けもの耳少女エラン登場!
ヒロイン登場は短めに。
「いえ、実はもう、一度助けて頂きました。私、奴隷として売られるところだったんです」
おかしなことを言うので、俺はつい、手を止めてしまった。
彼女を助けた覚えはない。俺と女の子は初対面だし、そもそもの話、俺に誰かを助けられるような力は持っていない。
奴隷として売られるところを助けるなんて、『運』が良いだけの男子高校生にできることじゃない。
「俺が君を助けたって……人違いじゃないか?」
「あなた様が先程倒した六人の男といた馬車、あれに私が乗っていたんです」
そういえば馬車があったな。今は周囲のどこにも馬車の面影は見えない。
きっとさっきの地震に飲み込まれてしまったのだろう。この女の子や悪党たちと同じように。
「私、見てました。馬車の中からあなた様と男たちが戦うところを! まだお若いのにたった一人で六人の男たちを同時に相手にするなんて! あなた様はすごく勇敢でお強い魔法使い様なのですね!」
褒められて悪い気はしない。が、色々と間違っているみたいなので、そこはしっかりと訂正しておこう。
あんまり過度な期待を持たれても困るしね。
「違うよ。俺は別に強くもないし、勇敢でもないし、魔法使いでもないよ」
発掘作業を再開しつつ、的確に訂正を入れた。
「ご謙遜を! 私、しっかりと馬車の中からあなた様の勇姿を見ておりました。問答無用で退治されてもおかしくない悪人たちに、あなた様は一度、わざわざ警告されました。なんてお優しい方なのでしょう。私、すごく感動しました」
女の子の目がキラキラと輝いている。
言葉遣いはやけに老成しているのに、目の輝きは年相応だった。まるで少女漫画に出てくる、夢見る少女、って感じだ。
女の子は、特にこの年頃の子は思い込みが激しそうだからなぁ。
俺の苦し紛れのホラが偶然その通りになって、結果それによって救われたと勘違いしているから、俺を過剰に評価しちゃってるんだろうな。多分。
あんまり長く夢を見させるのも良くないだろう。
素晴らしい夢は長ければ長いほど、覚めた時のショックが大きくなるものだから。
「別に謙遜なんかしてないよ。俺は本当に強くないし、勇敢じゃないし、魔法使いじゃない」
「わかりました」
女の子はニッコリ笑った。おや、意外と物分りが良いじゃないか。
「そういうことにしておきますね。頑なに隠すということは、何か事情がおありなのですね」
全然わかってないじゃないか。何も隠してないし、何の事情もない。
まぁ、いいか。別に必死こいて否定することでもない。
彼女に対して嘘をついたわけじゃない、向こうが勝手に思い込んでいるだけなんだし。
「俺、多加賀幸一。君は?」
とりあえず、話を変えることにした。これ以上勘違いでおだてられても困るし。ちょうど、自己紹介もまだしていなかったし。
「タ、タカ、タカカ、タカンガ、タカンガガ……」
どうやら上手く発音できないらしい。
必死な形相をして、唇をすぼめたり、震わせたり、大きく開いたり忙しい。
この世界の人にとって、俺の名前は難しいのかもしれない。
西洋人が東洋人の名前を上手く発音できないのと同じことだろう。
「コーイチでいいよ」
「こ、コーイチ、コーイチ様。コーイチ様、で大丈夫ですか?」
「うん、ちゃんと発音できてる」
「コーイチ様。コーイチ様。コーイチ様」
何がそんなに嬉しいのか、女の子はニコニコ笑顔で俺の名前を連呼する。
正直照れる。
十歳ぐらいの幼い女の子とはいえ、この子はかなりの美少女だ。
美少女に下の名前を呼ばれたら、誰だって嬉しくなるものさ。男なら皆そうだ。
「ところで、君の名は?」
映画をモジってみたりして。
「私は『エラン』と言います」
エランはペコリと頭を下げて言った。
『多加賀幸一』が発音できない時点で薄々感づいてはいたが、やはり俺の名前とは趣が大きく違うようだ。
俺は真正『和』の名前で、エランはどことなく西洋風だ。
まさに、住んでいる世界が違うってやつだ。