お、誰かきた! 助けてもらおう! あ、やっべ、あれ山賊じゃね……?
じっとしていられなかった。
足音はおそらく人間。
だとすると、それに近づかないわけにはいかなかった。
右も左もわからない異世界で、それもこんな暗闇の中でたった一人ぼっちはあまりにも寂しすぎる。
とにかく誰かに近づきたかった。人間の姿をひと目見たかった。
見るだけでいい。それだけでも寂しさと恐怖感が少しは薄れるだろうから。
それに、俺には【神運】がある。
ついさっきまで効果の程を疑っていたが、ひょっとしたら、今ようやく効果を発揮し始めたんじゃないだろうか?
つまり、【神運】が足音を連れてきた。【神運】のおかげで誰かがこの辺りを通りがかっている。
こんな解釈も可能なんじゃないか? きっとそうに違いない。
期待感を胸に、どんどん歩を進める。
しかし同時に慎重にもなる。良い人だったらありがたいけど、悪いヤツという可能性も大いにある。
犯罪者は闇夜を好む。そんなイメージがある。
かなり音に近づいた。しかし姿が見えない。
まさか幽霊とかそんな類じゃないだろうな。今までは幽霊の存在を信じていなかった。が、女神様に出会って考え方が変わりつつある。
女神様に出会うまでは、幽霊を信じないのと同じくらい、神様だって信じちゃいなかったから。
視界の先が、何やら薄らぼんやり明るい。
どうやら明かりを使っているらしい。薮の向こうにやわらかな光がチラついている。薮の陰からなら、安全に様子を伺えそうだ。
薮に身をかがめ、向こう側をそっと覗き込んだ。が、明かりは意外に弱く、ほとんど何も見えない。
こちらから見えないということは、きっと向こうからも見えないだろう。
そう思い、薮から出て、一歩近づこうとした、瞬間、俺は踏み出した足を慌てて引いた。
薮の先は暗く深い谷だった。踏み出そうとした先に地面はなく、切り立った谷底だった。
かなりキツイ傾斜。踏み外せば、ほとんど真っ逆さまに落ちるだろう。
谷底まで何メートルあるかわからないが、到底落ちて無事に済む高さじゃない。
明かりは谷底からだった。
息を呑んだ。胸がバクバクしていた。九死に一生を得たってヤツだ。
危うく落ちかけたのを運が悪いと捉えるか、落ちずに済んだのを運が良いと捉えるか……。
間違いなく後者だ。
今までの、少なくとも前の世界にいたときの、『運の悪い俺』のままだったら間違いなく落ちていた。
俺の人生、今まで『ギリギリでセーフ』なんてことは一度もなかった。
ヤバい! 危ない! なんて思ったときには、既に大変なことになっていたのだ。
しかし今回は違った。
運だ。運が向いてきている……! 俺は運が良い……!! 女神様から授かった力のおかげだ!!!
気分が高揚してきた。運が良い。こんな嬉しいことはない。運が良いと悪いじゃ天と地ほどの差がある。
極端に言えば『生か死か』。俺は『生』を拾ったのだ。
これほどツイてるといえる事が、他にあるだろうか?
いや、断じて無い!
ちょっと前にトラックに轢かれかけた時とは、雲泥の差がある。
運が良い俺は、もう怖いものナシだぜ!
そう思うと、さっきの不安感はなんだったのか、ってくらい勇気が湧いてきた。楽天的な気分になってきた。
その勢いに乗って、崖ギリギリに身を乗り出し、明かりの正体を見極めようと、谷底を覗き込んだ。
谷底には一台の馬車。
それを守るように取り囲む六人の男。
馬車と男たちの一行は闇夜を進む。
先頭と最後尾の男の二人だけが、小さな松明を持っている。
小さな松明の明かりだけでは足元が心許ないのか、男たちはうつむき気味にゆっくりと一歩ずつ進む。
おかげで一行の進行速度は、かなりゆったりとしている。
一行は足元ばかりを気にして、崖上のこっちを見る気配は皆無だった。
だから俺はゆっくり彼らを観察できた。
夜空の星と松明だけでは彼らの風体を詳しく見て取ることはできなかった。
『オーラスキャン』も試してみたが、いまいち姿形が判別しないものには効果を発揮しないらしく、
『もっと近づくか、明るいところで使ってね!』
としか表示されなかった。
パッと見てわかるのは、彼らはおそらく人間。
どいつもこいつも厳しくあまり上品とはいえない面構え。
江戸時代って聞いていたから、俺はてっきり和風な異世界だと思っていたけど、彼らの服装はどう見ても西洋風だった。
靴にズボンにシャツ。江戸時代というよりは中世ヨーロッパ感が強い。
だが、俺は世界史に詳しくないから、果たしてアレが中世ヨーロッパ風で正しいのかわからない。
素人目に、中世ヨーロッパ風RPGに出てくるようなスタイルをしているから、中世ヨーロッパ風と思っただけだ。
ゲームに例えて言うなら、男たちは『ファイアーエムブレム』に出てくる山賊風の出で立ちだ。
中世ヨーロッパ風の世界というより、ファンタジーRPG風の世界といった方が正しいかもしれない。
『FE』の山賊的スタイルをしているから、ちょっと声は掛けづらい。
厳ついツラに汚れた服装、極めつけには腰に剣のような物を差している。
そんな物騒なものを見て、気軽に声を掛けてみよう、なんて気はさらさら起こらなかった。
もうちょっとしたらヒロインとかいっぱい出てくるかも。きっと。




