地を揺るがすほどの幸運は、けもの耳女の子を地面に埋める。真夜中の女の子発掘作業開始。
やっと女の子出せる。
谷の幅は何倍にも広がり、崖は幾分高くなっていた。
地面はところどころ隆起し、ひび割れ、平坦なところは存在しない。
男たちの姿はどこにも見えない。きっと地割れに飲み込まれてしまったのだろう。
悪人とはいえ、悲惨な最期だ。
同情するほどの奴らじゃないんだろうけど、ついつい同情の念が起こる。
そういえば、『言葉』、ちゃんと通じたなぁ。
その辺りのこと、女神様に確認してなかったけど、問題なく通じて良かった。
通じるからこそ、女神様の方からあえて言うこともなかったのかな。
ま、言葉は通じてもお話にならない奴らだったけどさ。
しかしさっきから起こるこの揺れは何なんだろう。地震かな?
しょっちゅう地震がくる世界なのか?
だったらヤだなぁ。そんな世界だったら落ち着いて寝れやしない。
その地震に助けられたから、あんまり悪くも言えないけどさ。
元の世界だったら、そんな都合よく偶然地震が俺を助けてくれるなんてありえない。
そんなことあったらラッキーなんてもんじゃ……ん?
偶然?
都合よく?
ラッキー?
ひょっとして、これは『幸運』ステータスのおかげなんじゃ……?
きっとそうだ。たとえ地震が多い世界だったとしても、あまりにも出来すぎたタイミングで地震が来て、それが都合よく悪人だけを飲み込むなんて、そんなこと常識的に考えて中々ないことじゃないか。
しかし、『神様に愛される』ほどの幸運を持つ者なら、そういうこともあっておかしくないか……?
十中八九、ボーナスポイントを『幸運』に全振りしたおかげ、と想像できる。けど、確信はできない。
なぜなら、『幸運』はどこまでいっても所詮『運』でしかなく、『運』はどこまでいっても『実力』じゃない。
『運も実力の内』なんて言葉もあるけど『運』なんて実体のないものを、頭ごなしに信じて頼ることなんて、到底できることじゃない。
『運』なんてとても頼りないものだ。
よくよく考えれば、さっきまで俺、滅茶苦茶ピンチだったじゃん。
本当に『運』が良かったら、ピンチに陥るどころか、まずこんなところにいないだろう。
安全な場所で真説なセレブかなんかに保護され、何不自由なく暮らし、簡単に『混沌の指環』が見つかるだろう。
つまるところ、今の俺には『運』しかないが『運』だけを頼りにはできない、ってところだな。
前途多難だ。星空を見て、ため息をついた。
地上はグチャグチャになっても、星空はここに来た時から何も変わらず美しかった。
ボコッ。
突然、変な音がした。
疲れた身体を休ませ、油断しきっていた俺は驚き、音のした方を見た。
距離にして五、六メートル、暗がりに地面がかすかに蠢いていた。モゾモゾと。モコモコと。
俺はすぐさま立ち上がった。いつでも逃げられるように体勢を整えた。
なんだ?
人さらいの変態の次は何が出てくるんだ?
地中から出てくるものって何がある?
あんまり想像つかないなー。
今は夜。
そんでもって地中から。
と、くれば、アンデッド的なやつか?
まさか蝉の幼虫じゃないだろう。巨大蝉とかお化け蝉とか、そういうモンスターがいる可能性は否定できなくもないが。
ファンタジーな世界らしいから、どちらも有り得なくはないだろうが……。
しかし、蝉、ゾンビ、スケルトン……俺のボキャブラリーではこれくらいしか思い浮かばない。
できればモンスター以外でお願いしたい。友好的な何か、もしくは何でもない方向でお願いしたい。
緊張の面持ちで、俺は蠢く地面を見ていた。すると、
ボコン。
地面から手が生えた。人間の手だ。
思わず後ずさりする俺。
うわっ、動く死体的なヤツか?
一瞬頭をよぎったが、よくよく見てみると、それじゃないかもしれない。
手はとても小さな手で、土だらけという以外にはすごくきれいでどこにも傷がない。
アンデッド系モンスターのイメージとは大きくかけ離れている可愛らしい手だ。
俺は小股で二歩近づいてみた。そこで一旦足を止めた。
いやいや、待てよ。可愛らしい手を見せ、俺を油断させ、近づいたところを襲ってくるんじゃないだろうな?
ホラーものの常套手段だ。ホラー映画でよくあるヤツだ。
「た……、たすけ……て……」
手の方から、微かに女の子の声が聞こえる。俺の中ではもう既に、バリバリホラーな展開だ。超コワイ。
「たすけ……て……」
正直、怖い。
が、その切なく弱々しく助けを呼ぶ声には、抗いがたい。良心が反応してしまう。
これが罠だったら最悪。だけど、罠じゃなかったら?
さっきの地割れに巻き込まれた女の子だったら?
だけど、こんな闇夜に小さな女の子が出歩くか?
でも、ひょっとしたらただの女の子かもしれないと思ったら……万が一でも!
ただの女の子だっつー可能性があるのなら!
あの『手』を助けに行かねえわけにはいかねえだろう……!
俺は意を決し、地面から生える手に近づいた。
そして、そこを手で掘った。
地面は意外に柔らかい。崩れた土砂だからだろうか。
掘り進めると『耳』が出てきた。猫っぽくもあるし、犬っぽくもあるし、狐っぽくもあるし、狼っぽくもある耳が出てきた。
この時点でただの女の子という線は消えた。
耳がピコピコ動いている。
少し掘ると頭が出てきた。これは人間の頭に見える。金髪と茶髪の中間点のような色合いの髪。
人間の頭から、ネコ科かイヌ科動物のような耳が生えている。
異世界に来て、ようやくファンタジーなものに巡り会えた。
頭が左右に揺れると、次の瞬間、頭がニョキッと飛び出し、顔があらわれた。
大量の土が飛び散り、俺は土が目に入らないように、慌てて手で目を覆った。
「プハーッ! 死ぬかと思いましたっ!」
目を覆った手をどけると、そこには胸から下が地面に埋まり、右手を高々と天に突き上げた女の子がいた。
見た感じ十歳くらいだろうか。
頭に獣の耳が一対あるが、輪郭の両サイドにも、しっかり人間の耳が一対ある。
口元は新鮮な空気を吸おうと荒い呼吸を繰り返している。
やがて呼吸が落ち着くと、閉じられた目がパッチリと開かれた。サファイアブルーのキレイな瞳だ。
それと目が合った。
「あなた様が掘り起こして下さったのですね。おかげさまで助かりました」
獣の耳を持った女の子がペコリと頭を下げた。
なかなか礼儀正しいじゃないか。どうやら悪いモンスターの類じゃなさそうだ。
「助かったと言うにはまだ早いね」
俺はそう言って、獣耳女の子発掘作業を再開した。
この小説は、ノリと勢いとギャグとパロディで成り立っております。