし謝罪というのは、上手く伝わるかではなく、謝るという心のあり方が大事なのだ。
「あ、いえいえ! 違います。コーイチ様は何も悪くありません。私、その……、この耳があってはいけないものだと思っていましたから……。私ずっと奴隷として生きてきて、ずっと耳を隠して生きてきて、街で耳がバレた人が恐ろしい目に遭うのも見てきて、だから、人に忌み嫌われるほど醜くて、ダメなものだと思ってましたから……。でも、コーイチ様は他の人と違って優しくて、褒めてくれて、私、すごく嬉しくて……」
ポロポロと涙をこぼすエランを見て、俺の胸は強く締め付けられた。
きっととても辛い思いをしてきたのだろう。それは俺の想像する以上の厳しさだったに違いない。
こんな小さな女の子が抱え込むには、あまりにも重すぎる理不尽。俺は遅まきながらようやく理解した。
エランの受けてきたもの、それは『差別』だ。俺の元いた世界にもそれはあった。違いやマイノリティを受け入れられない偏狭な悪意。
あまりにもエランが可哀想だった。
だから俺は即、土下座を解除し、エランの頭をそっと撫でた。一秒でも早く彼女を安心させてあげたかった。
「よしよし。君はもう奴隷じゃない。君はもうどこにでも行けるんだ。きっとどこかに迫害されない場所があるはずさ」
「それは嫌です」
「えっ」
予想外の答えに、俺はナデナデしていた手を止めた。




