五人に勝てるわけないだろ!
「よくもタマを!」
「潰してくれたな!」
「お前のタマも!」
「八つ裂きじゃ!」
「覚悟しろよ!」
タマが無事な五人が、それぞれの得物の切っ先と、怒りと憎しみの混じった眼差しを俺に向けてくる。
ヤバい。滅茶苦茶キレてる。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 俺は何も悪気があってやったわけじゃありません! あれはタマタマ、そうタマだけにタマタマ偶然のできごとでして……」
「テメェ! タマ潰しを茶化してんじゃねぇ! ナメてんな!? このボケクソガキがあ! テメェのタマも取ったる!」
啖呵を切った一人がこちらに向かって一歩進み出ようとするのを、隣にいた男が止めた。
「落ち着け。あのガキは一見ただのガキだが、タダものじゃあねぇ。タマが潰されたアイツは油断していたとはいえ、一撃でタマを潰されたんだ。ここは慎重に取り掛かるべきだ」
「お、おう。確かに一理ある」
男たちはあっという間に散開し、再び俺を囲んだ。
今度は、どいつもこいつも油断もスキもない目で俺を睨めつける。
「た、確かにタマ潰したのは悪かったけどさ、悪気があったわけじゃないってさっき言ったじゃないですか! それにそもそもそっちが悪いんじゃないですか? 人を襲って売り飛ばそうなんて、ロクなもんじゃないですよ!」
「うるせー! 俺らにそんな御託が通じると思ってんのか!」
「そうだそうだ!」
「俺らちょっとは名の知れたワルなんだぜ!」
「そう! 札付きってヤツさ!」
「街の奴らは俺らを怖れて近づきもしないんだぜ!」
ダメだ。こいつら話が通じない。開き直ってやがる。
なんで自分たちがワルいことを自慢げに言うんだ?
全然羨ましくもなんともねーよ。
ワルぶるのが格好良いって発想が幼稚なんだよ。
怖がって近づきもしないって、それって嫌われてるってことだろ。
陰でバカにされてるってことすら気付いてないんだろうな。
ホント心底バカだなこいつら。
そんなバカどもに追い詰められる哀れな俺。
広めにとられた包囲網がジリジリ狭められる。
どうしようもない。今度こそ、本当の詰みだ。タマ潰しのマグレはもう起こらない。
たとえもう一度偶然起こって一人倒したとしても、あとの四人にボコボコにされること間違いなし。
やっぱどうしようもないわ。不思議と悟りが開けてきたような心境だ。諦めの境地ってやつだろうか。
俺はその場にペタリと座り込んだ。もうどうにでもなればいいさ。
目を瞑ると、心が落ち着いてくる。
そうか、所詮浮世のことは霞のごとく。生も死も表裏一体。
人の一生は宇宙からすれば小さな束の間の出来事に過ぎない。
悟りが開けた。
今俺は、新しい次元の扉を開こうとしている。決して現実逃避なんかじゃない。
そう、自分に言い聞かせる。
「なんか座り込んだぞ」
「何してるんだ?」
「今のうちにやっちまうか?」
「ま、待て! 罠かもしれんぞ!」
「この構え……ま、まさかこいつ! 魔法を使う気じゃあ……」
おっ、なんかよくわからんが勘違いし始めたぞ。
奴らの勘違いに乗じてハッタリかませば、ひょっとしたら何とかなるかもしれないな。
よーし、いっちょやってみるか。
「フフフ、よくぞ見破ったな。そう私は偉大なる魔……」
「ナイナイ。魔法使えるんだったらとっくに使ってるって。第一魔法使えるんだったらあんなにビビるわけないし、蹴りでタマ潰すこともしないだろ。それこそ魔法使えばいいんだし」
「そりゃそうだ」
「全くだ」
「んだんだ」
「言われてみりゃその通りだ」
や、ヤバい! 立ち直り早えーな! このままじゃハッタリが……。
「わ、私は偉大なる魔法使いだぞ! 今からものすごい魔法で貴様ら悪党どもをぶっ飛ばすんだぞ! ぶっ飛ばされたくなければ、今すぐここを立ち去るのだな!」
「嘘つけ」
「声が震えてんぞ」
「何が魔法使いだ」
「だったら今すぐ魔法使ってみろや」
「たとえ魔法使いだろうと、五人に勝てるわけないだろ! 皆、一斉にかかるぞ!」
おそるおそる目を開けると、得物を構えた男たちは、今にも飛びかからんとしていた。
「ま、待て! いいのか? 本当に魔法使うぞ? 大変なことになるぞ? 命の保証はできないぞ?」
「生意気言いやがって! よし、かかれ!」
「わあああぁぁぁッ!!! ちょ、ちょっ、待て待て待て!!!」
男たちの得物が振り上げられた。
その時、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
地面が大きく揺れ始めた。
あまりの揺れに男たちは立っていられず、全員地面に尻もちをついた。
「なっ!?」
「何だァ!?」
「まさか!?」
「こいつ!?」
「本当に魔法が……!?」
男たちの目が驚愕に見開かれる。
そんなわけない。俺に魔法が使えるわけない。
少なくとも、人生で一度も魔法を使ったことはない。
ステータス画面のスキルの項目を見ても、そんな魔法は存在していなかった。
俺も男たちと同じく、突然の揺れに超ビビリまくっている。
あまりにも激しい揺れのおかげで、奴らの注意が俺から離れた。
おかげで、俺がビビりまくっていることは悟られていない。
一段と揺れが強くなった。
強烈な突き上げに、俺は座っていることも出来ず、四つん這いになってジッと耐えるしかない。
両サイドの崖に大きな亀裂が走る。 地面も割れる。崖と地面がほとんど同時に崩れる。
落ちる俺と男たち五人。
空から降り注ぐ土砂の雨。土の波に飲まれる。
土に溺れる!!
土を必死にかき、何とか頭を出し、呼吸をする。降り注ぎ続ける土。
土に溺れ、沈む地面に飲み込まれまいと、ひたすら必死に空を目指して土の中を泳ぐ。無我夢中に。
ひたすら土をかき続けていると、いつの間にか揺れはおさまっていた。
気がつけば俺は一人、地面の上に座り込んでいた。
五人の男たちの姿はどこにもなかった。
酷く疲れた。疲れ果てた。息が荒い。汗と土が混じり合って、全身泥まみれ。
俺は仰向けに寝転がった。
深呼吸し、呼吸を整えつつ周囲を見回すと、最初の揺れのときよりも景色が大きく一変していた。
つ、次こそ女の子が出てくるから……。