不幸な男の目覚ましは鳴らない。しかも二つとも。二つとも鳴らないなんて、それってかなり不吉じゃない?
楽しんで書いています。
はっきり言って、俺は運が悪い。
どうしようもなく運が悪い。
今朝だってそうだ。
二つセットしておいた目覚ましは、突然、二つとも同時に壊れたらしく、鳴らないし、そんな日に限って両親は早出だ。
妹は兄の俺を起こすことなく、一人でさっさと学校へ行ってしまった。
あわてて起きて、制服に着替えようにも、カッターシャツが見当たらない。
どうやら、母さんが間違って全部洗濯してしまっていたらしく、俺のカッターシャツ二枚が、ベランダに干されていた。
うちは両親が共働きで、夜中に洗濯をする。当然干すのも夜中だ。春先とはいえ、夜中だけで充分乾くはずがない。
俺はしっとりとしたシャツに不快感を感じながらも袖を通し、制服に着替え、顔もろくに洗わず、財布と鞄を持って家を出た。
もちろん朝食抜きだ。
まだこれでもマシな方だ。
目覚ましが二つ故障。
朝食抜き。
遅刻ギリギリ。
これだけなら、俺にとってはまだマシなのだ。
身体にはなんの異常もないのだから。
基本的に、俺はもっと運が悪い。
くじは当たらないくせに、生モノはやけに当たる。
長蛇の列に並んでも、俺の前が最後の一つだ。
俺が乗る公共交通機関は遅れがち。
尿意、便意は、いつも行きづらいタイミングで押し寄せる。そもそもトイレ自体が周囲に存在しなかったりする。
こんなのは序の口で、酷いのは『大事な時』だ。
入学式の時は風邪をひき、テストの時には熱を出し、遠足の時は腹を下し、運動会の時はどこかの骨を折ったり、捻挫したり、修学旅行の時は、旅先で高熱を発し、一人隔離部屋。
卒業式の時は、季節外れのインフルエンザにやられる。
とまぁ、『大事な時』はいつだって体調不良に悩まされている。
どう気をつけてもダメなのだ。
風邪を恐れて温かい格好をし、マスクを着用しても、効果がないし、怪我を恐れて細心の注意を払って行動しても、頭上からの落下物がつま先や腕に当たるし、インフルエンザはワクチンを打っていてもまるで効果がなく、フツーに感染する。
小、中学校とこんな感じだったから、否が応でも悟らざるを得ない。
そう、俺はきっと、『極度に運が悪い』のだ、と。
不幸の星の下に生まれてしまったのだ、と。
不運や不幸を跳ね返すくらいの実力を持てばなんとかなるんじゃないかと思い、少しではあるけれど、筋トレやらランニングやらで鍛えてみたは良いが、さほどの効果は感じられない。
勝負は時の運と言うように、結局最後に物を言うのは運なのだ。
だってそうじゃないか?
どんなに強い格闘家も、どんなに頭の良い研究者も、怪我をしたり風邪をひいては実力を発揮できない。
腕が折れた格闘家はまともに戦えない。
どんなに頭が良くても、風邪をひいたら能率が落ちる。
至極当然のお話。
怪我も風邪も予防はできるが、予防は百パーセントじゃない。
この世に絶対はない。
だから結局は『運』だ。
『運』が悪けりゃそれまでさ。
ま、俺の場合、死ぬほどの不幸に見舞われたことはまだないから、『不幸体質』の中でも、まだマシな方だと自分を慰めることもできる。
生きてるだけマシな方さ。
そんな運の悪い俺だが、今日はまだマシだ。ギリギリ遅刻せずに済みそうだからだ。
自宅から高校までの距離は徒歩二十分強。
徒歩で行くには少々距離があるが、俺はあえて徒歩を選んでいる。
正直言って、自転車が怖い。
いや、乗ることはできるし、別に運転が下手なわけではない。
ただ、自転車は徒歩に比べて、幾分危険度が高い。
『不幸体質』の俺が、乗って良いものではない気がするのだ。
単独で事故るならまだしも、人を轢こうものなら、大変なことになる。
『不幸体質』を鑑みると、やはり自転車に乗るのは尻込みしてしまう。
徒歩二十分強、走れば十分とちょっと。
俺は寝起き五分後から、朝の清涼な空気を胸一杯に吸って吐いて、全力疾走。
遅刻がかかっているうえ、朝食抜き、水の一杯も飲んでいないから、少々気分が悪く、爽やかとは程遠い。
しんどいせいか正直、遅刻しても良いんじゃないかと思えてくる。
だけど、せっかく走ったのだから、ここまできた頑張りを無駄にはしたくない。
頑張った甲斐もあり、もう高校が見えている。
国道の大きな横断歩道を渡った先、小高い丘の上に、そびえ立つ白い校舎が見える。
不幸も慣れれば日常。
慣れって恐ろしいよね。